客船を建造している三菱重工の長崎造船所(写真は3月上旬に撮影した一番船)
客船を建造している三菱重工の長崎造船所(写真は3月上旬に撮影した一番船)

 ふかしていたタバコを灰皿に押し付けると、浅黒い顔の中年男性は深いため息をついた。「同じ現場とは思えないよ。心底、がっかりしている」。

 船造りを生業としてきたこの男性は数年前、意気揚々と長崎の土を踏んだ。10年ぶりに三菱重工業の客船建造に携われることを、楽しみにしていたからだ。かつて「ダイヤモンド・プリンセス」を造った時、現場を丹念に回って協力企業を統率する三菱重工の職人たちに魅せられた。「三菱の客船をやった」と言えばどの造船会社も一目置いてくれたし、自分自身、誇らしかった。

 三菱重工が2011年に受注した大型客船「アイーダ・プリマ」の建造現場に、当時の面影はなかった。仕事は工程表どおりに進まず、大量の作業者で現場は混乱、しまいには3度の火災が起きた。3月14日に何とか客先への引渡しを終えたものの、当初の予定からは1年遅れだ。客船事業の特別損失は累計で1800億円を超え、事業を存続すべきか否かの議論が始まっている。

 客船事業がなぜ巨額の損失を出してしまったのか。この問いに対して、三菱重工の主張は一貫している。船内のWi-Fiなど10年前にはなかった要求仕様に手間取った、客室数が多く複雑な構造だった、顧客から設計変更の要望が相次いだ…。「知見不足による設計の遅れが、後々まで響いてしまった」(鯨井洋一交通・輸送ドメイン長)という趣旨の説明が、特損を計上するたびに決算会見で繰り返された。

 ただ、長崎の街を歩くと別の理由も見えてくる。

1年で2100人増えた長崎市の外国人

 3月上旬の夕方、長崎市内のスーパーで、欧州系の外国人らが惣菜や缶ビールを買っていた。皆、作業着やジャージーを着ており、観光客という雰囲気ではない。尋ねると、「内装の仕事で長崎に来た」「三菱で11時間働いた帰りだ」という返事。インドネシアから来たという技能実習生の一団は「船の溶接の仕事をしている」と、カタコトの日本語で教えてくれた。2014年秋に取材で長崎を訪れた時と比べて、街で見かける外国人の人数は明らかに増えた。

長崎の街で、数多くの外国人を見かけた
長崎の街で、数多くの外国人を見かけた

 それもそのはず。2015年12月、長崎市に住民登録をしている外国人の数は5500人に達した。1年前と比べて約2100人増えており、「大半が何らかの形で客船建造に携わる労働者だ」と長崎市の担当者は話す。国籍もドイツやイタリア、クロアチア、フィンランド、エストニアなど様々だ。

長崎市の外国人登録数
長崎市の外国人登録数
1年間で2100人増えた(出所:長崎市)

 2001年にダイヤモンド・プリンセスを手掛けた時は、一部の監督者を除いて、造船の現場に外国人はほとんどいなかった。今回、こんなにも増えたのは、人数と技能の両面で「日本の技能者だけではできなかった」(三菱重工の宮永俊一社長)からだ。客船を造ることができる建設業者は震災復興や東京五輪をにらんだ再開発で忙しく、長崎に来ている余裕はない。加えて、内装に欧州製の調度品を多く使うなど、日本の協力企業にはノウハウがない作業もあった。

 世界各地から人をかき集めた結果、長崎は、欧州技能者、三菱重工の社員、日本の協力企業、アジアからの技能実習生が、数千人規模で入り乱れる現場になった。

 そこに、綻びが生じた。

休憩ばかりの外国人、即決しない日本人

 「三菱の人は外国人によう言わんのや」。協力企業で働く日本人技能者の1人は、そんな不満を漏らす。やらなければいけない仕事は山積みで、自分たちは働いているのに、一部の外国人技能者が休憩ばかりしている。それを注意しない三菱重工にも、腹が立った。

 ほかにも、夏に半袖半ズボンで働く、禁煙の場所でタバコを吸う、散らかしたゴミを片付けないなど、この技能者の感覚では「あかんやろ」という事がいたるところで目に付いた。しかし、喫煙所のルールが徹底されたのは今年初めのボヤ騒ぎの後。休憩やゴミの扱いに至っては、引き渡しまで直らなかった。

 一方、あるポルトガル人技能者は「日本人は意思決定に時間がかかりすぎだ」と憤る。現場で判断を仰いでも、すぐに答えが返ってこないため、作業を進められないことが何度もあった。クロアチア人技能者は「日本人は英語を話す人が少ないから、通訳を介さないといけない。手間がかかってしょうがない」と言う。インドネシアから来た技能実習生の1人は「遅刻に厳しく、残業も多いのでとても疲れる」とぼやく。

足りなかった互いの理解

 タバコなどは論外だが、それぞれが抱えていた不満には、文化や慣習の違いによって生じているものが少なからずある。例えば、ゴミの扱いは、すぐそばに「掃除」を職業としている人がいるかどうかで変わる。休憩や残業など、労働時間に対する意識や、意思決定のプロセスも様々だ。

 日本人だけで仕事をしている時には「あうんの呼吸」で通じたことでも、異なる背景を持つ人が交じり合う現場では明解な説明や、多様性を踏まえたマネジメントが必要だ。現場で働いていた人たちに話を聞く限り、長崎でそれが適切に行われていたとは言い難い。欧州技能者、日本人、実習生の間に報酬や待遇面の差があることも、不満の一つになっていた。

 こうした現場の不協和音は、人材配置のムダや引き継ぎの難しさなどを生み、少なからず工期にも影響した。建造期間が延びたことで、人件費や技能者たちを滞在させるホテル代も増え、損失は膨らみ続けた。設計に起因する損失と明確に切り分けることは難しいが、1800億円超に及んだ特損の一部は、多国籍の現場をうまくマネジメントしきれなかったことによるものだ。

 三菱重工の交通・輸送ドメイン長の鯨井氏は現場の混乱について、「ピーク時は5000人超が働いており、コントロールしきれなかった」と反省を漏らした。現在建造中の二番船(=今年3月に引き渡した客船と同型の2隻目の船)では、ITを用いた現場管理や、人員が増えすぎないように作業を平準化すること、工法の改善といった対策を進めているという。ただ、問題は人数や作業工数だけではない。

 日経ビジネス4月4日号の特集「移民ノミクス」。今年、日本で働く外国人は100万人を超える可能性がある。三菱重工の客船に限らず、日本のなかでも海外の人と一緒に働く現場は増える一方だ。それを混乱の火種にしてしまうのか、多様性を成長に生かす好機にするか。その差はあまりにも大きい。

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