2017年2~3月まで滞在していた福島県広野町を離れ、4月に郡山市に引っ越してきました。現在は、総合南東北病院で外科医長として勤務しています。さて、まずは近況と郡山の街について少し。

 郡山市は、東京から新幹線で約1時間半とそれほど遠くない場所にある人口30万人ほどの都市です。広野町のある「浜通り」(福島県の海沿いの地域)よりも気温の低い「中通り」(浜通りの内陸側の地域)に位置するため、かなり厚着をしての新生活スタートになりました。

私の住んでいる所から見える郡山の街の景色。四方を山に囲まれている
私の住んでいる所から見える郡山の街の景色。四方を山に囲まれている

 1月まで住んでいた東京に比べて気温が4~5度は低く、風も強いのが特徴。今年は桜の見頃が東京の約1週間後となり、私は唯一の移動手段である自転車(ドン・キホーテで9000円で購入しました)を漕ぎながら横目で楽しんだだけでした。

東京から1週間遅れの、少し控えめな郡山の桜
東京から1週間遅れの、少し控えめな郡山の桜

 冬にはマイナス10度にもなるそうですから、早く車を買わねばなりません。知人のフェル(ディナンド・ヤマグチ)さんが日経ビジネスオンラインで書いている連載も購入の参考にと拝読していますが、価格の面で全く参考になりません(笑)。

「豊富な人材がいる」病院はなかなかない

 今回のテーマは「徹夜明けの外科医による手術」。外科医の話ですから、私の勤める病院についても少し触れておきたいと思います。

 総合南東北病院は、ベッド数は約450床、JR郡山駅から車で15分ほどの便利な場所にあります。隣にある第二病院が約150床ですから、まあまあ規模の大きな病院と言っていいでしょう。私はここで、腹腔鏡手術という小さなキズで済む手術を中心に、大腸がんの最先端手術や治療を実施しています。

私が4月から勤めている病院です。郡山の街は風が強く、この日も強風でした
私が4月から勤めている病院です。郡山の街は風が強く、この日も強風でした

 当院には外科医が全部で13人、大腸がんの手術を専門とする医師は私を入れて4人もいます。これほど豊富な人材がいる病院は、全国でもなかなかないと思います。ちなみに院長先生も外科医で、今もよく手術室や病棟に来られる現役バリバリの先生です。

 と宣伝のようになってしまいましたが、「豊富な人材がいる」ということは今回のテーマと深い関わりがあります。

手術中に居眠り? 助手ならあり得ます

 「おい、お前! 何寝てんだ」

 こんな怒り方はしないものの、疲れ切った研修医が手術中に寝てしまうことはあるものです(まだ当院では見たことがありませんが……)。3番目か4番目の助手をしている時は何もしないで見ているだけなので、彼らも眠くなってしまうのでしょう。

 そうでなくても外科医は、しばしば徹夜明けで手術を執刀します。もちろん私も、過去に何度も経験があります。完全な徹夜でなくても、睡眠1時間とか2時間で手術なんてことは、間違いなく外科医全員が経験のあるところなのです。

研修医や若手の外科医のための練習用の血管。これで結紮(けっさつ、糸を結ぶ技術)を学びます
研修医や若手の外科医のための練習用の血管。これで結紮(けっさつ、糸を結ぶ技術)を学びます

 なぜ外科医は、徹夜明けで手術をしなければならないのか。不眠症? いいえ、「当直」です。

 当直という勤務形態は「宿直」と似た意味で、病院に泊まり込んで何か問題が発生した時に対応することを指します。一部の科ではしていないところもあるかもしれませんが、外科医に限らず基本的に全ての勤務医が週に1~2回は当直を担当します。医療法により、病院には常に医師がいなければならないと決まっているためです。

 当直の日は、夜中に来院する(救急外来の)患者さんの治療をする上、入院患者さんに何か起きた場合もすっ飛んで行って対応します。救急外来の患者さんが一晩に30~40人も来るような病院もありますし、受け付けていない病院もあります。

 夜中に患者さんがひっきりなしに来たり、かなり重症の患者さんが来たりすると、そのまま緊急手術になるなどして、医師はほぼ徹夜で働き続けることになります。当直の前と後にも通常勤務をするため、当直明け(病院では短く「明け」と呼びます)には連続24時間の勤務が終わったことになるわけです。

