(続)「個別化・個性教育」という2つの実践――「ガンダム」か「GM」か

もう件の宮寺晃夫(編)『再検討 教育機会の平等』岩波書店は発売ですね。いい加減、くどくなってきましたね。それでは、もう本文のほうは手元にあるものとしてエントリを続けます。ブログだけでは詳細が判然としないところもあるでしょう(当然)。それは本を買って読んでください(テキスト指定)。なにせここまでの一連のエントリとこれからの一連のエントリは販促のための宣伝活動なのです。

苅谷剛彦氏は「子ども中心主義」の教育、「個性の尊重」だとかそういうのを謳った教育実践を格差拡大をもたらすものだとして論難したが、そこにあったのは「個性尊重の教育実践」でもなんでもなく、端的な「教育実践の不在」であった。ではなぜ「教育実践の不在」がもたらされたかというと、先駆的実践の理念と手法が中央政府に引き取られ政策化される際に《通俗化》の変換が加わった故である。その《通俗化》の変換が加わったあとの――教育の個性化でもなんでもない――「実践の不在」のことを「個性尊重の教育」だと指弾して攻撃する。その結果、もとの先駆的実践に伏在したはずのポテンシャルごと潰してしまう帰結をもたらす。それは単に一つの教育実践のポテンシャルを潰すだけでなく、地域や世代のつながりのなかで支えられてきた教師の実践開発に向けたモチベーションの基盤、職能形成を保障してきたインフラごと潰してしまう危険性をはらんでいる。だから、苅谷的「教育の個性化」批判は批判される必要がある――それが拙稿の(明示的に語られているのではない方の)プロットです。

ここには教育実践運動(実践者)−教育政策(行政)−政策効果の検証(研究者)をめぐる関係性の捉え直しという重要な課題がある――言い換えれば苅谷先生には「そんなの僕に言うのは言い掛かりだ」と切り返す権利がある――のですが、ここではそれはスキップしましょう。

さて、苅谷先生に限らず、「個性を尊重」する「教育」など語義矛盾である、という批判は「ゆとり教育」批判の一環としてよく言われるところです。教師の働きかけは――「権力」だとかなんだとか言って――極力忌避し、まして「教え込み」など否定するだけの教育観にもとづいた「教育」なのだろう、という批判者側の思い込みがそこにはあるようにも思われます。私も教育実践の実際を自分の目で見てみるまではそうでした。子どもに自由気ままにさせる「教育」なのだろう、と。

ですが、少なくとも教育政策という形で中央政府に引き取られ《通俗化》する以前の「個性尊重」の教育実践――たとえば「個別化・個性化教育」――とは、そんなものではありません。とんでもありません。とくに、80年代に「ガンダム」を作り上げた緒川小のそれはとてつもない濃密な教育的意図とまなざし、そして働きかけによって構成された実践プログラムです。詳細は拙稿と、その末尾に付した参考文献(これは実際に存在する多数の関連文献のうちのごくごく一部です)を参照していただきたいのですが、関連する箇所を一部抜き出しましょう、

この点は「○○学習」の原型である、かつての緒川小の「週プロ」のラディカルさのほうが徹底している。「週プロ」では子どもの学習活動の軌跡を濃密に追跡したうえで個人記録票として保存する。そのデータベースから、かれらの教育目標である「自己学習力」を捉える評価の視点を「三つの視線」とそのなかの「七つの視点」として整理する 。その「視点」はさらにいくつもの「要素」へと分節化され、最終的には高学年で九九個、低学年で七九個の「要素」が最終的な育成目標である「自己学習力」を捉える観点として析出される。学習パッケージが作成される際はこのプロセスを逆行する。教科・単元の特性を鑑みながら「自学能力一覧表」から「要素」を取り出し、一人ひとりの子どもの自学能力プロファイルと照応させながら学習行動を予測したうえで「学習のてびき」の形で数個の学習の流れへと集約し、学習パッケージとして完成させる。驚くべき濃密な教育的視線にもとづいた設計意思の貫徹である。(140‐141頁)

何をやっているか、この圧縮した表現で理解できるでしょうか。まず、教師たちが(当時まだ普及しはじめたばかりの)ビデオカメラも手にして――それがない教師は研究者いうところの「フィールドノーツ」を手に――子ども一人ひとりの学習行動を精密に観察、記述、記録してトレースし、その集積物を教師全体で共有・参照可能なデータベースとして構築したというわけです。この時点で、これがどの程度の労力を伴う作業かということを想像していただきたい。

