Introduction of an artist(アーティスト紹介)
画家人物像
■ 

ジャン・オノレ・フラゴナール Jean Honoré Fragonard
1732-1806 | フランス | ロココ美術




18世紀のロココ美術盛期から末期を代表するフランスの画家。高い技量磐石な基礎を感じさせる的確な描写技法や構図・構成を駆使し、歴史画、神話画、宗教画、肖像画、風俗画、風景画、寓意画など様々なジャンルの作品を手がける。特に不道徳性の中に甘美性や官能性を感じさせる独自の風俗的主題や寓意的主題を扱った作品は画家の天武の才能が示されている。またフラゴナールは速筆としても知られ、(バロック期の画家フランス・ハルスにも通ずる)その一瞬を捉える卓越した技術で描かれる肖像画、風景画、風俗画などの作品は、当時の日常生活と感受性を余すことなく伝えている。1732年、南フランスのカンヌ近郊グラース(グラッス)で皮手袋製造業を営む一家の息子として生を受ける。1738年、家族と共にパリに出てその後、シャルダンフランソワ・ブーシェカルル・ヴァン・ローに師事。その努力が実り1752年ローマ賞を受賞、1756年から1761年までの5年間イタリアへ留学し、風景画家のロベールや美術愛好家であったサン=ノン師と交遊する。帰国後はアカデミーへの入会はせず、サロンやアカデミーとは一線を画した自由な立場で制作活動をおこなう道を選ぶ。そのため、貴族や財界の有力者との交流を持ち、個人の邸宅の装飾画の注文などで寓意的主題や官能的主題を描き好評を博した。また1773年フラゴナールのパトロンであったベルジュレと共に再びドイツ・イタリアを訪れている。1789年から始まったフランス革命後は、劇的な社会情勢の変化や、それに伴う急速なロココ美術の衰退などもあり、それまでの隆盛を極めた活動とは対極的な恵まれない制作活動を送った後、人々から忘れられつつ、1806年、パリで没した。

Description of a work (作品の解説)
Work figure (作品図)
■ 

目隠し鬼

 (Le Collin-maillard) 1748-1752年頃
116.8×91.4cm | 油彩・画布 | トリード美術館(オハイオ州)

18世紀フランス・ロココ絵画の画家ジャン・オノレ・フラゴナール初期の代表作のひとつ『目隠し鬼』。おそらく画家が師事していたフランソワ・ブーシェの工房時代に制作された作品と推測される本作は、城館、又は邸宅の美しい庭園の中で優雅に目隠し鬼ごっこ遊びに興じる若い男女を描いた作品である。その為、甘美で堕落的な世界観や豊麗な官能性などブーシェの影響が色濃く反映されている。本作を詳しく分析してみると、コルセットを用いてウエストラインを過剰に補正する当時の流行を考慮しても、あまりに細い(細過ぎる)若い女性の腰周りの表現や、野暮な筆触、配置にやや不自然さ(わざとらしさ)を感じさせる画面右側手前の雑用具の描写に、フラゴナールの(画家としての)若輩さが見られなくもないが、躍動的でありながら軽快で瑞々しい運動性や個々の高度な描写に若き画家の溢れる画才を感じずにはいられない。さらに本作の生命感に溢れた輝かんばかりの色彩、特に目隠しして無邪気に足を進める画面中央の若い女性が身に着ける衣服や帽子の縁、その左側に描かれる薔薇の鮮烈な(桃色気味の)色彩は、遠景、そしてさらに奥の空の青色と相対を成しており、観る者に強い印象を残す。また、この男女による≪目隠し鬼≫という遊戯そのものから感じられる愛欲・色情的官能性(エロティシズム)や貴族階級の遊戯独特の幼児性は、当時の社会的風潮や流行を良く伝えている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

黄金の子牛に生贄を捧げるヤラベウム


(Jéroboam sacrifiant aux idoles) 1752年
115×145cm | 油彩・画布 | パリ国立高等美術学校

17世紀から18世紀中頃まで隆盛したロココ様式の大画家ジャン・オノレ・フラゴナール最初期の最も重要な作品のひとつ『黄金の子牛に生贄を捧げるヤラベウム』。パリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)に所蔵される本作はソロモン王の息子レバベウム(彼はダヴィデ王の孫にあたる)の家臣で、レバベウムが神の意思によりエルサレムの地を剥奪された後、それを与えられたヤラベウム王の逸話≪黄金の子牛に生贄を捧げるヤラベウム≫を主題に制作された歴史画作品で、本作によってフラゴナールはローマ賞を獲得したことが知られている。本作に描かれる場面は、父なる神の御心によってエルサレムを与えられたヤラベウム王が、それでもなお民衆の心がレバベウムにあるのではないかという疑念から、黄金の子牛の像を崇拝する行為(偶像崇拝)をおこなうものの、それが父なる神の怒りに触れ、祭事中に祭壇が裂け出すと共に、己の右腕が石の様に硬直してしまった瞬間であり、当時の大家であったジャン=フランソワ・ド・トロワシャルル=ジョゼフ・ナトワールの影響を随所に感じさせる点など様式的には典型的なアカデミズム的表現が用いられ、画家としての個性はまだ発揮されていないものの、わずか20歳のフラゴナールが当時の大画家の表現を見事に吸収している点などは、フラゴナールの画家としての類稀な画才を感じさせるのに十分である。画面中央上部には黄金の子牛、その下には煙立つ祭壇が配されており、画面左側には父なる神の(怒りの)意思を伝える司祭、そして右側には司祭を捉えることを命じた直後に自身の右腕が硬直してしまったヤラベウム王が恐怖に満ちた表情で丹念に描き込まれている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

芸術の寓意:絵画

 (Allegories des arts : Peinture)
1753年頃 | 82×102cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

18世紀後期ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナール作『芸術の寓意:絵画』。本作は≪諸芸術≫を画題に、おそらく扉の上を飾る装飾画として制作された4点の連作的寓意像の中の1点で、≪絵画≫を表す作品である。本作は完成後に画家の友人であったジャック=オネジム・ベルジュレによって購入されたことが明らかとなっているが、実際に彼の依頼によって制作され、彼の邸宅に飾られていたかは現在も不明である。また本作の制作年代についても諸説唱えられているものの、表層的な筆致や様式的観点から比較的早い時期、1753年頃に手がけられたとする説が一般的である。画面中央から左側へ配される絵画の寓意は正面に置かれた少女の頭部の石膏像を真剣な眼差しで見つめながらデッサンをおこなっている。絵画の寓意と石膏像の間にはイーゼル(画架)に掛けられたカンバス(画布)が配されており、その中には背を向けた裸婦像を確認することができる。そしてこれら主要な構成物の周囲には≪絵画≫を象徴する絵筆やパレット(調色板)、ケースなどが配されており、観る者は迷うことなく本作に描かれる寓意を理解することができる。本作が他の寓意作品『彫刻』『音楽』『』と決定的に異なるのは、各寓意像が向ける視線にある。『彫刻』『音楽』『』の3作品が、各寓意を象徴する要素へは視線を向けられず、甘美な雰囲気を醸し出しているのに対して、本作の寓意像のみが寓意を象徴する要素へと視線を向けている。この観る者に媚びない真摯な芸術への態度こそフラゴナールの絵画作品の本質であり、それ故に本連作の中では群を抜いて観る者に感動を与えるのである。

