ライブドア事件は粉飾なのか?

一昨日、堀江さんが収監された。とにかく本当にひどかった。


なんだ、あのモヒカン頭は。前日も飲んだくれた後の顔のむくれと相まって、どうみたって反省していない犯罪者にしかみえなかった。せっかく一部で評判をとりもどしつつあった堀江さんだったのに、世間の多くはやはりこいつは悪人という認識をあらためて刷り込んだに違いない。


そして隣につねにつきまとっていたひろゆきもつねにへらへら笑っていて、最悪の印象をあたえた。


およそ、人間がなにか行動をおこすとき、必ず動機と目的があるはずだ。ぼくが、先週末にブログを書いたのは堀江さんに同情していたから、彼の誤解を少しでもときたかったからだ。


昨日の彼らはいったいなんのためになにをしたかったのか?堀江さんはライブドアと同じく粉飾事件をおこしながら実刑判決をうけていない会社名がプリントしたTシャツを着ていたが、世間にアピールしたかったのであれば、むしろ逆効果だった。ひろゆきにいたっては堀江さんの隣にいることで堀江さんのイメージをさげただけでなく、自分の評判もいっしょに下げた。


いったい、彼らは、なにがしたかったのか?


まあ、いい。堀江さんは最後まで悪役をつらぬきとおしたロックな男と解釈することにしよう。


さて、前回、前々回のエントリで堀江さんのことについて書いたが、いろいろコメントを見る限り、やっぱり、堀江さんが粉飾をしたことは事実という思い込んでいるひとが多いようだ。実際は本当に明らかな粉飾であるとはとてもいいがたいとぼくは思っている。


ぼくは会計の専門家ではないが、逆に素人として理解している範囲内でライブドア事件で粉飾と呼ばれていることがなんなのか、なぜ堀江さんが無罪を主張しているかを、堀江さんから直接聞いた説明をもとにして書きたいと思う。もちろん堀江さんから見た一方的なものになっている部分がある可能性はお断りしておく。


すごく簡単になにがおこったのか、いろいろはっしょたり、時系列とか無視して説明する。


ライブドアは企業を買収するときに現金がなかったので自社株と交換しようとしたんだけど、相手から現金じゃないといやだといわれたので、現金をつくるためにいったん投資組合に株をわたして、そこがライブドアの株を売って、現金を相手の企業にわたすというやりかたをしていた。

ライブドアは上場企業だから、相手の企業も別に現金じゃなく、ライブドアの株をもらって自分で売却してもいいような気もするが、取引のあと、売却できるまでタイムラグがあるので、その間にライブドア株なんていつ暴落するかわかりゃしないとぼくだって思うから、そりゃ現金で、もらったほうが安心だ。

ところが実際には取引後もライブドアの株価はあがりつづけたので、実際には取引した金額よりもライブドアの株は高くうれてしまった。で、これは投資組合が儲けたことになるのだが、それはライブドアが出資している投資組合なので、ライブドアの投資収益になる。

これをライブドアはふつうに利益として計上した。ところが、これは正しくなく、資本金に組み入れなければならないと検察は主張し、粉飾だ!ということになり、堀江さんは逮捕され実刑判決を受けることになったのだ。これが、おおまかなストーリーだ。


さて、この話がいったいなにをいっているのか、みなさんは理解できただろうか?かなりわかりやすく説明したつもりだ。(ちなみに実際には投資組合に出資したのはライブドア本体ではなく子会社のライブドアファイナンスで、投資組合も売却まで2段に積まれているので、さらに現実のスキームはややこしい)


まず、上記の事件に対する、ぼくが聞いた堀江さんの主張のポイントを書いてみる。


(1) このスキームで利益がでたのはたまたまである。損をする可能性もあった。
(2) そもそも利益を資本金に計上すべきかどうかの判断が難しい。
(3) 堀江さん自身はこの利益を資本金に計上しないことが違法という認識はなかった。
(4) 仮に有罪だとしても金額に比較して、執行猶予もつかない実刑判決は重すぎる。


順番に説明する。堀江さんが主張は、上のスキームのポイントはようするに基本は株式交換したあとライブドア株を売却するまでの価格変動リスクを相手が持つのか、ライブドアが持つのかの問題にすぎない。たまたま、株価があがったから、利益がでただけで、株価がさがっていたら、損をする可能性もあった。そもそも利益をあげたことが悪いわけじゃないということだ。

 これは実際にそのとおりにみえる。すくなくとも報道されたように投資家の集めた金をそのまま利益に計上する錬金術、といった報道とはだいぶイメージが違う。ねずみ講とかとはちがう。損をするか特をするかは相場次第で、この場合は得をした。


そして、このスキームであがった利益を資本金に組み入れるべきかどうかということは、当時、専門家でも判断がわかれていたということだ。ライブドアの株式を売却したのが子会社であれば当時でも資本金に組み入れるというのが正しい処理だったらしい、ただし、この場合は売却したのは外部の投資組合だ。だったら利益で処理するという考え方もあるというか、むしろそっちが自然だろ。
実際問題として投資組合の場合にどうするかは当時は明確な基準ができるぎりぎりのタイミングであり、堀江さんのはなしによると明確にダメだと決まったのはライブドア事件のあとらしく、そうなったのもライブドア事件の影響だろうということだ。ただ、実際は事件の半年ぐらいまでに金融庁の通達かなんかで、この場合でも資本金にしろみたいなのはでていたらしいんだが、ライブドア側はしらなかった。まあ、しらなかったほうが悪いといわれたら、そのとおりだが、知っていたら利益に計上するなんてことはやらなかったんだから、知らなかったのは事実だ。それでいきなり逮捕はひどすぎるし、もっとひどい他社のケースでは金額も大きいのに逮捕もされてないで罰金のみなんだから、刑罰が重すぎるという主張だ。

 これもそのとおりだろう、こういう解釈の違いというのは税金でもなんでも常におこりえて、その都度、どっちが正しいか、判断されるわけだが、間違っていたら、いきなり実刑というのはビジネスなんてやってられない。ライブドア事件での量刑はあきらかに恣意的に重すぎる。こんなの罰金ですむはずだとぼくも思う。このあたりは堀江さん本人の主張も含めて、すでにいろんなひとも指摘しているので詳細は省く。


ここからは完全にぼくの個人的な意見を書く。まず、ぼくが上記の説明を聞いたときに最初に堀江さんにした質問だ。


この会計処理は監査法人はオッケーしているんですよね?


