90億人の食を支えるうえで、有望な動物性タンパク源は「魚」だ。今回は、環境を壊すことなく多くの魚を育てる、これからの養殖に焦点を当てる。

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シリーズ 90億人の食 食を支える未来の養殖

90億人の食を支えるうえで、有望な動物性タンパク源は「魚」だ。今回は、環境を壊すことなく多くの魚を育てる、これからの養殖に焦点を当てる。

文=ジョエル・K・ボーン Jr./写真=ブライアン・スケリー

 近年、世界のあちこちで大規模な養殖場が生まれている。

 養殖業は1980年以降、世界全体で約14倍の成長を遂げた。養殖魚介類の生産量は2012年に6600万トンに達し、初めて牛肉の生産量を上回った。今や世界で消費される魚介類の半分近くは養殖ものだ。今後も養殖の需要はまだまだ拡大すると予想されている。

餌が牛肉の7分の1で済む

 魚の養殖には、牛や豚など家畜を育てるのに比べて飼料がはるかに少なくて済むという利点がある。魚は変温動物だし、水中で重力に抵抗する必要もあまりないので、生きていく際のエネルギー消費を抑えられるからだ。たとえば肉牛の体重を1キロ増やすには約7キロの飼料が必要だが、養殖魚1キロには約1キロの飼料で済む。

 地球の資源を無駄づかいせず、90億人に必要な動物性タンパク質を供給するには、魚介類の養殖が有望だろう。

 しかし、問題はある。
 大規模な養殖によって魚介類の生産量が飛躍的に増えた「青の革命」のおかげで、私たちは冷凍のエビやサケを安く買えるようになった。だが、穀物の大量増産を達成した「緑の革命」と同様、青の革命もまた、環境破壊や水質汚染、食品の安全性に対する不安をもたらしている。

 1980年代には熱帯のマングローブ林が次々に伐採され、エビの養殖場がつくられた。今では養殖が世界のエビ需要を支えていると言っていい。だが、世界の養殖魚介類の90%が生産されるアジアでは、水質汚染が深刻だ。病気の蔓延を防ぐため、欧米や日本で禁止されている抗生物質や殺虫剤を使う養殖場もある。

内陸での大規模養殖に挑む男

 病気や汚染を広げずに、成果を上げる方法はあるだろうか。
 米国ブルーリッジ・アクアカルチャー社のビル・マーティンが行きついたのは、内陸での養殖だ。同社はアパラチア山麓で世界最大規模の陸上養殖場を運営し、ティラピアを飼育している。

 湖や海では「魚が寄生虫などに感染したり、逃げたりする問題がある」と彼は言う。「それにひきかえ、陸上では飼育環境を完全に管理でき、海に及ぼす影響を限りなくゼロに近づけられます」

 マーティンの養殖場も、今のところは周囲の環境と大気に影響を及ぼすし、維持費も高くつく。将来は水を99%循環させ、魚の排泄物に含まれるメタンを利用して自家発電を行いたいという。

※ 特集では、このほか「沖合での養殖」「飼料の見直し」「複合養殖による環境負荷の軽減」「海藻の養殖」なども取り上げています。くわしくは、ナショナル ジオグラフィック2014年6月号をご覧ください。地図やグラフィックで食料問題を詳しく解説しています。ナショナル ジオグラフィックは5月号から8回シリーズで、食の未来を展望していきます。

編集者から

 養殖の生産量は、世界では天然ものに迫る勢いで急増していますが、日本では逆に減っているようです。農林水産省の統計によると、国内の養殖の生産量はここ10年間で20%ほど減少していますし、養殖が魚介類全体の生産量に占める割合は2012年で22%しかありません。ただ、この割合は魚種によってまちまちで、「水産白書」によると、ウナギやマダイ、クルマエビ、ブリ類は、国内生産量の半分以上が養殖です。日本人が食べる魚の種類は多いですし、魚によって養殖に向き不向きがあるのでしょう。
 ブリと言えば、最近は、柚子やかぼすなどを餌に混ぜて養殖した「柑橘系」のブリがあるそうですね。臭みがなく、身からほんのり柑橘の香りがするというのですが、本当でしょうか。食べたことのある方がいらしたら、ぜひ感想を教えてください。
 シリーズ「90億人の食」の来月のテーマは、アフリカの農業開発。日本とブラジルがモザンビークで進めている大規模農業開発事業「プロサバンナ」などの現実を追います。(編集T.F)

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