次に、その無数の記述を参照しながら、最終的な教育目標として定位すべき「自己学習力」を捉えるための「評価の視点」を定めます。無数の記述から望ましい学習活動(あるいは「本来あるべきだけれども」不十分な活動性向)の痕跡を抽出しつつ、明確な教育的方向性と一定の体系性を帯びた学習活動「類」へと整理していくわけです。そこで整理された「三つの視線」とその下位体系の「七つの視点」を、さらにいくつもの「要素」に分節化していき、最終的に低学年で79個(!)、高学年で99個(!)の「自己学習力」を捉える観点を析出するというわけです。

「自己学習力」とは今の政策用語でいうところの「自ら学ぶ力」などに連なる系譜に入ろうかというものですが、それに実質的な内実を与えるための基礎作業にこれだけの時間と労力を割いているというところに括目していただきたい。

そうすると教師の手元には79個/99個に及ぶ「自己学習力」の具体的な「要素」の一覧(「自学能力一覧表」)があるわけです。それと、その折々の教科単元の特性とを照応・考量しながら、今回の単元で育成すべき「要素」はこれこれ、というふうに抽出しながら単元の教育目標を構成し、かつ、担当の子ども達一人ひとりの「自学能力プロファイル」(のデータベース)を参照しつつ、各々の子どもが「どのような学習活動をとるか」予測を立てつつ、数個(通常3つ前後)の学習の流れへと集約していき、最終的な学習パッケージ(拙稿参照)を作成する、というわけです。

ここまできて、ようやく「学習パッケージ」という、「個別化・個性化教育」のなかでも「単元内自由進度学習」(拙稿参照)という柱の学習態様にとって最重要教材の作成が完成します。当該単元に入る最初の日までにここまできておかないと、授業の時間を迎えられないのです。

途中、各々の子どもが「どのような学習活動をとるか」予測を立てる、の部分がわかりにくかったかもしれません。拙稿127頁を参照してください、

 子ども一人ひとりに学習の内容・方法・進度についての決定権を委ね、学習プロセスの遂行を預けながら,他方で学習成果の保障という要請には応えなければならないという教育=学習のパラドクスへの対処のために、一人学びを支える「学習環境づくり」が重要な実践上の主題として浮上している。
 ここには「指導から支援へ」というスローガンに象徴されるように、「上から指導する」教師像を後景に退かせ、「放っておいても」子どもたちが「学ばないではいられない」環境を教師が・事前に・いかにして設定準備するかという主題、すなわち、教師の指導性をもっていかに子どもの学習環境を管理するかという実践原理が浮上している。学習者の興味関心や特性にもとづいて学習行動の動線を事前に予測し、学習者を取り巻く空間に特定のレリバンスにもとづいた学習材・道具・器材を選択的に配置し、学習者が「自由に振る舞う」プロセスで自然に内発的な学習のダイナミズムが発動するように環境そのものを触媒として教育的に整備するということである。(127頁)

事前に子どもの学習活動を予測しなければならない、そのためには常時子どもの学習活動をモニタリングし、データベースに蓄積し、そのつど引き出して最善の働きかけを可能にすべく、インフラを整えておく。教師に要求される事前準備は膨大になるでしょう。モニター/記述/蓄積/参照から学習パッケージと学習環境の作成、これだけの作業を、子どもごとに、単元ごとに繰り返す。「個別化・個性化」の理念の上からは、子どもが変われば、単元が変われば、作業も一からスタートする......

ラディカルです。そして、これだけの作業ですので、当然、教師「集団」によるチームプレーになります。「個人」プレーでは機能しません(今はすっかり定着した感のある「TT(チームティーチング)制」もここで先駆的に導入されました)。

プログラム開発当初の緒川で、すでに一定のキャリアを積んでいた教師たちの反発たるや、相当なものだったのではないでしょうか。詳細は成田先生執筆の『学校を変える力――緒川小学校・学校改革の軌跡』(ぎょうせい、1987年)を直接参照されるのがよいと思われますが、たしか2年目を迎えるにあたって、「これでやっていけないと思う者は異動願いを聞き入れるから提出すべし」との校長の言葉に、半数以上の教師が応じて出て行った、と。その結果、新採の若手教員――既述のT教諭もその一人――が大半を占めることになった緒川小で「個別化・個性化教育」の実践プログラムは完成していきます(←この点、理解を容易にするために実際の顛末の順序を変えています。上に見た「自学能力」データベース作成の時期は、実践開発が一定程度進展して「評価」が問題になってからですので、ベテラン教師たちの一斉転出より後のことです)。

