日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を展開しています。
※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。

内閣法第14条
 内閣官房に、内閣官房副長官三人を置く。
 (略)
 3 内閣官房副長官は、内閣官房長官の職務を助け、命を受けて内閣官房の事務(略)をつかさどり、及びあらかじめ内閣官房長官の定めるところにより内閣官房長官不在の場合その職務を代行する。

 『シン・ゴジラ』のストーリーの骨格は、法律でできている。

 主人公である矢口蘭堂内閣官房副長官(長谷川博己)の職務は、この内閣法14条に記載されている通りであり、映画評として誰もが口にする「リアルさ」は、ここに極まる。すなわち、ゴジラが現れてヤシオリ作戦を完遂させるまで、矢口の動きは最後まで、この条文に裏付けられているのだ。

ゴジラ上陸でまず最初に対応するのは国なのか、自治体なのか。c2016 TOHO CO.,LTD.
ゴジラ上陸でまず最初に対応するのは国なのか、自治体なのか。c2016 TOHO CO.,LTD.

 庵野秀明氏の脚本は、「法治国家において、ゴジラに対して現行法でこれだけの対処が可能であり、これだけの限界がある」というシミュレーションを行っており、これがシン・ゴジラの脚本の背骨をなしている。

 もっとも、石破茂元防衛相が指摘するように、蒲田に上陸したゴジラ第2形態を「有害鳥獣」としながら自衛隊が防衛出動して火器を使用するとした設定はおかしいのではないか――。

 だが、そんな議論を、口角泡を飛ばして行いたくなるぐらい、庵野脚本はわが国が動く「しくみ」をよく研究し、危機に対して、日本がどう「即応」するのかをエンタテイメントとして描き出している。本作でゴジラは、第1形態から第4形態まで急激に進化していくが、実は内閣の危機管理もまた、事態の進行にともなって、あたかも「進化」するように規模を拡大していく。そのような様が見事にシミュレーションという手法で描かれているのである。

映画では描かれなかった、自治体の対応

 一方で、『シン・ゴジラ』では、自治体――すなわち東京都の「即応体制」についてはほとんど描いていない。作中では東京都庁第一本庁舎の防災センターで指揮を執る小塚東京都知事(光石研)が対処に戸惑う姿が映し出される。知事が自衛隊に治安出動を要請する重要な決断のときにも、米国はじめ世界各国がゴジラへの対処方針を決めた際に反対するくだりでも画面には登場せず、「こう言っている」とセリフで処理されてしまう。

 だがしかし。本当にゴジラが現れたなら、その東京都こそが最初に事態を把握し、前面に立って危機への即応体制をとり警察力・消防力を動かす自治体なのである。首都・東京都は人口、財政とも他の自治体を引き離す大きな力を持ち、よく「小規模な国家並み」だと言われる。警視庁、東京消防庁と飛び抜けた規模・能力の自治体警察・消防を擁し、震災対策を軸に危機管理体制を構築してきた。

 その内容は「東京都地域防災計画」にまとめられている。「震災・風水害・火山・大規模事故・原子力災害」に分かれ、東京都の防災ホームページで誰でも見ることができる。

 私は、東日本大震災直後の福島県郡山市に入り、原発事故で避難してきた人たちが2000人も詰め込まれた避難所「ふくしまビッグパレット」を取材した。通常は見本市の会場として使われるコンクリートの床に人びとが段ボールを敷いただけで横になっている様子をこの目で見、我慢強く、不平不満を口にしないように見える福島の人たちが、話をして感情の襞を一枚めくると、「見えない放射性物質」への恐怖におののく声を自分の耳で聞いた。

 一方で、避難元の町役場が、会議室を使って必死にその機能を果たそうと努力している姿も強く印象に残った。暴れる「フクイチ」への対応は国の直轄下で、東京消防庁をはじめ自治体消防、自衛隊による「決死隊」が組織されて行われていたが、別の意味で人びとを守るのは基礎自治体(市町村・特別区の最小単位)なのだと痛感した。

 4月頭、東京に戻った私は、月刊誌『東京人』2011年7月号の震災特集のために、東京都・警視庁・東京消防庁が実際に行った東日本大震災対応と首都直下型地震が襲った場合の即応体制について取材した。東京では、1923年に起こった関東大震災からの「69年周期説」に基づいて、1970年代から独自の震災対策を進めてきたが、阪神大震災をきっかけに直下型地震対策に舵を切り、即応体制を整えていた。それが地域防災計画となり、東日本大震災では十分に働いていた。

