「シュトヘル(悪霊)」〜〜西夏文字の興亡
とうとう、マンガの世界に、「文字を主役にした」作品が現れました。伊藤悠(いとう・ゆう:女性漫画家)が小学館の「月刊!スピリッツ」に連載中の「シュトヘル(悪霊)」です。2012年5月現在6巻まで出ています。第16回手塚治虫文化賞新生賞受賞。(朝日新聞が主催するマンガ賞)
シュトヘルというのは、女主人公のあだ名で、史上最強の蒙古族に恐れられた西夏の女戦士です。シュトヘル=悪霊は、だからモンゴル語です。13世紀、蒙古軍の勢いは止めるものがなく、西方の国家・西夏も滅ぼされる淵にいました。
でも、西夏は決して滅亡させられてはならない宝物を持っていました。それが西夏文字です。なにやら漢字に似ていますが、見たことあるような、ないような文字・・・漢字の部首を取り出し、それを再構成するように作られたり、まったく独立な由来を持つ字もある文字体系なのです。約6000文字。
西夏文字の一例
そもそも、私がこの「シュトヘル」を知ったのは、wikipediaで「西夏文字」を調べていて、西夏文字を扱ったマンガがあるとの記述に接し、「どんな話だろう」と興味を持ったのがきっかけです。
このマンガでは、落としてはならない3人の登場人物がいます。(他の登場人物も多いですが)
@シュトヘル・・・主人公。女性。西夏人。蒙古軍に西夏の友人を殺され、蒙古軍に復讐を誓う。ただし、西夏文字のことは知らなかった。
@ユルール・・・蒙古軍の皇子。男性。母は西夏人。西夏文字に興味を持ち、学習し、ぜひともこの文字を絶やすことなく後世に伝えたいと願う。
@ハラバル・・・蒙古の一氏族ツォグ族の長。男性。この氏族は大ハン(チンギス・ハーン)に逆らったことがあるため、前線に駆り出される。ユルールの兄(父が違う)。
文字に関する関心度は三者三様で、ハラバルは「そんな模様になんの意味がある?」と冷淡です。だから、彼は西夏もろとも文字も絶やすつもりでいるのです。
シュトヘルにとって、敵方のユルールは憎い存在でしょうが、自国・西夏の文化に詳しいユルールは、一方で親しみ易い存在でもあります。微妙で絶妙な人間関係です。お互い恋愛感情に似たものを抱きます。
ユルールの母(西夏人)いわく「文字は、人を覚えておくために生まれた。」
シュトヘルはユルールに問います。「あしたわたしが死んでも、消えないのか・・・?私の仲間の名前は・・・この文字が、覚えていてくれるのか。・・・・ユルール。」
図は、2012.5.30付けの朝日新聞に載った広告から。
実は、シュトヘルは、ハラバルとの一騎打ちに破れ、処刑されるのですが、現代日本にはシュトヘルとユルールが転生していて、シュトヘルは須藤という名、ユルールは鈴木という名になっていて、シュトヘルは男性、ユルールは女性になっていました。二人の深いえにしを感じます。ここで須藤は13世紀にタイム・スリップし、ここでユルールと「再会」します。性別は女性にもどっていました。
ここに玉音同(ぎょくおんどう)という石版があります。一枚に654文字、全部九枚で5886文字の西夏文字が刻まれた辞書ですが、ユルールとシュトヘルは、この「宝物」を、文字を庇護する南宋に持っていこう、そして西夏文字を絶滅から救うのだ、という目標が生まれます。ユルールの弁:「殺されるのは怖いよ。・・・本当に怖い。だけど文字が殺されていくのは、もっと怖い。」途中、蒙古や金などの横槍が入りますが。
今日のひと言:次巻以降も楽しみなマンガです。ただ、文字のマイナスの側面を書いた小説「文字禍」(中島敦)のような側面がこのマンガで出てくるかどうかは解りませんが。なお、作者の伊藤悠の描くマンガは、少女マンガであるような特徴が皆無で、青年マンガにうってつけの雄渾な絵柄になっています。その点、スゴイな、と思います。
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