関連:『芸術の寓意:彫刻』
関連:『芸術の寓意:音楽』
関連:『芸術の寓意:詩』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

負けた罰に(盗まれた接吻)

 (Enjeu perdu) 1756-61年頃
47×61cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

18世紀後期ロココ美術最大の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナール初期の代表的な風俗画作品のひとつ『負けた罰に(盗まれた接吻)』。おそらくは画家がローマ賞受賞後の1756年から5年間留学していたイタリア滞在中に、大法官ブルトゥイユの注文により制作されたと考えられている本作は、二人の若い女性とひとりの男性がカード遊び(トランプ)をし、その負けた罰として勝者が敗者に接吻をおこなっている場面を描いた作品である。カード遊びの敗者である接吻をされる女性は、勝者の若い男からの接吻を拒否する(嫌がる)姿勢をとりながらも、視線は若い男の方を向いており、この男性に少なからず関心は持っていることが伺える。またその対面の女性は逃げ出せないよう敗者の女性の両手を押さえている。本作のスポット的な楕円形の光源による明暗対比の大きい劇的な場面描写は、この刺激的な瞬間をより効果的に見せている。また本作の鮮やかな色彩表現にはスペイン・バロック絵画の大画家ムリーリョの影響が指摘されている。本作に示される生き生きと人生を謳歌する若者の世界やその姿を描くことへの取り組みは、画家のその後の風俗画の展開を強く予感させる。なお画面寸法や右部に描かれる(左向きの)女性などの類似点から、本作は1761-65年頃に制作された『食事の支度(貧しい家庭)』との対画作品と推測されているほか、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館には本作の油彩習作が残されている(注:否定的な意見も残されているが、一般的にエルミタージュ美術館の作品は本作の油彩習作とされている)。

関連:プーシキン美術館所蔵 『食事の支度(貧しい家庭)』
関連:エルミタージュ美術館所蔵 『油彩習作:負けた罰に』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

食事の支度(貧しい家庭)


(Apprêts du repas, ou Pauvre famille) 1761-65年頃
47×61cm | 油彩・画布 | プーシキン美術館(モスクワ)

18世紀ロココ様式最後の大巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールの代表的な風俗画作品のひとつ『親の居ぬ間に(農婦の子供たち)』。寸法や構図、描かれる人物の類似性からニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵される有名な『負けた罰に(盗まれた接吻)』と対画関係にあると考えられている本作は、炉の前で食事の支度をおこなう貧しい一家の母親とそれを手伝う子供たちの情景を描いた典型的な風俗画作品である。画面中央やや右側に配される腕まくりをした母親は片腕で赤ん坊を抱きかかえながら、赤々とした炉の炎によって熱せられた鍋の蓋を取り子供たちへ指示を出すような表情を浮かべている。画面左側に配される三人の子供たちは母親の指示に従うかのように鍋の中へ具材を投入しているが、その姿は多少、炎に怯えているようにも見える。暗い部屋の中を楕円形の光源が母親を中心に照らし出しており、本作の家庭的な温もりを感じさせる喧騒性を効果的に浮かび上がらせている。またこの家族の背後には大きなカーテンが掛けられており、その奥(母親の背後)からはひとりの子供が顔を覗かせている。画面下部には料理の材料に用いたのであろうひと束の野菜が無造作に置かれており、この情景が貴族階級を姿を描いたものではなく、庶民階級の姿を描いたことを暗示している。画家が30歳前後に描かれたと推測される本作の登場人物の個性と性格性豊かな風俗的表現は若きフラゴナールの類稀な画才を見事に示しており、そこからは後の巨匠の片鱗さえ感じることができる。また色彩描写においても母親の身に着ける衣服に用いられた赤色と野菜の青々とした緑色の見事な対比や、大きな明暗差による大胆な黄色を主色とした光の表現には目を見張るものがある。

関連:メトロポリタン美術館所蔵 『負けた罰に(盗まれた接吻)』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

親の居ぬ間に(農婦の子供たち)

 (Absence des père et mère mise à profit (Endants du fermier)) 1765年頃
50×60.5cm | 油彩・画布 | エルミタージュ美術館

18世紀後期ロココ様式随一の画家ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた代表的な風俗画作品のひとつ『親の居ぬ間に(農婦の子供たち)』。同時期に制作された『コレシュスとカリロエ(カリロエを救うために自らを生贄に捧げるコレスュス)』と共に1765年のサロンへ出品された作品としても知られている本作は、当時のフランスで最も著名な思想家(哲学者)のひとりで多大な影響力を持った批評家でもあるドゥニ・ディドロはサロン出品時に残した批評で、農家小屋の中で幼い弟たちの子守をしながら留守番をする若い娘のところへ、若い男(少年)が訪れ、娘を抱き寄せ接吻しようとしている情景としている。画面手前部分に描かれる三人の幼き弟達や二匹の犬は、非常に強い光によって明確に描かれているが、それとは対照的に画面奥でおこなわれる若い娘と男の情事は不必要にすら感じられるほどに薄暗く描かれている。若い娘は一見すると男を拒絶するような態度を示しているが、画面手前に描かれる愛くるしい弟らはそれを気にする様子を示していない点や、どこか不道徳(不謹慎)な雰囲気を醸し出している点から、この態度は愛情故の戯れとも理解できる。この(光源が不明であるとの指摘もあるが)強烈な光による明暗の対比や『負けた罰に(盗まれた接吻)』などと同系列の刺激的な風俗的展開はフラゴナールの最も特徴的な個性であり、観る者を魅了する。また、このような庶民の生活やそこで繰り広げられる情景を画題として挿話的に描いた作品は、その後、フランス国内や英国で流行してゆくことになる為、本作はその早い作例として位置付けられており、しばしばジャン=バティスト・グルーズなどの作品と比較されている。なおディドロの寸評中には「扉から犬が出てくる」と記されているものの、本作にはその点が認められないことから、本作はサロンに出品された作品を元としたヴァリアントであるとも推測されている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

コレシュスとカリロエ(カリロエを救うために自らを生贄に捧げるコレスュス)