新技術が導入された際に一番抵抗するのが熟練工、熟練工なきあとに新人の未熟練工が入って新技術に対応した技能を身につけ動かしていく、という、あれです。

しかし、同時に考えていただきたいのですが、大変大変といいますけれども、子ども一人ひとりの特徴をよく観察し、捉え、頭に入れておき、単元の教材もよく咀嚼し、どの子どもが躓きそうか、どんな反応を示しそうかまで思い描いて授業計画の形まで落とし、魅力的な教具の作成と利用にまで心を砕いて、実際の授業のときには子どもつぶやきなど注意深く追いながら臨機応変に拾い上げ、子どもの思考の流れを高みに向かって練り上げていく...これら一連の営みは、通常、「名物教師の名人芸」の「わざ」として教師個人の身体性に閉じ込められていた数々の智慧であり技能です。

その属人的な「名人芸」の要素を、「個別化・個性化教育」の取り組みは教師協働の集団作業へと外化し、「学習パッケージ」と「学習環境」というマテリアルに落とすところまで具体的にプログラム化した試みであったという一面があります。ただ、ここまでやるのか、ここまでやらなければならないのか、毎年毎月毎日の日々の業務として...どれだけの「効果」があるのか、それはこの労力の投下に「見合う」のか、いや、そもそもこんな作業が果たして未来永劫ずっと持続可能なのだろうか...

緒川の「個別化・個性化教育」が「ガンダム」だという比喩には、したがって、留意が必要です。それは「名人芸」教師でないと務まらない、という意味で「ただの人間」には「運転」が不可能なものではないのです。むしろ、「名人芸」教師の技能要素をそうでない者にも遂行可能に外化しようとする志向がそこにはある。しかし、この「ガンダム」を「運転」し続けるためには、これだけの労力をずっと投下することを厭わないだけの「子ども一人ひとり」に準拠するという理念(フィロソフィ)を堅固に身に着けた「ニュータイプ」である必要がある。その限りで、これはやはり「ガンダム」なのです。

なにより、チーム全体を統括すべきリーダー(この場合、研究主任の成田先生)が、反対・抵抗する同僚に対して時に「詰腹」を切ったり切られたり、ゆるぎない確信のもとで全体を引っ張っていけるカリスマ性がないと持続不可能ではないでしょうか。私の目には誰が「ニュータイプ」といって、それは成田先生その人こそ注目に値する「ニュータイプ」なのです。

一方、石西の学校改革を遂行したT教諭は、自分はそれは目指さない、と語りました。

石西ではそこまでの貫徹性はみられない。「教師をギリギリと追い込むような、教師が苦しくなるような学習カードは作りたくない」「一斉指導の学習指導案における発問を切り出しただけの学習カードでも十分に子どもは勉強する」とのT研究主任の意向に負うところが大きい 。(141頁)

学習指導案は、ふつうどんな教師でも作っている(はずのものな)わけですから、これなら「学習パッケージ」作成に向けた心理的・労力的なハードルがぐんと下がります。それでも子どもは十分勉強するし、「個別化・個性化教育」が目指す方向に歩んでいける。それどころか、「学習指導案」の形に圧縮されていた学習活動展開の個々の要素を「学習カード」の集合(=「学習パッケージ」)へと開いていくプロセス自体が未熟練教師にとっての教材研究=授業研究のよい機会になる。しかも、それを教師の協業として行える。

これは実は非常に重要なポイントです。一斉授業方式の「実施」の局面では熟練教師のほうが技量に優ることがたしかに多いのですが、紙の上の「指導案」にはそもそもキャリアの違いによる質の差が出にくいということが、まずあります。加えて、「学習カード」の作成のときには未熟練教師の一言のほうが鋭いことが多々ある。「未熟」だから、暗黙の前提知識が豊富にないから、学習に躓きがちな子ども目線の言葉がでたりします。少なくとも熟練度や経験・年齢の違いにかかわらず、教師同士が対等に意見を出しやすい。また、若手が提出したその鋭い指摘に熟練教師側が新しい発想を学ぶとともに、それに対して経験をもとにした応答・アドバイスを送ることもできる(お望みであれば、「暗黙知」の言語化につながる、という言い方をしてもいいです)。この集団的な「学習カード」作成プロセスが有する教師の職能形成機能は注目に値するものであろうと思います。そして、T先生はそれにきわめて自覚的です。そのためには、「学習パッケージ」作成のプロセスを、常時あのような緒川の密度で遂行しようとするのは、むしろ避けられるべき体制なのです。ギリギリと、「教師が追い込まれて」しまうからです。

