「歴史修正主義者」について

Public 29 3679
2015-07-14 18:43:48

某ゲームについての違和感

 私は史学の専門家ではない。また現在関係書籍も手元にないので、完全に記憶で以下の文章を書いた。おそらく事実関係についての細かい間違いや議論の誤認はあるだろうと思う。またコメントなどがあればリプライでお願いしたいが、精神がちょっと折れているのですべてにお返事するというお約束はできない(あと元々気兼ねなく自分の言いたいことだけを呟くための垂れ流しアカウントなので、あまり無理をしたくない)。それをご承知のうえで読んでいただけるとありがたい。

 歴史修正主義というのは、だいたい近現代の問題だ。例えば日本における争点は植民地主義時代の歴史観だし、ドイツはホロコーストについて、イスラエルは1948年前後の建国期。刀剣乱舞登場以前に「歴史修正主義」という言葉が使われたなら、だいたい人々が連想するのはこのへんの事柄だったと思う。
 ところがこのワードを敵方の呼称として使用した刀剣乱舞には、近現代が一切出てこない。近現代史はセンシティブだから触らなかった~とかいう問題じゃ、たぶんないはずだ。だってそのへんを舞台・テーマにしたゲームなんて昔からごまんとある――というか、艦●れなんてきわどいほどにド真ん中じゃん(私は艦●れ自体はプレイしてないので、あのゲームにおける歴史観についての細かい評価はできないが)。ともかくああいうテーマ設定が幅広く受け入れられる市場において、刀剣乱舞が近現代に触っちゃいけないわけは(良くも悪くも)ないのだ。
 だのに刀剣乱舞は「歴史修正主義」という近現代に固く結びつけられたワードを敢えて使いつつ、見事なまでに近現代をスルーしている。もう意図的としか思えないこのスルーっぷりは、歴史修正主義という言葉から、「近現代(もっと言っちゃえば世界大戦~植民地主義時代)の諸問題」という本来の争点を完全に抜き去るという結果をもたらしている。ツイッターで言葉のロンダリングと形容していた方がおられたが、まさにそれ。友達に刀剣乱舞の世界観を説明したとき、「え、敵が歴史修正主義者って言うからには、近現代のムチャな修正主義者をぶったたくんじゃないの?」と首をかしげられたのを思い出す。

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7/16 21:30追記:
「刀剣乱舞には近現代がガッツリ登場している」というご指摘を頂いた。幕末・維新のステージ、および池田屋事件を扱った6面と、そこに登場する敵(「歴史修正主義者」の時間遡行軍)「太平洋戦争阻止布石部隊」「連合左派合同部隊」が該当する。このへんがすっぽ抜けていたことに関してだが、幕末関連ステージの件については、私の脳内で「近現代」の区切りが明治政府成立以降になっていたことが理由である。6面の敵については、6面をほとんどやり込まないうちにゲームを辞め、敵の名前が記憶になかったことが理由である(ただしこれについては、文章を書く前にwikiなどで確認はできたはずで、反省している)。
 しかしこれらの点を再認識したうえでやはり、私は「歴史修正主義者」という語がロンダリングされているのでは、という違和感をぬぐうことができない。日本の植民地主義時代の行いなど、本来の「歴史修正主義」についての議論の大きな争点は、やはり見えなくなっているわけだから。
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 さらに言えば、現実における歴史修正主義というのは、政府や時の権力者の側が不都合な史実を隠そうとしているパターンが目立つものだ。例えば日本の場合は言うまでもない――安倍政権の歴史観とそれに反対する人々の議論を見ていれば分かるよね。イスラエルの場合は少し特殊で、この国において歴史修正主義者とカテゴライズされるのは、90年代に公開された建国時の機密文書を踏まえてこれまで語られてきた国家史――というか「神話」――に異を唱えた歴史家たちなのだが(詳しくは「new historians」で調べてみてほしい)、いずれにせよ不都合な史実を隠して歪曲された歴史を語ってきた権力者側VSそれに異を唱える者たちという構造であることは同じだ。そこには権力関係が存在し、また真摯な議論と対話が権力者の側に要求されている。
 しかし刀剣乱舞の場合、【歴史修正主義者は政府の敵】なのである。いや、政府がちゃんと歴史修正主義の問題を見据えて対話に応じ、解決に向けて取り組むようになればそれは良いことなのよ。でも刀剣乱舞の世界における「歴史修正主義者」は、外部から突如現れて(権力者たる)政府を襲う、正体不明・会話不能の叩き切って破壊するしかない存在として描かれているのだ。これは明らかに込められたニュアンスが違う。本来の「歴史修正主義」にまつわる権力関係が抹消されて「政府」が無辜のものとしてホワイトウォッシュされているし、議論と対話というプロセスをすっ飛ばした一方的な断罪だけがある。ここで私が問いたいのは、ゲームにおける敵全般をこのようにして描くことの是非ではない(分かりづらかったので7/14 22:30追記:「いかなるゲームのヴィランにも人間性を! 勧善懲悪ダメ!」と言いたいわけではない、そういうことが焦点ではない、ということ)。提起したいのは、「歴史修正主義者」という様々な重い含みを抱えた呼称をあえて選択したうえで、その含みを一切合切ロンダリングしたような敵を作り上げることの問題性である(7/14 22:30 言い回しを修正)

