アルゼンチン戦で見せた日本の成長とザック監督の手腕
サッカージャーナリスト 大住良之
アルゼンチンに勝った。7回目の対戦で初めて勝った。8日、埼玉スタジアムで行われたアルベルト・ザッケローニ監督率いる新生日本代表の船出の試合。日本代表は前半19分に岡崎慎司(清水)のゴールで挙げた1点を、この日センターバックとして起用された今野泰幸(FC東京)を中心に集中を切らさず守りきり、世界の強豪を撃破した。
アルゼンチンにはこれまでは6戦全敗だったが、まさしく歴史的な勝利。2014年ワールドカップに向け、「ザック・ジャパン」は本当に素晴らしいスタートをきった。
「選手たちは力を出し尽くした」
「勝つことはできなかったが、選手たちは力を出し尽くしてくれた。私は満足して帰国できる」
試合後、アルゼンチンのセルヒオ・バチスタ監督はそう語った。
先月、ブエノスアイレスでスペインを4-1で下したメンバーから負傷などで何人かの交代はあったものの、アルゼンチンは現時点で最強と思われるメンバーを日本に連れてきた。選手の大半がプレーするヨーロッパとは8時間の時差があってコンディションは万全とは言えなかっただろうが、キックオフから全力で日本のゴールに襲いかかった。
シュート数は日本15、アルゼンチン13
だが、日本代表はこれまでの姿とは違っていた。
過去の対戦では、スコアは僅差でも、内容的には大きな差があった。アルゼンチンのスピードや技術についていけず、自陣に引いて守備を固めるのがやっと。ボールを奪っても満足な攻撃もできず。ひたすら耐えるなかで、結局ゴールを割られて敗れるという試合ばかりだった。
しかし、この試合は違った。連続攻撃にさらされる時間帯もあったが、ボールを奪うとパスをつなぎ、あるときには速攻を仕掛け、またあるときにはじっくりとつないでサイドを崩した。日本サッカー協会が出したデータによるとボール支配の時間は前後半ともほぼ4対6でアルゼンチンが長かったが、シュート数は日本15、アルゼンチン13。ほぼ互角と言っていい試合だった。
欧州勢が先発に7人
注目の先発はGK川島永嗣(リールス)、DFは右から内田篤人(シャルケ)、今野、栗原勇蔵(横浜M)、長友佑都(チェゼーナ)、MFは遠藤保仁(G大阪)と長谷部誠(ウォルフスブルク)をボランチに置き、2列目は右に岡崎、中央に本田圭佑(CSKAモスクワ)、左に香川真司(ドルトムント)、そしてワントップは森本貴幸(カターニア)だった。
中沢佑二(横浜M)が故障で選出されておらず、田中マルクス闘莉王(名古屋)は合宿に参加したものの別メニュー。本来なら日本代表の守備の中心となるべき2人を除けば、多くの人がほぼ現時点でベストと考えるに違いない顔ぶれが並んだことになる。そのなかには、ヨーロッパで活躍する選手が7人も含まれていた。
本田圭と香川が生んだ「違い」
試合がこれまでと違うものになった最大の要因は、攻撃力だった。前線の4人、なかでも本田圭と香川の存在が非常に大きかった。相手に激しくプレッシャーをかけられても自信をもってボールをキープできる2人がいることで、日本はボールを持つとしっかりとした攻撃を組み立てることができた。
前線にボールがおさまれば、遠藤と長谷部の両ボランチやサイドバックがサポートに上がっていく時間ができる。攻撃は厚くなり、より効果的になってチャンスの数が増えた。
そして同時に、攻撃で相手を追い込むことができるから、その後ボールを奪われてからの前線からのプレスが効果的になった。
相手ゴールに向かった結果の得点
決勝ゴールは前半19分。アルゼンチンのMFマスケラーノが右から左に大きくサイドチェンジしたが、左タッチライン際、ハーフライン近くでDFエインセが頭でコントロールしきれず、高く上がったボールを岡崎がすかさず奪って前進。右から正確なパスをペナルティーエリア正面の本田圭に送った。
ワンコントロールしてシュートにもちこもうとした本田のプレーは相手に妨げられたが、こぼれたボールに走り込んだ長谷部が思いきり右足を振り抜いて強烈なミドルシュート。GKロメロがはじいたところに、岡崎が鋭く詰めて叩き込んだ。