帰りたくても帰れない外科医の実態

 ではここで、当直明けがどのような状況かをのぞいてみましょう(フィクションですが、限りなくリアルです)。

 午前4時半。夜中から立て続けにやってきた救急車や熱を出した入院中のお子さんの対応がようやく一息つき、私は1階の救急外来室から明るくなったばかりの外に出ます。冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、「うーん」と一つ、大きく伸び。鳥の鳴き声が聞こえるような気もしますが、本当に聞こえているのか幻聴なのかも分かりません。

 すると間もなく、看護師さんのこんな声で我に返ります。

 「先生、ホットライン(救急車からの受け入れ要請)です!」

 血走った目とベタベタの髪ですが、「オシッ」と気合を入れ、救急外来室に戻ります。目の前に現れたのは、朝だというのに酔っ払いの患者さん。その患者さんに「なんだよー、テメエ!触るんじゃねえよー」とか言われながら点滴を打ちます。

 1時間くらい仮眠をとったら、そこから翌日の通常業務が始まります。午前7時半から回診をし、9時から手術。「今日のオペは5時間の予定だけど、あんまり出血しないといいな……」などと思いながら手術室に入ります。

 手術が終わると、患者さんのご家族に手術内容の説明。そして、夕方からは院内のリスクマネジメント会議に出席し、ここでついコックリコックリとしてしまいます。

 会議が終わると、午後6時過ぎ。今度は夕方の回診が始まります。「さあ、今日は明けだから帰るぞ!」と思っていると、内科医からこんな電話が入るのです。

 「先生、すみません。虫垂炎(アッペ)の患者さんがいて、手術のお願いなのですが……」

 「今日は帰りたかったんだけどな」と心の中でつぶやきながらも緊急手術を執刀し、やっとのことで帰宅するのは午後10時――。

 これを外科医は週に1~2回、(人によりますが)58歳くらいになるまで続けるのです。年収はもちろん、他の科のドクターと同じです。

睡眠不足では手術の質が下がって当たり前

 外科医が眠い中で手術を執刀すると、そのクオリティー(質)はどうなるのでしょうか。もちろん、明らかに低下します。

 「いや、俺の時だけは前日、よく寝てくれよ」

 読者の皆さんはこう思われることでしょう。

 当直明けの手術は質が低下する――。至極当然のことですが、何十年もの間、誰も公言してきませんでした。それは外科医の矜持でもあり、体制側(厚生労働省)のコスト意識でもあったのだと思います。外科医の矜持は武士のそれととてもよく似ていて、「武士は食わねど高楊枝」ならぬ、「外科医は眠らねど余裕で執刀」という文化が脈々と続いてきたのです。

 長年にわたってこの慣習は変わりませんでしたが、最近になって「当直明けの外科医の執刀は手術関連の死亡を増やす」という論文(Taffinder NJ, et al. Lancet 1998;352:1191)が発表されたこともあり、厚生労働省はあるルールを作りました。「当直明けの外科医が手術を執刀しない病院は加算(お金)を付ける」というものです。

外科医の9割は「過労死ライン」超え?

 この新ルールは全くニュースにならなかったばかりか、実際に採用している病院もわずかだと考えられます。しかし、私の勤める病院では外科医が多いこともあり、明けの外科医は基本的に執刀しないことになっています。

 待遇とか外科医の労働負担軽減というより、医療の質の担保のためにそうしているという印象を私は持っています。明けの外科医をそのまま働かせた方が病院経営の視点ではいいに決まっていますし、外科医も絶対に文句を言わないことが分かっているからです。ちなみにこの新しい加算は執刀医にならなければいいだけで、手術の助手になるのはOKです。

 調査したわけではありませんが、当直明けの日の朝、帰宅できる外科医は日本中探してもほぼいないでしょう。

 「労働基準法を守っていないじゃないか!」というご指摘も、その通りです。外科医の9割は厚労省の定める「過労死ライン」の労働時間を軽々と超えているというデータもあります。また定期的に労働基準監督署がさまざまな病院をガサ入れすると、数億~十数億円の残業代未払いを指摘される病院が必ずと言っていいほど出てきます。ついこの間も、某有名ブランド病院が10億円を超える残業代未払いを指摘され、ニュースになりました。

「患者さんの生命ファースト」が基本

 こんなブラック企業も真っ青の外科医という仕事ですが、なぜこれほど多忙なのでしょうか。その理由は(1)業務そのものの性質、(2)手術件数の増加、(3)外科医数の減少、の3つにあると考えられます。

