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富野監督、家族を語る

2011年4月18日

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写真:富野由悠季監督=2009年10月撮影拡大富野由悠季監督=2009年10月撮影

写真:「『ガンダム』の家族論」(ワニブックス【PLUS】新書)拡大「『ガンダム』の家族論」(ワニブックス【PLUS】新書)この本を購入する

写真:増補改訂版「だから僕は…」。私の持っているのは今はなきアニメージュ文庫版(徳間書店)拡大増補改訂版「だから僕は…」。私の持っているのは今はなきアニメージュ文庫版(徳間書店)

 富野由悠季監督の作品で「家族」っていうと、アムロがおっ母ちゃんに「すさんだねえ」と嘆かれたり(機動戦士ガンダム)、妻子に逃げられた鉄仮面男が「つくづく女というのは御しがたいな!」と毒づいたり(機動戦士ガンダム F91)、ウッソがお母さんの生首を(以下自粛)と、あんまり家族円満一家ダンランな記憶がありませんが、主人公が家庭的に恵まれなかったり親子同士で血を流したりというのはまあアニメ全般によくあること(?)なのでいいとして、その富野監督が自作や体験などを通じて「家族」「結婚」「子育て」を語る著書「『ガンダム』の家族論」(ワニブックス【PLUS】新書)が刊行されました。

 数カ月前にこの本の企画を初めて聞いたときは「フフフ、これでまた野望に一歩近づいたわ」と思ったものです。その野望とは、昨年9月13日の本欄「ゲゲゲの女房、アニマゲの女房」で書いた私の妄想、NHK朝のガンダム連ドラ「トミノの女房」のこと。かつて自伝「だから僕は…」で、切れば血の出るようなみずみずしく生々しい青春回顧録をものしたカントクが、時を経て家族や子育てや現在の夫婦のあり方などを語るとしたら、いよいよドラマ化への機運が……などと期待し、さっそく読んでみました。

 やはり冒頭はアムロと母のエピソード「再会、母よ…」から。互いに思いはあってもすれ違い、分かり合えない親子の機微をとらえた絶妙なドラマです。さらに「海のトリトン」を例にして、キャラクターの家族・家系を考えることでそのキャラがどんな風土や文化に生きているのかが明確になりリアリティーが生まれる、と説き、「無敵超人ザンボット3」では、ロボットアニメの従来のパターンを破壊する作品なので「家族」という誰にでも通じる一般的なテーマを置く必要があった、と明かします。作品を通じた家族論であり、家族を軸にした自作の解題でもある、というのがこの本のミソです。

 カントクのプライベートに関わる部分では、2人の娘が生まれ、その父娘関係の未来をシミュレートすることで「伝説巨神イデオン」の異星人バッフ・クランの総司令ドバとその娘ハルルとカララのドラマを構築していったこと、そしてその結果「ああ、やっぱりね。子供って親が思ってるようには育たないもんだよね」と覚悟が出来たことが語られます。

 海外に住む幼い孫とスカイプで会話を交わしているとか、お見合いで結婚した夫人は好みのタイプと違っていたが好きになる努力を10年続けたある日「ようやく君のことを好きになれたよ」と告白したとか、いろいろ楽しいエピソードも盛り込まれていますが、自伝的要素は期待していたほど濃厚ではなくちょっと残念(私の勝手な期待でしたが)。ちなみに、見合い結婚を勧める本書では、カントク自身の恋について「ほどほどの恋愛沙汰はあったが」とだけ記して軽く流してますけど、「だから僕は…」では、ある女性に振り回された恋の顛末(てんまつ)を綿々と書いています。同書には故郷・小田原への複雑な思いや、夫人との出会いの瞬間をニュータイプの交感にたとえるなど、「『ガンダム』の家族論」とはトーンの違う述懐もありますので、ご興味ある方は古本屋で探してみてください。

 ともあれ、「(親が子どもにできるのは)赤裸々に大人の生きている姿を見せること」「セックスの話は正攻法で語れ」「家族は安らぎの場でなく修行の場である」「『ガンダム』世代は、『ガンダム』という言葉から早く離れた方がいい」「(日本は)三百年後の復活のために、今は、落ちるしかない」など、歯切れのいいトミノ節が並ぶ「『ガンダム』の家族論」、楽しく読ませていただきました。

 私の秘かな楽しみの一つに、富野監督と「ばったり出くわす」というのがあります。東宝本社の試写室とか、秋葉原UDXビル前とか、手塚治虫文化賞贈呈式や広島国際アニメーションフェスティバルやロカルノ映画祭の会見場とか。仕事絡みで、というだけでなく、何のおぼしめしかまったくの偶然ということも。「カントク!」と声をおかけし「アナタはなんでこんなところにいるの?」と驚かれたりストーカー呼ばわりされたりするのが楽しみなのですが、中でもお互いにビックリしたのが確か2006年の6月、東京・神楽坂の小さなスタジオで行われたコンテンポラリー・ダンスの公演(そのころ私は演劇とダンスの担当だったので)。

 主催者に「こちらへ」と席を案内されると、そこには目を丸くして私を見つめるカントクがいて「なんでこんなところに?!」。イヤそれはこっちが言いたい気分――と思ったところでハタと気づきました、カントクの娘さんがダンサーだったことに(ちなみにその公演には娘さんは出ていません)。娘の飛び込んだ世界がどんなものか知ろうとあちこち足を運んでいるんだろうなあ、でもってそういうことはもしかしたら内緒にしてるのかもなあ、などと思いながら、スタジオの暗がりの中で、並んでダンスを見ました。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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