 (Corésus se sacrifie pour sauver Callirhoé)
1765年 | 309×406cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた数少ない神話画・歴史画の中でも特に代表的作例のひとつとして知られる『コレシュスとカリロエ(カリロエを救うために自らを生贄に捧げるコレスュス)』。王立絵画・彫刻アカデミー準会員への承認作品(画家の出世作)でもある本作に描かれるのは、同時代のフランスを代表する作曲家のひとりアンドレ・カルディナル・デトゥーシュ作によるオペラ≪コレシュスとカリロエ(1712年に初演)≫中、最終幕の場面である。画題としては非常に珍しい≪コレシュスとカリロエ≫は、蔓延するペストの猛威から逃れる為に、神託によって生贄に選ばれたカリュドンの美しい娘コレシュスを想っていた大司教カリロエが、生贄として己の身体に刃を付き立て身を捧げることで、コレシュスを救ったという内容で、本作のわざとらしいまでの演劇的な演出や、刃を自身の胸に突き刺すカリロエなど登場人物の姿態も、元がオペラである為、理解できる(これは当時としての流行でもあった)。また本作にはローマ賞を受賞するほど画才に恵まれていたフラゴナールの天賦の才能が良く表れており、ドラマティックに場面を照らし出す強い光と影の表現や、抑制的でありながら輝きを帯びる色彩、的確な形態描写と感情表現などは、観る者を強く惹きつける。なお画家は本作以降、神話画・歴史画を手がけていない。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

水浴の女たち

 (Les Baigneuses) 1765-72年頃
64×80cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀後期ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールの代表的な裸婦作品のひとつ『水浴の女たち』。本作は古来から神話や宗教的主題によって数多く描かれてきた≪水浴≫を主題とした裸婦群像作品である。過去にはルーベンスレンブラントなど名だたる巨匠たちも取り組んできた本主題≪水浴の女たち≫であるが、フラゴナールは本作で自然(風景)と裸婦のより革新的な融合を試みている。画面右下から中央、そして右側にかけて描かれる複数の裸婦たちは各々が他の裸婦や自然と重なり戯れるように描かれており、その姿は喜びと生命感に溢れている。また画面右上、中央左、右下にとリズミカルに配される豊かに茂った木々や草々は裸婦たちを包み込むように描かれており、その様子にはある種のエロチシズムも見出すことができる。この裸婦群像と自然の互いに溶け合うかのような緊密な調和的関係性は本作の中でも最も注目すべき点であり、画家の同主題に対する理解や方向性が顕著に示されている。また色彩表現に注視しても、薔薇色に輝く赤味の差した健康的で官能性豊かな裸婦の肉体と、やや質量感に富んだ自然の黄緑色との色彩的対比や、柔らかい陰影描写による明瞭な色彩表現などフラゴナールの色彩的特徴が良く表れている。なお本作以外にも同寸法・同主題で類似した構図による作品『水浴の女たち』が知られており、一部の研究者や美術史家たちからは本作との(対画等の)関連性が指摘されている。

関連:個人所蔵 『水浴の女たち』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ぶらんこ

 (Balançoire) 1765年頃
216×185.5cm | 油彩・画布 | National Gallery (Washington)

ロココ美術の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた風俗画の代表的作例のひとつ『ぶらんこ』。かつては有力な画家の庇護者であったサン=ノン師が所有していたと推測されている本作に描かれる画題は、現在までにフラゴナールによる作例が3点確認されている≪ぶらんこ≫で、本来は本作同様、ワシントン・ナショナル・ギャラリーに所蔵される『目隠し鬼ごっこ』と合わせて一枚の作品であったと推測されている(※≪目隠し鬼ごっこ≫と≪ぶらんこ≫の合成図を参照)。また本作と目隠し鬼ごっこは18世紀の段階で既に切り分けられていたことがワシントン・ナショナル・ギャラリーの調査によって判明している。さらに現在パリのフランス銀行が所蔵する『サン=クルーの祭り』が、本作や『目隠し鬼ごっこ』と高さがほぼ同一であることから、これらは同じ依頼主から注文され手がけられた作品で、同室内に飾られていたとも考えられている(これが正しければサン=クルーの祭りはパンティエーヴル公の邸宅の装飾画として制作されていることが判明していることから、本作もそれと同じ目的で制作されたことになる)。画面下部中央に描かれる桃色と黄色の衣服に身を包んだ、ぶらんこに乗る若い女性は地面に寝そべり会話を楽しむ複数の男女らの集団に手を振っており、このぶらんこ(に乗る行為)は、ロココ美術が隆盛していた18世紀においては性行為を暗示するものである。また地面で手を振り返す若い男女らも、ぶらんこに乗る女性の揺れる着衣(スカート)の奥を覗き見る行為を楽しんでいる。輝くような光に包まれたこの男女たちの集団や、彼女らが享楽に耽る場所として描かれる美しい森や自然、遠景の色彩はどこまでも軽やかで、そこには人生の苦しみや苦痛(の色)は一切感じさせない。これらの色彩表現や典雅性、快楽性こそロココ様式の典型であり、本作は画家の作品の中でも特にそれらを感じさせる代表作のひとつして数えられている。また靄がかかるような幻想的な森林の描写も秀逸の出来栄えであり、このようなフラゴナールの樹木表現は、同時代の英国の画家ゲインズバラにも影響を与えた。

関連:ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵 『目隠し鬼ごっこ』
関連:≪目隠し鬼ごっこ≫と≪ぶらんこ≫の合成図
関連:フランス銀行所蔵 『サン=クルーの祭り』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ぶらんこの絶好のチャンス(ブランコ)


(Hasards heureux de l'escarpolette) 1767年頃
83×65cm | 油彩・画布 | ウォーレス・コレクション(ロンドン)

18世紀フランスに始まったロココ美術における様式後期を代表するジャン・オノレ・フラゴナールの最も知られる傑作『ぶらんこの絶好のチャンス(ブランコ)』。サン=ジュリマン男爵がフラゴナールの友人で同時代の画家ドワイヤンに依頼するも、ドワイヤンからフラゴナールへと注文が廻されたことによってフラゴナールが制作した本作に描かれるのは、美しい森の中でぶらんこに乗る若い娘と、それを押す中年の男、そして若い娘のスカートの中を覗く若い男の姿である。愛や女性(本作では若い娘)の象徴である薔薇が咲く園でスカートの中を覗く若い男は若い娘に好意を寄せているのであろう、左手には脱いだ帽子を手にしている。この脱がれた帽子と若い娘の足から脱げる靴には道徳や宗教的教義から開放された性的な意味が含まれている(ぶらんこの浮遊感もそれを意味するとの説もある)。また若い男の頭上には口元に指を立てるキューピッド(エロス)の石像が、少女の背後(下部)には驚き戸惑う二体のキューピッド(エロス)の石像が描かれている。一方、ぶらんこを操る男には中年の男が描かれており、当初は依頼主の要望で司教が描かれる予定であったが、画家は(おそらく若い娘の夫として)中年の男に変更して描いた。このようなやや軽薄で不道徳ではあるが、優雅かつ軽やかなロココ様式の中に、自由な恋愛を謳歌する当時の男女の世界観の表現した作品は画家の真骨頂であり、中でも本作はその最たる作品として知られている。また登場人物によって三角形が形成される安定的な構図や画面構築(中央の石像も三角形である)、木々の間から射し込むスポット的な陽光の表現と深い深緑による陰影の描写、美麗で華やかな色彩表現など一枚の絵画としての完成度も非常に高い本作は、当時から版画に刷られ世間に出回るほど好評を得た。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