まあ、あたりまえの疑問だ。当然、ライブドアも上場企業なんだから、監査法人に隠れてこういう処理をしていたんだったらともかく、監査法人にチェックはしてもらっているはずだ。そして監査法人は専門家だ。専門家がオッケーしたものをやって逮捕されるのはあまりにもおかしすぎる。


堀江さんの回答は意外だった。なんと監査法人の担当も逮捕されているのだ。共謀とみなされたということらしい。ぼくはびっくりした。こういう微妙な会計処理をただしく判断できる社長なんていないし、CFOだって、独断では怖くてできない。だから、外部の専門家に確認しながらやるわけだが、その専門家が判断を間違えたらどうなるのか。まあ、その場合でも最終的な責任はその専門家を選んだ企業がとるのはやむをえないとして、すくなくと判断を間違えたのは専門家であって、意図的にやったんじゃないんだよ、ぐらいは担保されないと割にあわなすぎる。交通整理している警官に進入禁止の進路を指示されて、そのとおりにクルマを動かしたら、その警官と共謀して意図的に交通違反をしたといわれて一緒に逮捕されたような話だ。


これじゃあ、今後、上場企業の経営者は、どんなに微妙な会計処理でも判断を間違えたら、専門家に頼んでチェックをしたとしても、一緒に共謀したといわれたら、逮捕されてしまうということだ。


じゃあ、これからは微妙な案件はすべて利益がでないほうで処理したほうが安全か、というとそうでもない。税金の問題があるからだ。脱税で同じような理屈で逮捕される可能性がある。


上記の事件でも堀江さんが主張しているまた別のこととして、利益で計上したほうが税金を払わなければいけないから不利だというものがある。資本金で計上するのであれば増資と一緒だから、税金はかからない。なんか、税務と会計で別の処理を要求される可能性の予感もちらっと頭をかすめるが、まあ、堀江さんがいったとおり、上のケースは逆に資本金で計上しても税金逃れとして逮捕される流れも考えうる。堀江さんの場合、なにがなんでも逮捕したいという意図が明確に見えるので、そのような場合はどっちでも逮捕できたんじゃないかという気さえする。ふつうはむしろ所得隠しの脱税で逮捕される経営者のほうが全然に多い。


以上のような状況を考えるとやはり堀江さんの主張するとおり、ライブドア事件は形式的にはあくまでも会計処理の認識違いあるいは間違いであって、粉飾事件であるとはとてもいいがたいというのがぼくの結論だ。


ただし、形式的には粉飾でなくても、決算数字をよくしようという意図はあったと、ぼくは思っている。このスキームでの価格変動リスクについてもたぶん株価はあがって儲かるだろうという読みはあったんじゃないかと思う。うまくいけば決算の数字で利益に計上できるというスケベ心はすくなくともCFOの宮内さんにはあったはずだ。堀江さんについてもあった可能性は高いと思う。


でも、程度の差こそあれ、そういう努力を経営者がやるのはあたりまえだ。むしろルールの範囲内であれば努力する義務すらある。どういう手段で努力するかについては、これは経営者のモラルだったりポリシーだったり美意識の問題だと思う。で、このような手段で利益をあげようとするライブドアの手法は眉をひそめられてしかるべきだったし、批判するひとがあらわれても当然だ。だが、いきなり一足飛びに、逮捕されるべき、というふうにはならないだろう、と思う。どう考えてもいきすぎだ。


ぼくは利益を本業で稼いでいない企業に高い企業価値をつけるマーケットにも問題があったんじゃないかと思う。そういう意味でライブドア事件ライブドア株に投資したひとは、被害者だとはあまり思わない。むしろリスクを共有すべきだろと思う。


そしてもうひとつ思うのが、よくいわれる脱法行為とか法律の抜け穴を利用してという表現での批判だが、会計基準についてはやはり形式的なルールに沿って判断すべきで、法の抜け道をふせぐ責任は国側にあるのではないかと思う。なぜなら、国自身が会計基準の根本の精神について踏み外した行為をしているからだ。


1年ぐらい前だったと思うが、母親に東京三菱銀行の債券を買わないかと証券会社からセールスを受けていると相談があった。ぼくが話をきいてみたんだが、これがひどかった。普通の債券よりも利率がいいのだという。なぜ利率がいいのかというと、銀行はこの債券を自己資本に組み入れていいからだという。自己資本比率を高くできるという銀行側のメリットがあるという。なるほど、株式どころか、普通の債券よりも資本調達コストの高い債券を自己資本とみなしてもいいルールというのを金融危機をきっかけに国はつくったらしい。


会計基準のポリシーなんてこの程度で変わるものだ。あくまで形式的なルールで罰則は判断適用すべきで、ルールが整備されていないところでの、みだりな拡大解釈に、まして刑事罰までもちこむのはフェアではないというのがぼくの意見だ。