前線から積極的にボールを奪いに行く姿勢、そしてザッケローニ監督の「相手ゴールに向かう姿勢を見せろ」という指示通りの得点だった。
今野の際だった守備
この1点でアルゼンチンのエンジンがかかった。FWメッシが神業のようなドリブルで日本ゴールに迫り、周囲の選手と短いパスを交換してチャンスをつくった。しかし日本は最後のシュートを打たせなかった。中沢と闘莉王の穴を埋めた今野が際だったプレーを見せ、すべての穴をふさいだのだ。
大型のFWをもたず、スピードと変化で突破を狙うアルゼンチンの攻撃。この相手なら、仮に中沢と闘莉王が2人とも完調でも、今野がベストチョイスだったのではないか。
ザッケローニ監督の的確な選手交代
そして選手たちのこうした奮闘を生かし、試合を勝利に導いたのは、ザッケローニ監督の的確な選手交代だった。
アルゼンチンの攻撃を止めるために、両サイドのMF、香川と岡崎には「サイドバックの外側のスペースを埋めろ」という指示が出ていたに違いない。2人はその仕事を献身的にこなし、相手にサイドで自由にプレーさせなかった。
この試合で最も大きな負担がかかったのはこの2人だった。後半の半ばには交代選手を送らなければならなくなるのは、この試合の必然だった。
だが、そうした交代をする中で、ザッケローニ監督は相手の変化を読み、その狙いを確実につぶした。
見事に機能した交代選手たち
最初の交代は後半20分。FW森本に代えてFW前田遼一(磐田)を投入した。アルゼンチンに押されて全体的に苦しくなった時間帯、中央で待ち構えるタイプの森本から幅広く動いてボールをキープするタイプの前田への交代は見事に当たった。前田は短時間で3本のシュートを放ち、サイドからの攻撃でチャンスもつくった。
次の交代は後半26分。MF遠藤とMF岡崎に代えて、ボランチに阿部勇樹(レスター)、右MFには代表初招集の関口訓充(仙台)を入れた。阿部の守備力はあたふたしかけていた中盤を落ち着かせ、関口も思い切りの良いプレーで持ち味を発揮、右サイドで攻守に活躍した。
続いて32分、左MF香川に代えてMF中村憲剛(川崎)を投入、中村憲を「トップ下」にして、本田圭を左MFにした。これも効果的だった。
最後の交代は40分。これは右足の内転筋を痛めたGK川島に代えてGK西川周作(広島)を入れたものだった。
選手の奮闘と監督の手腕
後半、アルゼンチンは攻撃力のある中盤の選手を投入、前半は右FWでプレーしていたメッシを中央に入れ、FWイグアインと並べた。日本は中盤でなかなか相手にプレスをかけられないようになり、苦しくなっていた。前田、阿部、関口、そして中村憲といった交代選手たちは、そうした状況を見事に改善し、DFラインの負担を軽くした。選手交代の的確さは、これまでの監督にはなかったもの。ザッケローニ監督の長所の一つであるに違いない。
ただ選手交代が生きるかどうかは、送り込まれた選手たちの理解度とプレーに大きく左右される。このアルゼンチン戦は、選手の奮闘と監督の手腕が相乗効果を生み、歴史的な勝利に結びついたと言えるだろう。
韓国戦でさらなる自信を
だが、手放しで喜ぶわけにはいかない。12日には、ソウルでの韓国戦が待ち構えている。先月、イランに0-1の敗戦を喫した韓国。ホームで連敗するわけにはいかない。しかも絶対に負けてはならない日本戦だ。激しい闘志で挑んでくるのは間違いない。
本田圭と香川は、フィジカルの強さではアルゼンチン以上ともいえる韓国守備陣の当たりに耐えて、再びボールをキープすることができるだろうか。闘莉王の復帰が待たれる守備陣だが、「史上最強」の自信にあふれた韓国の攻撃陣、朴智星(マンチェスター・ユナイテッド)、李青龍(ボルトン)、朴主永(モナコ)を止められるだろうか。
アルゼンチンに勝った。その自信をさらに深めて定着させるには、韓国戦でも相手を圧倒するプレーを見せなければならない。