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お母さん,あなたを食べていい?〜日経サイエンス2015年12月号より

あるクモのベビーフードにおける生物学

 

 母親は子供のために犠牲を払うものだが,ほとんどの生物ではこの利他行動は一時的なものだ。産卵が終わり,生まれた子供が巣立ち,命が続いていく。だがイワガネグモの一種ステゴディフス・リネアトゥス(Stegodyphus lineatus)の場合は違う。イスラエルのネゲブ砂漠に生息するこのクモは母性愛を究極の,そして永遠の形で実践する。子供に自分を食べさせるのだ。

 

昆虫学者は母親食というこのむごい子育て戦略について長年疑問に思ってきた。母親はそのまま食べられるのか,それとも子供たちが食べやすいよう自分の内臓を下ごしらえするのか? 最近の研究によって後者が正解だと判明した。Journal of Arachnology誌に報告されたその研究によると,卵が孵化する前から母グモの組織の分解が始まる。「まるで母グモが前もって計画していたかのように,すべてが実際に作り直される」と,当時イスラエルのへブライ大学にいた昆虫学者ソロモン(Mor Salomon)はいう。

 

孵化後に母親の分解が加速

ソロモンらはこのクモのメスから生殖過程の各段階で小さな組織片を採取し,顕微鏡でその断面を調べた。産卵後すぐに,母グモの組織にわずかな分解の兆候が生じ始め,30日後に卵が孵化すると分解が激しくなった。「当初はっきり見えていた臓器の輪郭が次の写真ではぼやけ始め,その次には消えていた」とソロモンはいう。この分解によって内臓は液状となり,母グモはそれを吐き戻して子供たちに食べさせる。

 

孵化から9日後には母親は吐き戻すのをやめ,子供たちはまだ生きている母親に襲いかかって家族最後の晩餐をとる。子供たちは母親に残っている液体のすべてを吸い尽くし,外骨格のなきがらを残して巣を後にする。そして1年後,成体になったメスは同じように子供たちに気前のよい贈り物として,自らの体を捧げる。■

 

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