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  • 2019/01/18 掲載

「ダサい邦題」「タレントでPR」、熱心な映画ファンが“無視”される事情

稲田豊史の「コンテンツビジネス疑問氷解」

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洋画が日本公開される際、その題名が独自の邦題になったとたん、「ダサく」感じる。映画のプロモーションも、映画と直接関係があるとは言い難いタレントが使われることがある。そんな風に感じたことはないだろうか。こうした批判はこれまで何度も繰り返されてきたが、「ファンの声」は“無視”され続けている。これは一体なぜなのだろうか? 今回も素朴な疑問の答えを調べた。

執筆:編集者/ライター 稲田豊史

執筆:編集者/ライター 稲田豊史

キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。 著書は『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』。おもな編集書籍は『押井言論 2012-2015』(押井守・著/サイゾー)、『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、『団地団 ~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著/キネマ旬報社)。「サイゾー」「ビジネス+IT」「SPA!」「女子SPA!」などで執筆中。 (詳細

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なぜ映画ファンの批判は無視されるのか
(©olly - Fotolia)


なぜ邦題はダサいのか

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 洋画が日本公開される際、その題名が直訳やカタカナ読みではなく、独自の邦題になることがある。

 2018年のヒット作を例に取ると、「ハリー・ポッター」のスピンオフシリーズである『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』の原題は「Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwald」。ピクサーのCGアニメ『リメンバー・ミー』の原題は「Coco」だ。

 Grindelwald(グリンデルバルド)は劇中に登場する闇の魔法使いの名前、Coco(ココ)は主人公の曽祖母の名前だが、日本ではそれらの単語が「人名」であることが直感的にわかりにくいため、邦題でアレンジしたと推察される。

 ただ、中には映画ファンが「原題に込められた意味をもっと尊重してほしい」「ダサい……」と異議を唱えるような邦題もある。たとえば、以下のようなものだ。(※カッコ内は日本公開年)

原題:The Big Short
邦題:マネー・ショート 華麗なる大逆転(2016年)

原題:Hidden Figures
邦題:ドリーム(2017年)

原題:Darkest Hour
邦題:ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(2018年)

原題:Sicario: Day of the Soldado
邦題:ボーダーライン ソルジャーズ・デイ(2018年)

原題:Creed II
邦題:クリード 炎の宿敵(2019年)


 『ドリーム』に関しては、実は邦題決定までの間に一悶着あった。配給会社の20世紀フォックスは、一旦は邦題を『ドリーム 私たちのアポロ計画』として日本公開をアナウンスした。

 しかし劇中で実際に描かれるのは「アポロ計画」ではなく「マーキュリー計画」であるとの指摘がSNS上でなされ、映画ファンを中心に批判が続出。これを受けて『ドリーム』に変更された経緯がある。その際の配給会社の言い分は、以下のようなものだった。

「映画の内容としてはマーキュリー計画がメインであることは当然認識しています。その上で、日本のお客さまに広く知っていただくための邦題として、宇宙開発のイメージを連想しやすい『アポロ計画』という言葉を選びました。(【更新】タイトルと内容が違う…?大ヒット映画の邦題「私たちのアポロ計画」に批判 配給会社に聞く)」


「わかりやすい」vs「本質を損ねている」

 原題から大きく変更された邦題を「わかりやすくてよい」とするか、「作品の本質を損ねている」「ダサい」と捉えるかはもちろん主観による。ただ映画ファンの異議申し立ては、それはそれで一理あるものだろう。

 たとえば、『The Big Short』の“Short”とは投資用語である“空売り”のことなので、“The Big Short”は“大規模な空売り”を意味する。しかし「マネー・ショート」では、元の意味がよくわからない。

 「ドリーム」「ソルジャーズ・デイ」からほとばしる中学英語っぽさや、「ヒトラーから世界を救った男」のあまりに説明的すぎる副題、「炎の宿敵」に帯びる古臭さは、「ダサい」と言われても仕方がないかもしれない。ちなみに「炎の宿敵」とは、内容が直接的に関連する『ロッキー4/炎の友情(原題:Rocky IV)』(日本公開:1986年)へのオマージュだ。

 わかりやすい邦題によって新たに興味を惹かれる観客がいる一方で、ダサい邦題によって観る気をそがれる映画ファンもいるのではないか。そんな疑問を、以前にも話を聞いた映画プロデューサーのA氏にぶつけてみた。

「映画ファン」には影響力がない!?