 シン・ゴジラは、見る人の経験・知識・問題意識によって、多様な読みが引き出せる映画だという。私もそう思う。そこで私は、映画と同じ手法で、「実際にゴジラが上陸してきた場合、東京都はどんな動きをするのか」を、これまでの取材を基に映画本編のストーリーに沿ってシミュレーションしてみたい。その下敷きになるのは「東京都地域防災計画 大規模事故編」である。

 まあ、言ってみれば妄想をするわけである。

ゴジラが上陸したら、まず対応するのは東京都

【妄想】――「正体不明の巨大生物が、大田区の呑川を遡っている」との通報が警視庁110番に入電した。同様の通報が東京消防庁119番にも多数入電。これより先、川崎市の東京湾アクアライントンネルの中で漏水事故が発生し、周辺海面が変色しているとの通報があり、神奈川県との都県境を接する警視庁と東京消防庁のヘリが情報収集のために新木場と立川のヘリポートを離陸、羽田空港の空域を避けながら監視していた。ヘリからの映像や東京都防災行政無線で都内への上陸を確認した時点で、東京都危機管理監は、新宿の都庁第一本庁舎の防災センターに「災害即応対策本部」を立ち上げた――。

 シン・ゴジラでは、東京湾で起こった異変に対応して、郡山内閣危機管理監(渡辺哲)が首相官邸に官邸対策室を設置すると同時に、緊急参集チーム協議(最初に矢口官房副長官が登場するシーンで「キンサンチーム」と聞こえるのがそれ)を立ち上げ、各関係省庁の局長級幹部を招集し、各官庁が管轄する情報による分析と、初動措置対応が検討される。

 情報収集のための会議隊が幾度にわたりその姿を変え、内閣の緊急対策本部まで拡大して事態に対処する即応体制は、実は東京都(自治体)にもある。災害対策基本法に基づいて、ほぼ同様の即応体制が立ち上がる仕組みが構築されているのだ。

【妄想】――巨大不明生物は、プレジャーボートを破壊し、津波のように押し流しながら、東京湾から呑川を遡りはじめた。「呑川の橋が壊された」との情報が入る。都庁舎に隣接した議事堂で行われていた都議会本会議は中断され、小塚東京都知事(光石研)が議場から防災センターに入る。小塚知事は「都の地域において大規模な災害が発生し、または発生するおそれがある」と認め、自らが本部長となる東京都災害対策本部を設置した――

 映画にも登場する都の防災センターは、東京都庁第一本庁舎に実際に存在する。セットは非常にリアルに作られている。防災センターは24時間体制で要員が配置され、大規模な地震や大事故の際に即応体制が取れるようになっている。

【妄想】――東京都災害対策本部は、ただちに情報の収集・集約・分析にかかる。大型スクリーンには、警視庁や東京消防庁のヘリコプターからの映像、さらに都内各所に設置されている高所カメラからの映像が映し出され、切り替えるだけではなく、マルチに映し出すこともできる。巨大不明生物(第2形態のゴジラ)の姿を見て、集まった100人の防災担当職員の間から「何だこれは」という声が漏れる。

 対策本部には、現場の警察官・消防官、都職員から、防災行政無線や電話での報告も次々と入ってきた。さらに都職員が至近距離から、スマホのカメラで撮影した動画も「携帯電話被災情報システム」に送られてスクリーンに表示された。

 巨大生物に破壊された地域の負傷者の救出に東京消防庁・警視庁は全力を挙げ、交番勤務の警察官は「工具セット」を背中にしょってガレキの中に生存者を探す。本部では、巨大不明生物の進路から被害を予測し、対処をどうするかの検討が始まった――。

 都の災害対策本部体制は、さらに拡大する。災害対策本部となった段階で、ふだん災害対策に関係しない総務局、都市整備局、生活文化局、教育庁などの職員も、あらかじめ設定されている災害時の役割に切り替えられ、都職員が総動員される体制となる。たとえば生活文化スポーツ局では、災害に関する広報および広聴(被災者の相談業務を含む)、外国人対応、ボランティア支援に関する総合調整などを行うことと決められている。この「役割変え」は、東日本大震災で、避難所の設営やボランティアの調整などに有効に働いた。

