2010年11月10日掲載

2010年9月号(通巻258号)

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iPad等の登場により動き始める米国の電子教科書

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 世界中で人気を集めているiPadやアマゾンの「Kindle」を始めとした電子書籍端末。これらの新たな端末は教育分野での活用が期待されている。デジタル技術を駆使した学習教材の提供を目指し、産学連携で設立準備を進めてきた「デジタル教科書教材協議会(DiTT)」が2010年7月27日正式に発足するなど、今後、日本でも新たなタブレット型の端末を利用したコンテンツ制作に関する議論が活発化することが予想される。米国では日本より一足先にアマゾンの「Kindle DX」や「iPad」などのタブレット型端末を教育に利用しようとする動きが大学を中心に始まっている。本稿ではこれらの事例を通じ、電子教科書の課題や今後の可能性を解説する。

2014年には米国の教科書全体の約2割が電子教科書に

 米国では従来の紙の教科書が高価で重いということもあり、電子教科書に対する期待は高い。米国で教育ソリューションを手掛けるXplanaが2010年5月に発表した報告によると、2010年度の高等教育の教科書に占める電子教科書の割合は1%程度である。しかし、iPadを始めとした多様なタブレット型端末の登場、スマートフォン市場の拡大などにより電子教科書市場は成長し、4年後の2014年には18.8%と教科書全体の約2割に到達、市場規模も11億ドル程度になると予測。また同社は電子教科書市場が拡大していく中、新たな教科書コンテンツ提供事業者の誕生や、教科書のばら売りといった教材の購入方法の根本的な変化などがあると予想している。

 このように教育にさまざまなインパクトを与える可能性のある電子教科書に関する取組はアマゾンが「Kindle DX」を発売した2009年から大学を中心に少しずつ始まっている。

【図1】米国の高等教育の教科書に占める電子教科書の割合の予測(Xplana)

電子教科書としてのKindle DXは低評価

 2009年5月に発売された「Kindle DX」はディスプレイのサイズが、9.7インチと従来のKindleより大きなサイズであったこともあり、アマゾン自身が教育分野での利活用に向けた連携を積極的に行った。「Kindle DX」提供開始のプレスリリースには、教科書販売の60%を占めるトップ出版社3社(Pearson、Wiley、Cengage Learning)によるKindle Storeでのコンテンツの提供や、プリンストン大学やアリゾナ州立大学など5つの大学による「Kindle DX」のテストプログラムの参加といった教育関連の具体的な取り組み内容が発表された。

 しかし、実際にプログラムに参加した学生からの評判はあまり芳しくない。液晶に比べ文字は読みやすい、バッテリーが長持ちするといったプラスの評価はあったものの、テストに参加したプリンストン大学からは、しおり、マーカー、付箋づけなど一般の紙の教科書を利用する際に必須の注記機能が貧弱であった点などが課題としてあげられた。またバージニア大学ダーデン校からは、回線速度などが原因で電子教科書をめくるスピードが授業のペースについていくことができない点(※この点はプリンストン大学も指摘)などを具体的な問題点として指摘した。また同校はテストプログラムの中間報告として、90〜95%が読書を楽しむためのツールとして「Kindle DX」を他人に勧めると評価する一方、75〜80%の学生が教育用のツールとして「Kindle DX」を推薦しないという結果を報告している。

 ただし、2010年8月より出荷を開始した新型Kindleでは、表示の際のコントラストの改良、軽量化、ページをめくる速度の20%改善などが図られており、アマゾンは機能改良を加えた新型の端末を提供している。今後発売されるKindleでこれらの問題が解決に向かう可能性は高いのではないか。

表現力では「Kindle DX」以上のiPad、ただしネットワーク帯域は課題

 次に、2010年4月に発売されたiPad。iPadに関しても電子教科書の利用端末として期待されている。2010年4月、PCやiPhone向けの電子教科書を提供していた米CourseSmartは、5大教科書出版社の教科書を含む約1万冊の電子教科書にアクセスするiPad向けアプリの提供を開始した。ユーザーは料金を払うと一定の期間だけ選択した電子教科書を利用することが可能。同社は紙で教科書を購入する50%未満の価格でデジタル教科書を購入できることを一つのウリとしている。CourseSmartのアプリはフルカラーかつコンテンツに動画を織り込むこともできる。また、ハイライトやメモといった注記機能への対応もしており、表現力という点では「Kindle DX」以上の期待はできるだろう。