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7/15 19:00追記:
「イスラエルの場合は特殊と言っているが、本来の歴史修正主義はこの意味で合っている」というご指摘をいただいた。確かに「歴史修正主義」という言葉そのものは、【第一義的には】「歴史の語りを修正する」という行為だけに焦点を当てたフラットなもの(修正の内容や権力構造は関係ない)であり、このご指摘は正しい。また、上記の私の文章は「『新しい歴史家』たちが政府の歴史観にたてついたために『修正主義者』のレッテルを貼られた」と読みうるようになってしまっているが、そういうことではない。
 それを踏まえたうえで、このあたりの記述についての私の意図は、たとえ「歴史修正主義」という言葉の第一義的意味がいかにフラットなものであれど、【現代の現実における歴史修正主義的行為に絡んでくることのきわめて多い権力関係にどうしても言及したかった】というものだと強調させていただく。そしてその権力関係を一切洗い流し、見えなくしようとする行為は、やはり不気味である。ただ歴史修正主義と権力については正直しっかりした文献に当たったことがほとんどないので、詳しくご存じの方がいらっしゃればご助言いただけるとありがたい。
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 このへんの諸々に違和感を感じつつも、制作者側はたぶんヒップな言葉を無邪気に選択しただけなんだろう、きっと鈍感なだけなんだろうと信じてプレイしていた。でもそれも芝村氏の「大東亜共栄圏」発言を見るまでだった(知らない人は「芝村 大東亜共栄圏」でぐぐって見てほしい)(7/29 17:20追記:実際の発言がおこなわれたコンテンツ文化史学会例会の様子は、ニコニコ動画プレミアム会員ならこちら http://live.nicovideo.jp/watch/lv222477103 で無期限タイムシフト視聴できる。またこの件に関しては7/29現在「ゲーム『刀剣乱舞』クリエイター芝村裕吏氏の「大東亜共栄圏」発言とその反応」 http://togetter.com/li/851326 や「芝村裕吏氏の大東亜共栄圏発言についてのまとめ」 http://togetter.com/li/851259 などのtogetterまとめができている)。その旗の元にかつて多くの人が傷つけられ、今でもまさに本来の意味での「歴史修正主義」の争点となっている言葉を、いかにも罪なきもの、善きものであるかのように、ファンダムを喩える言葉として使用するというこの行為。吐き気がしたし、「歴史修正主義者」という言葉のチョイスと繋げて、これはもう確信犯なんだと思った。というか、言葉の意味を限りなく軽くして「萌え」の枠に押し込むこれらの行為こそ、まさに本来の「歴史修正主義」の第一歩なんじゃないのか? センチなことは言いたくなかったが、私が可愛い可愛いと大事に育てていた刀剣たちは、こんなことに使われてたのか? 盗用問題だけでも充分におおごとだが、バックに流れている思想がこれでは、もう私が刀剣乱舞にログインすることはないだろう。


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