老人の頭部

 (Tête de vieillard) 1767年頃
53×42cm | 油彩・画布 | ジャックマール=アンドレ美術館

18世紀ロココ様式末期を代表する巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールの類稀な人物画のひとつ『老人の頭部』。パリのジャックマール=アンドレ美術館に所蔵される本作は≪老人の頭部≫を描いた極めて簡素な作品であるが、画家が王立絵画・彫刻アカデミーの準会員になった1765年の次(2年後)のサロンへ出品された同画題の作品『老人の頭部(別ヴァージョン)』とほぼ同時期に制作されたと考えられている。本作には1756年から1761年まで5年間にも及んだフラゴナールのイタリア旅行での成果が存分に示されており、表現手法にはティエポロフェデリコ・バロッチグエルチーノなど偉大なるイタリア絵画の巨匠らの影響を容易に見出すことができると共に、本作の対象(人物)への実直で真摯な取り組みには、オランダ絵画黄金期の大画家レンブラントの影響も指摘されている点は特に注目すべきである。画面のほぼ中央へやや斜めを向いた老人が重厚に配されているが、それを表現する筆触はティエポロを容易に連想させる軽やかさと奔放性に満ちており、特に荒々しい質感を感じさせるこめかみから頬にかけての筋肉の微妙な動きや毛羽立つかのような白髭の表現には画家の才気を感じずにはいられない。また眉間に皺を寄せ大きく目を見開いた老人の堂々とした姿や鋭い精神性などの表現も、若きフラゴナールの卓越した技量の表れである。さらに光の表現に注目しても、全体的な明瞭感と精神的心理性による静謐な空気の対比的描写を色彩によって見事に表現しており、観る者を強く作品の世界へと引き込んでいる。

関連:1767年頃制作 『老人の頭部(別ヴァージョン)』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

寝台で犬にダンスをさせる若い娘
(ベッドで犬と遊ぶ若い娘、犬と戯れる女)

 1768-70年頃
(Jeune fille faisant danser son chien sur son lit)
89×70cm | 油彩・画布 | アルテ・ピナコテーク

ロココ美術の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた風俗画の代表的作例のひとつ『寝台で犬にダンスをさせる若い娘(ベッドで犬と遊ぶ若い娘、犬と戯れる女)』。本作は依頼者(又はその進呈者)の寝室に飾る閨房図として制作された作品で、寝台(ベッド)の上で小犬と戯れる少女のような若い女性の姿が描かれている。閨房図はティツィアーノの傑作『ウルビーノのヴィーナス』を始め(※同作の解釈は諸説唱えられている)古くから、その目的や意図により官能性豊かに描かれてきたが、本作で表現されるあまりにも直接的な官能性は当時から衝撃的であり、あまりの卑猥さから本作は勿論、本作を元にした版画でさえも一般で公開することは許されなかったと伝えられている。画面中央から下部分に本作の画題である犬と戯れる若い娘が描かれているが、注目すべきは彼女らを捉えるその視点である。左半身を主体として若い女の全身像が捕らえられているが、真横よりやや下半身寄りに視点が据えられている。この為、下着を身に着けない若い女の下腹部、そして犬の尻尾で絶妙に隠れているものの性器部分が、観る者へと露わになっている。また若い女の両足で犬を挟み込むように抱き上げる姿態は、否が応にも性行為(正常位)の姿態を連想させ、紅潮しながら屈託の無い笑顔(喜びの感情)を浮かべる彼女の表情と共にエロティックな私生活の様子を暗喩している。本作は絵画作品としての非常に高い完成度を示しており、フラゴナールが得意とした(師であるフランソワ・ブーシェとは一線を画す)黄色の色彩を寝台の周りを囲む布の色に用いて画面全体を覆い、その中心に描く対象である若い女と犬、そして寝台を敷かれるシーツを白色を主体として描き込むことによって、画面の中に(本作の内容と良く合う)軽快・軽薄な明るさや輝きを生み出すことに成功している。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ディドロの肖像

 (Portrait de Denis Diderot)
1765-72年頃 | 80×64cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館

18世紀後期ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールの典型的な肖像画作品のひとつ『ディドロの肖像』。本作は18世紀フランスを代表する知識人であり、思想・哲学家や作家、美術批評家としても名高い≪ドゥニ・ディドロ≫を描いた肖像画作品である。ディドロ自身はフラゴナールや画家が制作する作品に対して、サロン出品当初は大いに期待を寄せていたものの、数年後にはフラゴナールの軽快で独特な表現やロココの風潮に準じた作風を酷評するなど友好的関係には無かったが、それでも本作に描かれるディドロの姿は、美に対して確固たる信念と揺るぎない思想を抱いていた同氏の強き意思と情熱が良く表されている。画面中央に描かれるドゥニ・ディドロはやや後方を振り向くような姿で描き込まれており、輝きを帯びた光が宿る瞳と視線にはディドロの熱き魂を感じることができる。また右手では書物を捲る動作を見せつつも、何かを指し示す途中とも解釈できる左手の自然的な動きには知に対する躍動感を見出すことができる。さらに表現そのものに目を向けても、(ディドロ自身は「気が抜けた力無き」と酷評をしているが)闊達に動かされる筆跡の質感を効果的に用いて表現される衣服の襞や、大雑把に見えながら繊細に計算された描写にはフラゴナールの特徴が良く表れているほか、画家が他の作品でもしばしば用いている(得意とした)黄色と赤色の対比も見事の一言である。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

サン=ノン師の肖像


(Portrait de L'abbé de Saint-non) 1769年頃
81×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀後期を代表する画家ジャン・オノレ・フラゴナールによる人物画の傑作『サン=ノン師の肖像』。制作年代や様式等での類似点から現在までに15作品が確認されている≪フィギュール・ド・ファンテジー(幻想的肖像画)≫のひとつとして手がけられたと考えられている本作に描かれるのは、フラゴナールの重要なパトロンのひとりであった裕福な宮廷人僧侶出身の美術愛好家≪サン=ノン師(ジャン=クロード・リシャール)≫である。画面のほぼ中心に斜めに構えた姿で描かれるサン=ノン師は、見上げるように視線をやや上方へと向けており、その堂々とした姿や表情からは高貴で挑戦的にすら感じられる尊大性を見出すことができる。さらにサン=ノン師が身に着ける豪奢なスペイン風の演劇的衣服には当時の流行や傾向を顕著に感じられる。本作で特に注目すべき点は、輝くような光源処理によって明確に浮かび上がるサン=ノン師の衣服の色彩の見事さと自由闊達な筆触の加減にある。明確な明暗の対比を感じさせる光の表現によってサン=ノン師の衣服の青色と手袋などの赤色が見事に(やや暗い)画面の中で浮かび上がっており、さらに襟元や左手首の軽やかに重なる白色の薄布の襞と、黄色の布のアクセントが画面を絶妙に引き締める効果を発揮している。さらにそれらは瞬間を捉えたかのような動きの早い闊達な筆触で描写されており、本作に力強い生命力と活き活きとした躍動感を与えている。これらの表現はフラゴナールの典型的な様式として名高く、今なお人々を魅了し続けている。なおフラゴナールは本作以外にもほぼ同時期にサン=ノン師の肖像画を手がけており、その作品は現在、バルセロナ近代美術館に所蔵されている。