     しかし、iPadに関してもKindle DXと同じようにジョージ・ワシントン大学やプリンストン大学の学生からは帯域負荷に起因する接続の悪さが問題としてあがっている。実際に学校で電子教科書を利用するという観点から考えると、ネットワーク帯域の問題の解決が必須事項であるということは明白であろう。

【図2】 CourseSmartのiPad向け電子教科書

勉強を楽しくするさまざまな教育系アプリの登場

 コンテンツに目を移すと、従来の紙の教科書とは異なる「デジタル教科書ならでは」のiPhone/iPadアプリも登場している。例えば「The Elements」というアプリは化学の元素記号のアプリである。日本の化学の教科書では見開きで元素記号の一覧が掲載されており、それを「H(すい)、He(へー)、Li(りー)、Be(べ)・・・」と暗記するだけというのが、一般的な高校生の利用方法であろう。しかし、この「The Elements」というアプリには、それぞれの元素についてその利用手段などがビジュアルを中心に描かれており、単純に記憶するよりも、学生がよりその元素に興味をもつことができる。なお、「The Elements」は日本語版も提供されている。その他にも社会科で利用できるアプリとしては、旅行写真家の撮影した世界中の画像と地図をマッシュアップしたアプリ「Beautiful Planet HD for iPad」、天体について写真と共に学ぶことができる「GoSkyWatch Planetarium for iPad」など様々な教育用アプリが存在する。これらのアプリを利用した授業を行うことで、紙の教科書で学ぶよりビジュアルに訴えることで今まで化学に興味のなかった生徒の興味を引き出すことができ、また興味をもった学生がより深く学ぶこともできるのではないか。

【図3】 「The Elements」のイメージ

 実際、シンシナティ大学が実施している数学・科学の教育の質向上を目指した政府支援プロジェクトの担当教授は、米国の大学教育機関向けブログ「Campus Technology」 上で、「iPadを活用した教育に関し科学分野において多くの素晴らしいアプリが存在しており、これらを活用した教授方法を学生たちに教えていきたい」と発言をしているなど、科学分野を中心にこのようなアプリを利用した効果的な授業ができるのではないか。

iPadの機能が授業に貢献する場面も

 またiPadの機能が授業に貢献しているという例もある。デューク大学では「Duke Global Health Institute」の大学院生にiPadを配布した。同大学院生はバングラデシュやベトナムといった新興国を含む37カ国でフィールドリサーチ活動を行っている。このプロジェクトのメインコンサルタントは、今まで家や学校のPCで行っていたデータの比較対象、分析、まとめといった内容を、現地で簡単に行えるようになったことをiPadを利用した一つの大きな利点であると挙げている。具体的には、バッテリーが10時間程度持続する点、リサーチの行われる少し埃っぽい場所でも耐えうることができるといった耐久性、3G/Wi−Fi経由でのインターネットアクセスにも対応しており、インタビューや写真を撮影、保存するアプリなどさまざまなアプリを利用できるといった利便性が現地で活動を行う上での大きなメリットとして存在するようだ。

まとめ

 このように米国の教育分野ではコンテンツと共に、iPadの機能を活かして教育に利用する取組が大学を中心に始まっている。カリフォルニア州の私立高校でiPadを導入したという事例はあるが、小学校〜高校でiPadを利用しているケースは実験的なものを含めてもほとんど見当たらない。米国でもまだまだ可能性を模索している段階であろう。

 日本でも、来春の新入学生へのiPadを配布する大学が現れており、実際の活用シーンも今後登場してくるだろう。実際に教師側がこのような端末を授業に組み込んだ授業を行うことができるのか、小学校〜高校の教科書に関しては教科書検定といった課題もあり、学校でこれらの端末を利用した授業が行われるまでには少し時間がかかるかもしれない。ただ現在提供されているコンテンツなどをみても、電子教科書の可能性を感じる部分は多い。今後の日本での展開にも期待したい。

山本 惇一

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