シャープの取締役会は2月25日、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループの傘下に入って再建を目指すことを決議した。2012年から4年越しでラブコールを送り続けたホンハイをようやくシャープが受け入れた。官製ファンド、産業革新機構との競り合いは土壇場までもつれたが、ホンハイは総額7000億円という途方もないカネを積み、革新機構を振り切った。ホンハイはなぜ、そこまでシャープを欲しがるのか。背景には郭台銘(テリー・ゴウ)董事長の壮大な野望がある。ただし、ホンハイは、「シャープから重大情報が送付されたので正式契約を延期する」と同日発表した。電機業界を揺るがす合併交渉は、まだまだ波乱含みだ。
「熱烈な片思い」──。テリー・ゴウ氏の側近は今回のシャープに対するゴウ氏の思いをこう表現する。最初にホンハイがシャープへの出資を検討した2012年には、1株550円という値段をつけた。「単独で筆頭株主にはならないでほしい」というシャープ側の要求を受け入れ、複数のグループ企業で分散して株を持つという、面倒なことまでやろうとした。
しかし契約した直後にシャープは大幅な業績予想の下方修正を発表し、株価が暴落した。ホンハイは出資条件の見直しを求めたが、シャープが応じなかったため、ホンハイによるシャープ本体への出資は実現しなかった。今回もシャープの「重大情報」が出資条件に影響するようなものだと話がもつれる可能性はある。
今回の出資条件は一株118円。普通株割り当て後の鴻海グループの株式保有比率は65.86%、議決権の割合は66.07%となる。種類株は普通株を対価とする取得条項付きで、すべて行使されたと仮定した場合の議決権保有割合は71.1%になる。つまり、ホンハイは前回の5分の1に近い価格でシャープを傘下に収められる。「重大情報」が損失隠しなどの悪質なものでなければ、ゴウ氏は「いい買い物をした」ことになる。
しかも前回と今回では、買収の目的が大きく変わっている。シャープそのもの企業価値がこの4年で大きく毀損したのは事実だが、その間に「別の使い道」が出てきたのだ。
日本では、ホンハイがシャープを欲しがる理由を「液晶事業」とする解説が多いが、これはあまり正確ではない。液晶事業そのものはホンハイ子会社の群創光電(イノラックス)という子会社で手がけている。おまけにシャープの液晶工場は、この4年間、まともな設備投資をしてこなかったせいで、かなり時代遅れになっている。つまり、「ホンハイはシャープの液晶技術を欲しがっている」という見立ては、とんだ見当違いということだ。
革新機構を所管する経済産業省が公的資金を使う口実として「技術流出」を口にするが、実態をよく見れば今のシャープの液晶事業に流出して困るような技術はほとんど残っていない。
まずは有機ELパネルの調達拠点に
一方、世界の液晶市場は過剰設備を抱えた韓国、台湾、中国勢による値段の叩き合いが止まらない。そんなマーケットに約7000億円もの大金を積んで、のこのこ入っていくほど、ホンハイはのんきな会社ではない。
ディスプレー事業におけるホンハイの狙いは、2月25日のシャープの発表にもある通り、シャープの液晶工場を有機ELパネルの工場に変えることにある。ホンハイの最大の顧客である米アップルは早ければ来年にも、有機ELパネルを使った新型iPhoneを投入する計画とされる。
アップルが要求する品質と量の有機ELパネルが生産できるのは、現時点で韓国のサムスン電子のみ。なんとか間に合いそうなのが同じく韓国のLGである。日本のシャープとジャパンディスプレイ(JDI)は周回遅れ。サムスン頼みを避けたいアップルがホンハイの背中を押し、シャープにテコ入れさせた、と見るのが妥当であろう。
その証拠にシャープは25日のニュース・リリースに「新たに調達する4800億円のうち2000億円を有機ELの立ち上げに投じる」と書いている。
だがこれだけではホンハイがシャープに7000億円を積んだ理由にならない。ゴウ氏は「現在」と「未来」にある二つの野望を実現するためにシャープを買ったのだ。
白物家電こそ「肥沃な市場」
「現在」の野望は家電である。日本ではAV(音響・映像)の「黒物」をハイテク、生活家電の「白物」をローテクと定義しがちだが、ゴウ氏は白物にこそ未来があると見ている。テレビ、ビデオ、ステレオ、カメラ…。黒物の機能のほとんどはスマートフォンに吸収された。
一方、どんなにデジタル化が進んでも、洗濯機や冷蔵庫はなくならない。むしろ全てのものがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)時代が来れば、世界の人々が家中の白物家電を買い換えることになるかもしれない。
今年1月、中国の海爾集団(ハイアール)は54億ドルで米ゼネラル・エレクトリック(GE)の家電事業を買収した。この時、GEは複数の企業と交渉しているが、最大の対抗馬が実はホンハイだったのだ。ハイアールは三洋電機の白物家電部門も買収している。新興国市場を主戦場とするホンハイやハイアールにとって、白物家電こそ「肥沃な市場」なのだ。
EVを製造する上でシャープは有用
ゴウ氏の「未来」の野望は自動車だ。ゴウ氏がこの数年、最も親しくしている起業家は電気自動車メーカー、テスラモーターズの創業者、イーロン・マスク氏である。ゴウ氏は「世界中のガソリン車を電気自動車に置き換える」という壮大な構想を掲げるマスク氏にぞっこんで、「いつかはテスラのEVをホンハイで作りたい」と周囲に漏らしている。
テスラは現在、パナソニックと組み、米国で電気自動車用電池の巨大工場「ギガファクトリー」を立ち上げようとしているが、一時、パナソニックの腰が引け、テスラが別のパートナーを探した時期がある。その時、名乗りを上げたのもホンハイだった。ギガファクトリーはテスラとパナソニックという元の鞘に戻ったが、ゴウ氏はEVへの進出を諦めていない。
EVは「走るスマホ」と呼ばれるほど、エレクトロニクスの塊になる。液晶、有機ELといったディスプレーだけでなく、通信や走行制御で多種多様な電子技術を必要とする。iPhoneと同じようにEVを作ることを考えれば、シャープは技術の宝庫である。
日本にもゴウ氏が親密な起業家がいる。日本電産の創業者、永守重信氏とソフトバンクの創業者、孫正義氏である。日本電産の得意分野はモーター。ソフトバンクは言わずと知れた通信会社だ。シャープ買収は、EVが自動運転で走る「未来」をにらんだ、ホンハイの第一歩かもしれない。
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