関連:バルセロナ近代美術館所蔵 『サン=ノン師の肖像』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

音楽(ラ・ブルテシュの肖像)

 (Musique) 1769年頃
81×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀フランス(後期ロココ美術時代)の大画家ジャン・オノレ・フラゴナールを代表する人物画作品のひとつ『音楽(ラ・ブルテシュの肖像)』。本作は同時期に制作された『エチュード(歌、又は学習)』などと同様、現在までに15作品が確認されている半身肖像画、所謂≪フィギュール・ド・ファンテジー(幻想的肖像画)≫の一点であると推測されている作品で、画面左下に画家の署名と年記が記されている。さらに裏面には「1769年、ラ・ブルテシュをモデル(注:ラ・ブルテシュ氏は画家の重要なパトロンであったサン=ノン師の兄)にフラゴナールが僅か一時間で仕上げた」と本作を考察する重要事項が記されている本作では、弦楽器を手に(演奏)する男性がふと観る者の方を振り向いたかのような姿態で人物が描かれており、その表情は大きな感情は示さないものの非常に自然的な印象を受ける。男性(ラ・ブルテシュ)が身に着けるのは≪スペイン風≫と呼ばれる贅沢な演劇風の衣服で、これもフィギュール・ド・ファンテジーに共通する特徴である。さらに本作の黄色を多用した衣服の色彩や、明暗対比の大きい背景の色彩、左半身へ集中的に向けられる光源などは画家の表現様式的特徴でもあり、画家の絵画の典型が示されている。また本作の闊達に画面内を動く即興的な筆触や、迷い無くひかれる単純的な描写が用いられる肖像表現(人物表現)には、古くから17世紀オランダ絵画黄金期の画家フランス・ハルスの影響が指摘されているものの、現在では16世紀ヴェネツィア派を代表する画家ティントレットや、バロック絵画の巨匠ルーベンスなどの影響を唱える研究者も少なくない。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

エチュード(歌、又は学習)


(L'Etude dit aussi Le Chant) 1769年頃
81×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

フランス・ロココ絵画の大画家ジャン・オノレ・フラゴナール作『エチュード』。歌、又は学習とも呼ばれる本作は、おそらくは声楽家が歌を終え、観客の方を向いた姿を基にして描かれた女性像である。フラゴナールが諸学芸に携わる(又は芸術を生み出す)力を画題にして描いた、現在までに15作品が確認されている半身肖像画、所謂≪フィギュール・ド・ファンテジー(幻想的肖像画)≫作品の中でも、特に有名な作品のひとつである本作ではあるが、≪霊感≫≪学習≫≪音楽≫など他の著名な幻想的肖像画とは異なりモデルの特定には至っていないが、他の作品から推測すると、(当時実在していた)女性声楽家をモデルに制作されたと考えられる。ひとつの作品を約1時間で仕上げたと、当時の一般的な肖像画制作時間からはかなり逸脱している伝説的な逸話も残されている(≪音楽≫の裏にはそのような内容のメモが記されている)本作の、対象(モデル)の様子や雰囲気や状態の印象をそのまま写したかのような、素早く動かされた生命感に溢れる筆致は、デッサン的な即興性を強く醸し出しながら、17世紀オランダ絵画黄金期の画家フランス・ハルスの作品にも通じる、卓越した技巧性も感じさせる。また、まるで少女のような顔をした女性声楽家の愛らしい表情や、声楽家が身に着ける≪スペイン風≫と呼ばれる演劇風の贅沢な扮装の大雑把でありながらテクニカルで力強い独特の表現は、当時手がけられた単身肖像作品の中でも特に優れた評価を受けている。なお本作はルーヴル美術館の18世紀フランス絵画コレクションを構成する重要な作品群≪ラ・カーズ・コレクション(ルイ・ラ・カーズ博士により寄贈された作品群)≫の中の一点である。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

マリー=マドレーヌ・ギマールの肖像


(Portrait de Marie-Madeleine Guimard) 1769-70年頃
81.5×65cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

後期ロココ様式絵画の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールによる肖像画の代表作『マリー=マドレーヌ・ギマールの肖像』。フラゴナールが1769-70年頃、連続的に手がけたフィギュール・ド・ファンテジー(幻想的肖像画)と呼ばれる肖像画群のひとつである本作は、常に複数の愛人を抱えるほど多くの男性遍歴を重ねていた(フラゴナールもそのひとりに数えられている)、愛らしくコケティッシュな魅力に溢れる踊り子≪マリー=マドレーヌ・ギマール≫の上半身を描いた作品である。本作に描かれる当時、国内で非常に人気のあった踊り子であったギマールはスペイン風と呼称される演劇風の豪奢で派手な衣服を身に着けながら、(本作を)観る者の視線を去なすかのように、やや右斜め下へ視線を向けている。その表情は憂いを帯びているようにも、媚びて(挑発して)いるようにも、更にはその心の奥底では男たちを見下しているようにも見え、ギマールの複雑で人間味に溢れた女性ならではの精神的な内面を見事に描写している。またギマールの右手には手紙(又はトランプや紙の束)と思われる物、左手には何かが描かれたデッサン紙の束らしき物が握られており、これらは彼女の行動や思想、性格を象徴していると推測されている。本作の速筆的に描写される衣服の大胆でありながら軽やかで流動的な表現や、劇的な瞬間性を強調する強烈な光源による明確な明暗対比、衣服に用いられた濃赤色と渋緑色の色彩的対比は一連のフィギュール・ド・ファンテジー(幻想的肖像画)作品の中でも特に秀逸の出来栄えを示しており、フラゴナールの高い力量を存分に味わうことが出来る。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

リナルドとアルミダ(アルミダの園のリナルド)


(Rinaldo in the Gardens of Armida) 1770年代と推測
72×91cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた非常に独創的な作品『リナルドとアルミダ(アルミダの園のリナルド)』。本作は16世紀イタリアの著名な詩人トルクァート・タッソが第1回十字軍による聖都エルサレム奪還の戦いを記した傑作叙事詩≪解放されたエルサレム≫の一場面≪若く美しい騎士リナルドを誘惑する魔女アルミダ≫を描いた作品で、このリナルドとアルミダに典拠が得られたオペラが1761年と1767年にパリで上演されており、画家はその上演を見たとも推測されている(フラゴナールは演劇や音楽を大変好んだことが知られている)。画面右側には魔女アルミダに仕えるニンフらに誘われる若く美しい十字軍の騎士リナルドが配され、その視線の先(画面左側)には敵であったリナルドのあまりの美しさに心を奪われ(恋心を抱き)、リナルドを己の宮殿へと連れ帰ろうと画策する魔女アルミダがドラマチックに登場している。魔女アルミダの背後には巨大な樹木が2人を包み、覆い込むように描かれており、この場面の策略的な側面を予感させる。また周囲には数え切れないほど多くのニンフらが魅惑的な仕草で配され、観る者に享楽的で甘美な様子を伝えている。他の代表的な作例と比較し、細部の簡潔な表現や記録的な描写などから油彩習作とも考えられている本作ではあるが、画面から豊潤に醸し出されるロココ的な香りやリナルドとアルミダを始めとした登場人物の演劇的な描写、柔らかく画面全体を包み込んだ温もりを感じさせる光の表現などフラゴナールの独自性が存分に感じられるなど、当時、人気の高い画題であり幾多の画家らによって数多く制作された≪リナルドとアルミダ≫作品の中でも本作は注目すべき作品のひとつである。なおフラゴナールは本作の対画として『魔法の森のリナルド』を制作している。