 まず(1)の業務そのものの性質。

 我々外科医は基本的に、「手術をしなければ生命が危うい」という疾患を持つ患者さんを相手に仕事をしています。手術は、患者さんの体に一定のダメージを負わせて実施する「激しい治療」。全身麻酔で行う手術であれば、筋弛緩剤を使って患者さんの呼吸を一時的に停止させます。

 手術をしたらそれで終わりというわけでもありません。術後、患者さんの状態は不安定になります。血圧が下がったり、尿が出にくくなったり、止血できていたはずなのに後で大出血することだってあります。看護師さんが見ていてはくれますが、基本的に医療行為はできないため、医師が張り付くことになります。

 つまり外科医は、かなり「濃厚な医療」を提供しなくてはならないのです。「濃厚な」とは「熟練の外科医が患者さんを付きっ切りで見る」という意味。現場を離れられないため、必然的に業務時間が長くなります。

 さらに外科医の仕事は、完全に「患者さんの生命ファースト」。間違いなく緊急手術をした方がいい患者さんが目の前にいたら、「オレ、今日は結婚記念日だし奥さんが料理作って待ってくれているから帰る」と言って帰る外科医はいません。米国では保険証の種類(ランク)によって手術をするかどうかが変わりますが、日本では基本的に、あらゆる理由に優先して、手術が必要な患者さんには手術をします。

高齢化が進むほど手術件数も増える

 次に(2)手術件数の増加です。

 日本全体の高齢化がすさまじいスピードで進んでいるため、がんなど手術の必要な疾患を持つ人口が急増しています。多くのがんでは50~70歳くらいが発症しやすい年代になりますから、その年代の人口が増えれば増えるほど手術件数も増えます。

 次のグラフはがん(悪性腫瘍)の手術件数と一般病院数の推移を示したものです。

消化器・乳腺・腎悪性腫瘍の手術件数と一般病院数の推移
消化器・乳腺・腎悪性腫瘍の手術件数と一般病院数の推移
出所:厚生労働省「平成26年(2014)医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」を基に筆者が作成
[画像のクリックで拡大表示]

 これを見れば、がん(悪性腫瘍)の手術件数が年々、増えていることが分かります。2002年の水準と比べて2014年は、ほぼ倍となっています。

小児科医は増えているのに外科医は減少

 最後に(3)外科医数の減少です。

 下のグラフでは、外科医の数は増えるどころか微減しています。医師全体の数が増加し続けていることを考えると相対的です。一般に「減った」と言われている小児科医や産婦人科医と比較しましたが、実際には小児科医が増加傾向、産婦人科は横ばいという結果でした。

小児科医、産婦人科医、外科医の人数の推移
小児科医、産婦人科医、外科医の人数の推移
出所:厚生労働省「平成26年(2014年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」を基に筆者が作成
[画像のクリックで拡大表示]

 手術件数は増える一方で外科医数は減っているのですから、単純計算でも1人当たりの手術件数は増えることになります。忙しいわけです。

正直なところ外科医は増えない。ではどうするか

 これを解決する方法は、外科医を増やすか、外科医の仕事を効率化するかしかありません。

 前者については先日、外科学会で発表したばかりですが、正直なところ私は、今後、外科医数がぐんぐん増えるとは考えていません。外科医の本来の仕事である手術の件数が増え続けているからです。給料が同じなら誰だって、仕事がきつくなくて訴訟リスクが低い道を選びます。となると、あとは後者の業務の効率化を図るしかありません。

 方策はいくつかありますが、私が最も重要だと考えているのは「複数主治医制」です。

 現在は、1人の患者さんに対して主治医が1人付き、その医師が全ての責任を負う体制をとっています。どんな些細なことであっても、その患者さんに関することは全て主治医に連絡をして主治医が指示を出し、決定の全責任を主治医が負います。

 もちろんほかの医師もカルテを見て、議論しながらの決定にはなりますが、担当する患者さんの決定を全て1人の主治医が担当するのは負担が大きいと私は考えています。複数主治医制が実現すれば、医師が週末に遠出をすることも可能になります。その期間は別の主治医に判断をゆだね、遠方で開かれる学会などに参加できるようになるわけです。

 この他にも厚生労働省は、さまざまな手段を考えています。先日、発表された、「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の報告書では、医師以外のスタッフ(看護師など)が医師の業務を一部担当する「タスク・シフティング/タスク・シェアリング」の考え方などが提唱されました。これは法改正などを必要とするため、すぐには実現しないと考えられますが、私も強く期待しているところです。

 外科医の生活が少しでも改善され、その結果、手術や診療の質が上がることを願いつつ、今回は筆をおきます。

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