拙稿に寄せられた成田先生の、

石浜西小学校の実践を、「個別化・個性化教育」と呼んでしまっていいのかどうか、少し気になります。むしろ、そこに近づけることこそが、今や最大の課題だと思っています。

う〜ん、本来の週プロとは似て非なるもの[ 石西の「○○学習」の実践:森 ]、つまり「個をとらえて処遇する」というねらいから外れたところでの実践をベースにして分析をするのは、前提が違ってくるのではないでしょうか。

といったコメントはすべて、ここまで論じてきたような緒川と石西のあいだの距離が反映されたものだというのが私の解釈です。上に引用した拙稿140‐141頁の箇所を指したコメントは、

個人的には、「だからダメなんだよ、石西の実践の課題と方向性を早く職員間で合意すべきだ」といっているんですがね・・・。

と語っておられます。ここにある「距離」は「個別化・個性化教育」の理念や手法に対する姿勢の違い、ではなくて、教師の協業のあり方をどう見るか、そこに埋め込まれている職能形成の価値をどう位置づけているかの違いだと感じます。

私がお見受けするに、成田先生にとって「教師の意識改革」【まず】必要、なんですね。

「教育社会学者による「学力低下/格差拡大」論が提起されてからは、こうした「子ども中心主義」的な教育改革の総体が「自由化/個性化」路線として厳しい批判の対象となる」という拙稿冒頭のパラグラフ(115頁)を引いて成田先生はこう指摘されました、

本当に「教育社会学者が提起」したから、批判の対象となり、衰退していったのでしょうか。実践者の側からの感覚では、教育社会学者の思い上がりであって、本当の衰退の原因は教師の学習指導観・子ども観の問題だったのではないかという気がしてなりません。

このコメントは面白い指摘で複数の論点が伏在するのですが今の論脈だけに限定します。重要なのは彼が、自分の実践開発したプログラムの「本当の衰退の原因は教師の学習指導観・子ども観の問題だった」と指摘していることです。これは成田先生にとって非常に重要な論点、はっきり言って、教育者人生を賭けた問題意識だと言ってもいいぐらいのものなのではないかと思います。

これは成田先生が書かれている多数の論文には明示的に書かれています。なにより、自分が勤務する大学HPに公開している研究テーマは、「小・中学校における総合学習の単元開発」「一人学び用ラーニングパッケージの研究」といった具体的な研究テーマに先んじて「教師の意識改革と個性化教育のカリキュラム研究」が第一に位置づけられている点からも推察できます。

「意識改革」、すなわち日本の教師が「ニュータイプ」に生まれ変わることなしに「個別化・個性化教育」の普及・定着は不可能だ、という理路になります。なってしまいます。

しかし、少なくとも、テクノロジーの普及運動という観点からは、この理路(だけ)ではダメなのではないでしょうか。担い手の「意識改革」を待たないと技能定着がなされないテクノロジーが普及するはずがありません。「ガンダム」という「高性能試作機」を作り上げる論理とは別に、その「普及」のためには「標準化」による量産という論理をかませる必要があります。私はT先生による石西の取り組みはそういう位置づけがなされるべきだと思う。

その試みは、「ガンダム」を作り上げた労力と同等に重要で、相互に補完しあうべき挑戦なのです。

続きます。

【注記】
なお、成田先生からのコメントを引用してブログに公開することについてはご本人の了承を得ました。もとのコメントは私信として、拙稿の記述の順に記載されていましたが、引用するにあたってはエントリの記述に即して順番の入れ替えや取捨選択作業が加わることになります。その点で森による「編集」が加わった紹介になることは銘記しておきます。それによって成田先生のコメントの意図と引用の文脈とが異なる可能性について、その責は森に帰されます。

成田先生には、私信として送られたコメントを用いたブログの公開を、完全に私のフリーハンドによる紹介の形でご了解いただいたことを記して感謝申し上げます。