関連:対画 『魔法の森のリナルド』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

二人の姉妹

 (Les Deux Sœurs) 1770年頃(又は1790年代)
71.8×55.9cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館

18世紀ロココ時代の画家ジャン・オノレ・フラゴナール後期を代表する肖像画作品のひとつ『二人の姉妹』。姉が幼い妹を玩具の木馬に乗せ抱き寄せる子供らしい無垢な愛情に溢れた姿が描かれている本作のモデルについては、古くから画家の娘アンリエット=ロザリーと画家の妻の妹マルグリット=ジェラールとする説が定説とされていたものの、近年の研究によって画家の友人であり有数の美術愛好家でもあったサン=ノン師が手がけたパステルによる本作の模写の年記から当時のロザリーの年齢(1770年とするとロザリーは当時1歳)と本作に描かれる人物の年齢について異論が唱えられ、現在は画家の親しい友人の娘たちを描いたとする説が主流である(※この年記に関して1770年と判読するか、1790年と判読するかは研究者の間でも意見が分かれている)。またサン=ノン師による模写から本作がどこかの時代、何らかの理由により上下左右で切断されていたことも判明している。画面中央右側に描かれる薄桃色のドレスを身に着けた姉は本作を観る者と視線を交わらせるようにこちらの方へと向けられている。それとは対照的に画面中央左側に描かれる黄色の衣服を着た妹は姉を一心に見つめている。特に顔面部分が特徴的である動きの早い流麗な筆触は姉妹に共通する描写手法であり、両者の親密な関係性を強調させる効果も生み出している。さらに姉妹が身に着けたドレスのややハイライトを強めた艶やかな質感表現や、姉妹へ焦点的に当てられる光源処理、軽やかに巻かれた髪の毛の描写なども注目すべき点のひとつである。また画面左下に描かれる人形のポリチネッラ(イタリア喜劇に登場する道化師)は子供の移ろいやすい興味心を象徴化させたものであるほか、暗く沈んだ背景に描かれる重厚で立派な石柱は描かれる姉妹の家柄の良さを表している。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

可愛いいたずら娘

 (La Finette) 1772年
90×76cm | 油彩・画布 | 個人所蔵

フランス革命までのロココ美術を支えたフランスの画家ジャン・オノレ・フラゴナールの愛らしい寓意的肖像画『可愛いいたずら娘』。当時流行していたシノワズリ(中国趣味)の影響を受けながら、軽やかな主題である子供の遊戯に主題の着想を得て描かれた本作は、キリスト教的精神とは対極をなすような悔い入ることのない活力と生命力が、画面中にみなぎっているが、子供自体が主題なのではなく、華奢な身体つきをした可愛らしく優雅な娘が好色と戯れ誘惑することを主題として導き出している。この踊るような筆致によってリズミカルに描かれる娘の華奢な胴体などに示される、(後に一大様式となった印象派にも通じる)大胆に配置しながらも、伸びやかで生命力に溢れる線の表現は圧巻の一言である。ロココの語源であるロカイユ(貝殻装飾)の名に相応しい、見事な装飾的着色技法によって描かれる本作は、フラゴナールの作品世界のみならず、ロココ芸術の本質や様式的特徴が見事に表現される一枚となった。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

連作≪恋の成り行き−逢い引き≫


(Rendez-vous) 1771-73年頃
317.5×243.8cm | 油彩・画布 | フリック・コレクション

フランス・ロココ美術の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールを代表する連作≪恋の成り行き≫のひとつ『逢い引き』。本作は貧民階級層の出身ながら、当時のフランス国王ルイ15世の愛妾(公妾)となり、宮廷内で絶大な権力を得ていたデュ・バリー夫人の依頼によって、(ルイ15世から賜った)ルーヴシエンヌの館の装飾画として1771-73年頃に制作された4点から構成される連作『恋の成り行き』の中の1点である。本作は連作『恋の成り行き』の中で最初の場面(第一場面)を表すとされており、一般的には次いで『追跡』、第三場面に『冠を受ける恋人』、そして最後の場面(第四場面)として『付け文(恋と友情)』とされているが、この作品の順序については第三・第四場面を入れ替えるとする説も唱えられている。本作に描かれる若い男女は、その関係が密かなものなのであろう、どこかの城館の庭園を思わせる、美しい木々と薔薇の園の中に置かれるキューピッドを伴う愛の女神の石像の前で密会している。鮮やかな朱色の衣服を身に着ける若い男は、木製の梯子を使い石塀を登って、女の待つ待ち合わせ場所に赴いたばかりのようである(又はこの場を立ち去らんと梯子を降りようとしている)。一方、先に石像の前に来ていた若い女は周囲の様子を注意深く伺う中、物音がしたのだろうか、左手で男に何か合図を送っている。両者の視線は何かを伺うかのように同一方向を向いており、この場面が緊張的空間をより一層、明確にしている。しかし本作で用いられた表現は、緊迫した状況とは相反するかの如く、ロココ様式独特の優美でありながら世俗的で軽薄な雰囲気に満ちている。また明瞭かつ軽快な本作の色彩描写も秀逸で、特に背景に描かれる木々の大気感や幻想性、詩情性に富んだ表現は画家の森林描写の大きな特徴であり、連作『恋の成り行き』の中でも随一の出来栄えを示している。

関連:連作『恋の成り行き−追跡』
関連:連作『恋の成り行き−冠を受ける恋人(恋人の戴冠)』
関連:連作『恋の成り行き−恋文(付け文、恋と友情)』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

