西村博之氏の名前も報じられた「2ちゃんねる捜査」で警察が狙う「Web業界」取締強化に隠された「思惑」
警視庁の「2ちゃんねる捜査」が、大詰めを迎えている。
覚醒剤売買に関する書き込みを放置、覚醒剤の購入をそそのかしたという麻薬特例法違反容疑だが、警察の狙いは「2チャンネル」の管理人を特定、責任を取らせることで、「インターネットの無法」に、警鐘を鳴らすことである。
焦点となっているのは、「2チャンネル」元管理人の西村博之氏(35)。創始者でもある西村氏は、管理運営権をシンガポールのパケット・モンスター社に売却したというが、『読売新聞』(3月27日)の報道によると、同社はペーパーカンパニーで連絡代行を行っているだけ。唯一の取締役のシンガポール人は、「頼まれて役員になっただけで、2チャンネルという掲示板は知らない」と、答えている。
警視庁は、数多くの訴訟を起こされ、出廷しないことからほとんど敗訴、支払い命令を受けた累計金額が、5億円にも達するという西村氏の「訴訟回避」を狙った偽装売買ではないかという疑いを持っている。「元」ではなく今も実質的な管理人が西村氏だと見ているのだ。
すでに、管理実態と資金の流れは、かなりの部分で解明できている。「2ちゃんねる」の広告収入の一部が、西村氏が役員を務めるソフト開発会社の未来検索ブラジルに流れていることを特定。100人以上いる「削除人」のうち幹部十数名は報酬を受けているカネの流れも判明した。「資金」と「指揮系統」を特定することで、事実上の管理人を突き止めようと捜査当局は考えている。
ただ、いずれにせよ今回の容疑が麻薬特例法違反であり、削除要請の放置を西村氏が指示したかどうかの立証は難しい。
また、そもそも削除要請のすべてに迅速な対応をするのはムリで、「2チャンネル捜査」は、捜査当局がWeb業界の実態を知らず、掲示板の存在意義を否定、表現の自由を奪うものだという批判がある。
だが、警察は今回の「2チャンネル」捜査の先に、ソーシャルゲーム業界、FX業界などの"無法"に切り込もうという意欲を持っているのだ。
ネット世界にのしかかる「秩序の論理」
ここで指摘しておきたいのは、警察庁の方向性が、「暴力団からネットへ」とシフトしていることだ。
昨年10月に退任した安藤隆春警察庁長官が、「弘道会(山口組)壊滅作戦」を掲げ、暴対法、組織犯罪処罰法、暴力団排除条例などを武器に、暴力団を徹底的に締め上げた人であるのはよく知られている。
暴力団組員や準構成員の人権を認めず、銀行口座を開かさせず、賃貸住宅に住めなくして、ホテルや飲食店などへの出入りを制限、弾圧していった。
その方針を、片桐裕警察庁長官は受け継いだが、やはり新機軸は見つけたい。それがネットの世界の"無法"を取り締まることだった。警視庁生活安全部長、警察庁生活安全局長などを歴任、「生安畑」が長いことも、国民生活に深くかかわるネットの規制に走らせた。
樋口建史警視総監は、片桐警察庁長官の指示を受け、生活安全部に「2チャンネル特捜班」を立ち上げたが、樋口総監もまた犯罪を誘引する書き込みが、掲載されることもある「2ちゃんねる」の"無法"を心よく思っていなかった。つまり「2ちゃんねる捜査」は、人と時を得て、始まるべくして始まった。
ネットは、国民生活に完全に定着したが、そこで展開される事業の監督官庁が決まっていないことが多い。
DeNAやグリーの急成長で、4000億円市場が目前のソーシャルゲーム業界がそうである。
国民生活に密接という意味で消費者庁、コンテンツ産業で経済産業省、通信で総務省、風営法の範疇で警察庁となる。しかし、業界が新しいだけに、「業界団体を作らせて、そこに天下りを送り込んで監視する」というスタイルになっていない。そこに、目をつけたのが警察庁である。
警察官僚からみれば、子供の巨額課金利用、ゲーム代を稼ぐための援助交際などの問題も起きているソーシャルメディア業界は、風営法で抱え込んだパチンコ・パチスロ業界と同じ発想で取り組める業界だと思える。
さらにはFX(外国為替証拠金取引)業界もそうだ。金融商品取引法で規制を受けているという意味で監督官庁は金融庁だが、AV業者などがFX業界に進出しており、やはり警察が"進出"の機会をうかがっている。
「秩序なき自由」がネットの面白味だが、時間を経ると官僚が蠢き、秩序を自分たちの権限で打ち立て、そこを「業界化」する。今、ネットの世界はそのターゲットになっている。