「まず、ちょっと厳しいことを言いますね。映画ファンがTwitterなどで邦題に文句をつけているのは私もよく見かけますが、洋画の原題まで気にしている人なんて、おそらく数千人程度です。いくら“邦題がクソ”と派手にバズったところで、せいぜい上限は1万人でしょう。

 このような映画に訪れる観客ひとりあたりのチケット単価が仮に平均して1400円くらいだとすると、1万人は興行収入(興収)1400万円分でしかない。マニア向けの映画ならともかく、興収10億円以上、動員100万人レベルを目指すような中規模以上の洋画なら、その配給会社がたかだか1%やそこらの声だけを判断基準にすることはできないんです。

 それに、なんだかんだ邦題に文句を言っても結局観に行ってしまうのが映画ファン。かくいう私もその一人ですが(笑)」(A氏)

 A氏は幼い頃から筋金入りの映画少年で、映画雑誌は長年にわたって複数誌を熟読、現在でも年間最低150本以上は映画を観る正真正銘の「映画ファン」だ。とはいえどんな映画であれ、まずはインフルエンサーたる熱心な映画ファンの支持をとりつけるべきではないのだろうか。

「どうでしょうか。あくまで体感ですが、映画ファンだけのけん引によって持って行けるヒットって、せいぜい興収2、3億円レベルです。

 2017年に日本で公開されて映画ファンを中心に熱狂的なフォロワーを生んだと言われているインド映画『バーフバリ 王の凱旋』も、3億円すら行っていませんからね。日本ではあまりなじみのないインド映画であることや少ない公開規模を考慮すれば、堂々たるヒットであることは間違いないのですが、いかんせん映画の市場全体からすると、小粒と言わざるをえない」(A氏)

 「映画ファン」と呼ばれる人たちの影響力は、意外に小さいのか。

「一応、『カメラを止めるな!』のケースもあります。小規模公開でスタートし、発端こそ映画マニアでしたが、その後の拡大公開やワイドショーへの露出によって興収30億の大ヒットとなりました。ただ、これは超レアケースです』(A氏)

ダサい邦題は「劇場が望むから」

 邦題に求められているのは、一瞥(いちべつ)して内容が推測できるような「わかりやすさ」である。しかし、本当に「わかりやすさ」だけでいいのだろうか。「わかりやすさ」だけで邦題をつける配給会社は、観客をバカにしすぎてはいないか。

「いえ、配給会社のせいというよりは、劇場による間接的あるいは直接的な要請のせいですね。ここでは劇場を運営する興行会社のことを業界の通例に倣(なら)って“劇場”と呼びますが、上映決定権を握っているのはこの劇場です。劇場がわかりやすい邦題を望むから、配給会社はその意向に従っているだけ。

 タイトルに高い教養やリテラシーがなければ意味が汲(く)めない比喩やアナロジー、日本人に馴染みの薄い事物や名称をタイトルに使用すれば、公開前から客を絞ってしまうことになり、劇場は実入りが減る。入場券売り上げは配給会社と劇場を運営する興行会社でおおむね半々で山分けしますからね。

 劇場がそこまでして、邦画のタイトルと同じレベルの“わかりやすさ”を求めるのは、極限まで作品の間口を広げるためですが、それ以外の背景として、洋画より邦画のほうが概して興収が高いという傾向だと思います」(A氏)

画像
1作品あたり興行収入

 前回の取材でも触れたように、1作品あたりの平均興収は2011年以降、洋画より邦画のほうが高い状態が続いている。「タイトルを一瞥(いちべつ)して、どんな内容かを直感的に想像できる」のが邦画のひとつの特徴かつ“長所”なのだとすれば、劇場が洋画にもそれを求めたくなるのは無理もない。

 また、作品数が増えていることで買い手市場となっているので配給会社は劇場に逆らいにくいという側面もある。

【次ページ】洋画のプロモーションにタレントが起用される理由

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