連作≪恋の成り行き−冠を受ける恋人(恋人の戴冠)≫


(Amant couronné) 1771-73年頃
317.8×243.2cm | 油彩・画布 | フリック・コレクション

18世紀フランス絵画の画家ジャン・オノレ・フラゴナールの作品中、最も様式的趣味が表れた作品のひとつ『冠を受ける恋人(恋人の戴冠)』。本作は貧民階級層の出身ながら、当時のフランス国王ルイ15世の愛妾(公妾)となり、宮廷内で絶大な権力を得ていたデュ・バリー夫人の依頼によって、(ルイ15世から賜った)ルーヴシエンヌの館の装飾画として1771-73年頃に制作された4点から構成される連作『恋の成り行き』の中の1点である。連作『恋の成り行き』は、『逢引き』『追跡』『付け文(恋と友情)』、そして『冠を受ける恋人』から構成される、若い男女の間の恋の経過(発展)を描いた作品群であるが、本作では二人の恋の成熟の場面が表現されている。画面中央では若く美しい娘(女性)が、恋人となった同じ年頃の男の頭上に(二人の恋の成熟を象徴する)花輪の冠を掲げている。一方、若い娘の一段下では男が娘の手を取り、一心に視線を向けている。また二人の背後には眠りにつく愛の神キューピッドの彫像や、二人の恋の成熟を祝福するかのように薔薇を始めとした花々が咲き誇っているほか、画面の下部には二人の姿をスケッチする男が配されている。画家の得意とした赤色や黄色が効果的に使用された軽やかな色彩や、幸福的な雰囲気、甘美性漂う愛の世界観などが観る者の眼を惹きつける本作は、フラゴナールの作品としては比較的珍しい典型的なロココ様式の展開であり、画家の瞬間を捉える卓越した絵画技法が存分に示されたものではないものの、ロココ独特の趣味とその特徴が良く表れた本作は画家の代表作のひとつとして広く知られている。なお、おそらく新古典様式で改装されたルーヴシエンヌの館に合わないとして、制作後間もない1773年にフラゴナールへと返却された連作『恋の成り行き』であるが、画家はフランス革命勃発後の1790年に『棄てられて(物思い)』という連作の5点目となる作品を制作している。

関連:連作『恋の成り行き−逢い引き』
関連:連作『恋の成り行き−追跡』
関連:連作『恋の成り行き−恋文(付け文、恋と友情)』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

手紙を読む婦人(思い出)

 (La Lettre) 1776年頃
38×30cm | 油彩・画布 | 個人所蔵(米国)

ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナールが手がけた美しい人物画の小作『手紙を読む婦人(思い出)』。本作は肘を突きながら頬に手を当て手紙を読む若い婦人を単身で描いた作品で、本主題≪手紙を読む婦人≫はフラゴナールが強く影響を受けていたことが判明している17世紀オランダ絵画黄金期にしばしば登場した主題でもある。画面のほぼ中央に左手て手紙を持ち、薄っすらと笑みを浮かべながら手紙の内容に視線を向ける頬を赤く染めた若い婦人が描かれており、その微睡にも似た柔らかく穏やかな表情は、遠き日の(本作の別名称となる)『思い出』に浸っているようにも見える。この若い婦人の画面内に見える上半身の姿態は緊張によって硬直を起こすことなく非常に自然な姿で描写されており、本作の落ち着いた女性的な雰囲気や全体に漂う穏健な空気をより強調している。また本作の描写手法に注目しても、頭部にハイライトを描き込みつつ、顔面には薄影を落すという陰影表現は、光の効果を人物の感情表現(そして画面の雰囲気の表現)へ最大限に活かした手法であり、フラゴナールの繊細ながら非常に計算された構成を見出すことができる。さらにフラゴナールの大きな特徴である大きく動きの早い筆致による闊達な筆捌きは、特に若い婦人の身に着ける衣服の襞で絶妙な質感表現となって表れているほか、衣服に用いられる白色、黒色、赤色の色彩と、やや黄色味を帯びた肌の色彩との対比も特に注目すべき点である。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

読書する女(読書する娘)

 (Jeume liseuse) 1776年頃
82×65cm | 油彩・画布 | ワシントン・ナショナル・ギャラリー

18世紀フランス美術界随一の大画家ジャン・オノレ・フラゴナール1770年代を代表する単身人物画作品のひとつ『読書する女(読書する娘)』。本作は、おそらく室内であろうと推測される場所で静かに本を読む若い女を真横から捉え描いた作品である。本作のモデルに関しては一般的に不明とされるものの、一部の研究者からはフラゴナールの妻の妹で画家の弟子(そして愛人)でもあったマルグリット・ジェラールとする説も唱えられている。本作の様に書物や手紙を読む女性の姿を画題とした作品は、17世紀オランダ絵画黄金期を代表する画家フェルメールの有名な作品『窓辺で手紙を読む女』や『青衣の女』など当時は既に比較的ポピュラーな画題であったものの、しばしば印象派的と喩えられる本作の技巧的表現や画題への斬新なアプローチには注目すべき点は多い。画面中央に配される若い女は静謐な雰囲気の中、左手で持つ書物に視線を落とし、読書(書物の内容)に集中している。豊かな量感によって描かれる女の姿態は余計な力みを一切感じさせず、やや脱力的に扱われながらも、全体としては気品の高さを強く感じさせる。特にこの若い娘の微かにあどけなさの残る端整な横顔や、憂いにも似た複雑な感情を思わせる瞳の表情は特筆に値する出来栄えである。また技巧的な要素を考察してみても、素早く流れるかのような軽快でやや大ぶりの筆触によって描写される若い女の瑞々しい肌や髪の毛の表現や、身に着ける黄色の衣服と暗深な青緑色の背景との色彩・明暗的対比からは画家の優れた力量を存分に感じることができる。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

ミニアチュールを描く自画像


(Fragonard peignant en miniature) 1777年以降と推測
46×38cm | 油彩・画布 | サンフランシスコ美術館

後期ロココ様式を代表する画家ジャン・オノレ・フラゴナールの単身人物画のひとつ『ミニアチュールを描く自画像』。描かれる人物については現在、様々な説が唱えられているものの、一般的にはフラゴナール本人の自画像と推測される本作は、≪ミニアチュール(挿絵・細密画)≫に取り組む画家の姿を主題に制作された作品である。画面のほぼ中央へ真正面から描かれる画家自身(フラゴナール)は視線を手がける作品へと落としながら細密画用の小筆を用いて一心に取り組んでいる様子であるが、その雰囲気はどこか晩年期のような郷愁さえ感じられる。本作が制作されたと定義されている1770年代後半(※現在、制作年代についても諸説唱えられており、更なる研究が期待されている)は新古典主義の台頭によってロココ様式の栄華に陰りが見え始めた時期であり、画家の複雑で不安な心理がそのまま本作へ反映されているかのようでもある。さらに画面右上から対角線的に当てられるスポット的な光の表現は、只管にミニアチュールの制作へ取り組む画家の真摯な態度を強調しており、観る者はそこに何かしろの真実性を見出してしまう。また小作ながら大胆かつ奔放に置かれる大振りの筆触を用いて即興性と瞬間性を見事に表現した筆捌きや、衣服に用いられる赤色と緑色、髪の毛の白色と背景の黒色など抑えられた色数の中でも色彩的対比を計算しながら効果的に配置する色彩の表現性などはフラゴナールの作品の本質を見事に示している。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

奪われた下着

 (Chemise enlevée) 1778年以前
35×42.5cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