有害鳥獣に防衛出動や治安出動はあるか

【妄想】――都の災害対策本部長を務める小塚東京都知事は、巨大不明生物は警察力では排除できず、駆除しないと都民の生命・財産にさらに被害が及ぶと判断。危機管理監と協議し、防災センターに詰めて本隊との連絡に当たっていた陸上・海上・航空自衛隊の連絡員に対し、災害派遣での害獣駆除の検討を要請する。検討の結果、市街地での火器使用となることから、政府の緊急対策本部に判断を委ね、政府・防衛省は巨大不明生物駆除作戦を立てることになる――

 映画本編で2カット、ほんのわずかの時間「リエゾン ○○省」と書かれたビブス(ゼッケン)を身につけた人物の後ろ姿が登場している。リエゾンとは「連絡員」のこと。政府の各会議の正式メンバーではないが、各省庁と素早く連絡を取って連携を図るための存在だ。実は、都庁防災センターには、平時から警視庁、東京消防庁、自衛隊の連絡員が詰めている。実際にゴジラがやってくれば、まず東京都の災害対策本部で警視庁の警察力で撃退できないかが検討され、次に陸・海・空の自衛隊からの連絡員が自分たちの部隊と連絡を取って検討されると思われる。

 なぜなら、作中、ゴジラは「有害鳥獣」の扱いを受けているからだ。イノシシ・カラス・ニホンザル・シカ・クマ・キツネと同じ扱いであり、その駆除は自治体の仕事なのである。

 シン・ゴジラ本編では、陸上を品川まで進み、第3形態に進化して立ち上がった巨大不明生物への対応はすべて政府で行われている。「駆除のため自衛隊の火器を使用する」、「東京都知事の治安出動要請を受ける」、「大河内首相の災害緊急事態布告」、「自衛隊に防衛出動の命令」という流れだ。ここから、ゴジラ対自衛隊の戦いが始まる。

 自衛隊が、初めて国民に危害が及ぶ可能性のある攻撃に移る。撃つか撃たないか、緊迫感がいやがおうでも高まるシーンでもある。

 だが、石破元防衛相が指摘する通り、シナリオでのシミュレーションの流れはいきなり解せないものとなる。災害対策基本法に定められた災害緊急事態の布告と、防衛出動はつながらない。また、防衛出動は他国からの侵略という要件がないと発動できないし、小塚東京都知事の要請した「治安出動」も、テロや暴動を想定しその制圧のための出動であるからさらに整合性がとれなくなる。ちなみに、都の災害対策本部が国の緊急対策本部の指揮下に入るのは、外国からの攻撃を想定した国民保護法が発動した場合のみである。

 この脚本には「大穴」がある(なぜなのかは後編で考察しよう)。

 やはり、現実には、自衛隊は都知事の要請による災害派遣でゴジラ駆除に出動するということになるのではないか。地震や風水害の救助・復旧が主な目的である災害派遣に火器使用はおかしいと思われるかも知れないが、過去、火器を使用した例がある。1960年、谷川岳で登山者がザイルで宙吊り状態で死亡した際に、機銃掃射でザイルを切断し落下させて遺体を収容した例、北海道でトドの被害に困った漁民の要請を受け、航空自衛隊のF-86戦闘機が出動し、機銃掃射を浴びせた実例がある。前例主義のお役所であるから、過去に例があればその拡大解釈で実現させるのが通常であろう。

 さらに、住民の避難誘導も自治体の役目である。本編では品川と鎌倉、横浜で描写されているが、当然、ゴジラ来襲を想定した避難計画はないので、日本が武力攻撃を受けた際の国民保護法にもとづいて各自治体で作られている避難計画を準用しているのではないかと思われる。だが、本編では防災無線や消防車の放送で避難を呼びかけており、「国民保護サイレン」が鳴っていないので、国民保護法自体は発動していない、すなわち、武力攻撃事態とはやはり考えられていないものと思われる……。

……とまあこんな具合に『シン・ゴジラ』は、国と自治体の役割、災害法制と有事法制、そして実際の避難オペレーションなど、現在定められている危機に対する即応体制について、いろいろシミュレーションとして考えさせられることが多い

 有事に際して、自治体はどう動くのか。後編は、3.11の東京都の動きを振り返りつつ、首都直下型地震へのシミュレーションが実際にどう行われているのかを見ていきたい。

読者の皆様へ:あなたの「読み」を教えてください

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 その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。

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(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)

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