18世紀後期フランスを代表する画家ジャン・オノレ・フラゴナールの官能性豊かな作品『奪われた下着』。一説によれば画家も一時期、師事していたロココ絵画の巨匠フランソワ・ブーシェの娘婿ボードワンの死去がきっかけでフラゴナールへと制作の依頼が回されたとされる本作は、愛らしい天使が寝台(ベッド)へ横たわる若く美しい女性の下着を奪う情景を描いた作品である。楕円形の画面の上部ほぼ中央に小さな翼が背に生える天使が悪戯的に若い女性の下着を奪っている。画面の下半分に配される若い女性は天使へと視線を向けながら下着を奪われんと必死に抵抗している様子であるが、その艶かしく現実味溢れる姿には否が応にも直接的な官能性を感じる。この天使と若い女性の応酬は、そのまま恋を成熟させつつある男女の応酬に通じており、特に強制的に下着を奪う天使と、抵抗を試みながら必ずしも否定的ではない若い女性の様子には、ロココ時代(18世紀フランス)における男性と女性の享楽的な性格を顕著に見出すことができる。また本作で官能性以外で特に注目すべき点は、抑制的な色彩と即興的な筆触による効果的な場面の描写表現にある。明暗対比を弱め、パステルを思わせる軽やかな本作の色彩は色数こそ少ないものの、構成要素の特徴をよく捉えており、観る者を強く惹きつける。また大胆にすら感じられる勢いのある筆触は画面内へ適度な躍動感を与える効果を生み出しており、このようなフラゴナールの卓越した技量によって本作は魅力的に仕上げられている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

かんぬき(閂)

 (Verrou) 1780-84年
73×93cm | 油彩・画布 | ルーヴル美術館(パリ)

ロココ美術の大画家ジャン・オノレ・フラゴナール晩年の代表作『かんぬき(閂)』。地位は低いものの裕福であり、熱心な週集会であった貴族ドゥ・ヴェリ侯爵の依頼により制作された本作に描かれるのは、部屋の中で若い男が嫌がる素振りを見せる若い女を抱き寄せながら、扉のかんぬき(扉を開閉できないようにする為の金具)をかける姿である。本作の明暗対比の大きい劇的な光の描写や、絹や金属的な光沢感のある衣服の表現、フラゴナールが好んで使用した赤色、黄色、白色の三色で構成される色彩など晩年期の画家の特徴が良く表れている本作で最も注目すべき点は、この≪かんぬき(閂)≫という画題で表現された性的な暗喩にある。若い男は左腕でしっかりと若い娘を力強く抱き寄せながら、この情事に他の者の邪魔が入らぬよう閂に右手を伸ばしている。一方、質の良さを感じさせる艶やかな光沢を放つ黄色地の衣服に身を包む若い女は、男の顔を押し退けるように(男の顔へ)手を掛け、顔を仰け反らせている。この背徳的で堕胎的な秘密の情事とその行為を、画家はスポットライト的に射し込む強烈な一筋の光で照らすことによって、まざまざと浮かび上がらせている。この大胆かつダイナミックな登場人物の躍動性(運動性)や、硬質的で冷麗な描写は本作に表現される人間(男)の性的欲求とそれに準ずる行動、さらにそこに垣間見る人間の衝動性を見事に表している。また散らかった室内や倒れる花瓶なども、この性的欲求から行われる暴力的な行為・行動をより強調している。なお本作は一部の研究者から、かつて画家の作品とされていたが、現在では画家の妻の妹で弟子でもある(また愛人であったとする説もある)マルグリット・ジェラールが制作したと考えられている『盗まれた接吻』の対画であるとの指摘もされている(ただしこの指摘には否定的な意見も多い)。

関連:マルグリット・ジェラール作 『盗まれた接吻』

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

愛の泉

 (La Fontane D'Amour) 1780-84年頃
64×56cm | 油彩・画布 | ウォーレス・コレクション

18世紀フランスの画家ジャン・オノレ・フラゴナール晩年期を代表する作品のひとつ『愛の泉』。本作はフラゴナールが晩年期にしばしば取り組んでいた≪愛≫を画題とした作品の中の1点である。画面中央に花の冠を被った若く美しい一組の男女が寄り添いながら、枯れることの無い泉(永遠の象徴)に駆け寄る姿が活き活きと配され、男の方は愛を司るエロス(アモール)の差し出す黄金の杯に口をつけようとしている。そして画面の最も手前に描かれる若い女は、今がその美しさの最盛期であることを示すかのように明瞭で輝くような光が照らされており、女の瑞々しい肌の質感やしなやかな姿態を鮮明に映し出している。また画面左側の泉の周囲へ無数に配されるエロス(アモール)は、一方では男女の愛を祝福するかのような姿を、一方では無邪気に振舞いながら興味深げに視線を向ける姿など様々な仕草を見せている。まるで神話の一場面を連想させるかのような内容が描かれる本作ではあるが、このような古典に倣わない全く新しい≪愛≫の展開・表現は当時としては非常に斬新であり、古典的展開から逸脱した≪愛≫の主題への取り組みは、その後、台頭してゆくロマン主義を予感させる。また≪愛≫を主題とした作品の性格上、本作はフラゴナールの妻の妹(かつ画家の弟子)であり愛人関係にもあったと推測されているマルグリット・ジェラールとの関連性が予てから指摘されている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

■ 

棄てられて(物思い)

 (Abandonnée ou Réverie) 1790-91年
317.8×197.1cm | 油彩・画布 | フリック・コレクション

18世紀後期ロココ様式最後の巨匠ジャン・オノレ・フラゴナール晩年の重要な作品『棄てられて(物思い)』。本作は貧民階級層の出身ながら、当時のフランス国王ルイ15世の愛妾(公妾)となり、宮廷内で絶大な権力を得ていたデュ・バリー夫人の依頼によって制作された4点の連作『恋の成り行き』に後年付け加えられた5点目の作品である。本作に描かれるのは、ひとりの若い娘が鬱蒼と葉を茂らせる庭園の円柱の下で物思いに耽る女性であるが、その失恋の悲しみに満ちた表情や仕草、そして円柱の上に配される一体の愛の神キューピッドなどは連作『恋の成り行き』で最高潮にまで達した若い恋人たちのその後を如実に連想させる。本作の解釈としてはルイ15世の死後、急速に権力を失墜させたデュ・バリー夫人を暗示するとする説や、ロココ美術最大の立役者であったブルボン王朝(君主制)の崩壊で過ぎ去りし日となった、当時の幸福的で甘美なひと時に対する憧憬、又は無常の念を表したとする説が有力視されている。表現手法や様式に注目してみると、以前手がけた4作と比較し明らかに即興性や豊潤な色彩描写、細部の処理に劣機が感じられるものの、画面全体から醸し出される儚げでメランコリックな雰囲気には、フランス革命後にフラゴナールが置かれた非恵沢的な状況による憂鬱な精神性が強く感じられる。連作『恋の成り行き』は新古典様式で改装されたルーヴシエンヌの館に合わないとして、制作後間もない1773年にフラゴナールへと返却されたものの、画家が故郷グラッスへと帰郷した際に本作を加えて従弟の邸宅の装飾に用いたと伝えられている。

解説の続きはこちら

【全体図】
拡大表示

Work figure (作品図)


Salvastyle.com 自己紹介 サイトマップ リンク メール
About us Site map Links Contact us

homeInformationCollectionDataCommunication
Collectionコレクション