11月10日(水)都内・丸善丸の内本店にて、ジェフリー・ディーヴァーのトーク&サイン会が開催された。ディーヴァーが日本にやってくるのは今回が初めて。
代表作〈リンカーン・ライム〉シリーズの印象が強いせいか、〈知的で偏屈で毒舌(でも、じつはやさしい)〉というキャラクターを想像していたけれど……実際のディーヴァーは驚くほどフレンドリー。サービス精神旺盛で、ところどころに小ギャグをちりばめながら「創作のひみつ」を語ってくれた。その内容をエキサイトレビューが独占公開!
(詳しい作品レビューはこちら


■本を書くことは「ビジネス」である

つい最近、最新刊最新刊『ロードサイド・クロス』(文藝春秋)が出版されました。が、今日はその話はしません。というのも、私の仕事は本を書くこと。すでに書き上げた本の話をするのは、二度仕事をすることになってしまうのでフェアではない(笑)。
でも、ご心配は無用です。〈本の話〉はします。じつは今日、みなさまがたの目の前で本を書こうと思っています。ふだん、スリラー小説を書くときに、どのような手順で書いているかを実験的にお見せします。
私は世界中にある出版社のうち、何社かと「年に1冊本を書く」という契約を結んでいます。私にとって本を書くことは「ビジネス」です。
本は「車」と同じように商品なのです。

「来年の11月15日に出版される本」今から書かなくてはいけないと仮定してみましょう。「本を書く」という作業を想像してみてください

私はカリブ海のビーチにいます。周囲にはビキニ姿の美女たちがいます。そして、私の口元にブドウの実や、小さなカサがついたドリンクを運んでくれます。そこで私のブラックベリーのベルが鳴り始めます。
画面を見て驚きます。11月14日です。オフィスに戻り、一年後に出版する本のために作業を始めなくてはなりません。そこで出版社に電話をし、いつも私たち作家がやってもらっているように自家用ジェット「ボーイング747」を手配してもらいます(笑)。


■レバー味 VS ペパーミント味

まず、第一に「本を書くことはビジネスである」とお話しました。次に大切なのはビジネスプランです。
どのようなビジネスでもプランがなくてはなりません。私のビジネスプランはシンプルです。「レバー味の歯磨き粉」としておきましょう。

……冗談です。通訳はちゃんと翻訳しましたでしょうか?

私は人々が要求するものを作らなくてはなりません。歯磨き粉メーカーが「レバー味の歯磨き粉」を作らないのは誰もそれを欲しがらないからです。
書き手である私がいくら素晴らしいアイディアだと思ったとしても、独りよがりではおかしな話になります。私が書くものは常にみなさまがたをワクワクさせ、楽しみながら読むことができる。そういったものを書かなくてはいけないと肝に銘じています。「私は自分のために書いている」「読者は努力して理解すべきだ」と言う書き手は間違っています。

私は「どのような本を欲しがられているのか」ということを忘れないようにしています。
書き手は決して、自分の為に書いてはいけません。
多くの人々が欲しがるのは「レバー味の歯磨き粉」ではなく、いつも「ペパーミント味の歯磨き粉」なのです。

■アイディアの女神は待ちません

さて、次はアイディアです。私がいつも思い出すのは、ある賢者の言葉です。ミッキー・スピレインという名前を聞いたことがあるでしょうか。ご存じの方もいらっしゃるようですね。1950年〜60年代に活躍したミステリー作家です。

彼はこのように言っています。
「人が本を読むのは、本の真ん中まで行くために読むわけではない。最後まで読むためだ」

中盤まで読んで終わりにするつもりで本を手にとる人はいないはずです。私たち作家には1ページ目から最後のページまでノンストップで読者を引っ張っていく責任があります。

友人の作家と一緒にイギリスに行ったときのことです。
「こういったアイディアはどこから生まれてくるんですか?」と質問され、彼女はこう答えました。
「まずはお茶を淹れます。そして、そのお茶を飲みながらアイディアの女神が訪れるのを待ちます」

私の答えは違います。飲み物は飲みますが、お茶ではありません。サントリーウィスキーです!(会場笑い)。女神の声を待つのではなく、読者の方々が死ぬほど怖がるようなアイディアを常に探しています。アイディアはさまざまな場所から見つかります。

今回は「人間の体内には206もの骨がある」と書かれた新聞記事を見つけたとします。
まず、設定は殺人鬼がいる病院です。殺人鬼は病室に〈206の骨〉を隠します。「206人を殺す」というアイディアも思いつきます。この〈206の骨〉はおのおの違う名前を持っています。では、206の章から構成し、各章に骨の名前をつけよう。素晴らしいアイディアを思いつきました。

■本の設計図をつくる

さて、アイディアも出来上がったので、机に向かって原稿を書きます。

……違います。私が作家ではなく、飛行機製造メーカーであると考えてみてください。
私が航空機メーカーに電話をかけ、「飛行機つくりたいから、部品をもってきて」と頼んだとします。翼や羽、尾翼、コックピットでパイロットが遊べるようなビデオゲーム……etc。
これらの部品を適当に組みたてはじめたとしたら……
こうしてできあがった飛行機にみなさんは乗りたいと思いますか?

私たちが乗る飛行機は精細に書かれた図面にのっとってつくられたものでなくてはなりません。本もまったく同じだと思います。

私はどのような本を書くときでも、約8ヶ月かけて本の図面ーーアウトラインを書きます。そのあらすじを書き終えた後には、登場人物たちがストーリーのどこで出てくるのか、どのようにプロットが展開し、どこにどんでん返しがあるのかといったことをすべて把握した上で書き始めます。したがって、『本を書き始めてから、自分で驚く』ということはありません(会場笑)

さて、11月15日にアウトラインを書き始めました。一日目の内容はこうです。

<アウトライン/1日目>
・各章は人間の骨の名前をつける。
・殺人鬼は206人の人間を殺そうとする

以上です。あまりアウトラインとはいえません。まあ、1日目ですから。

一週間経つとアウトラインはこんな感じになります。

<アウトライン/1週間目の>
まず、骸骨が一体なくなる。そして、最初の骨が見つかる。殺人が起きる。そしてヒーローとなる警察官が調査に加わる。物語の中盤あたりで、いろいろなことが起きる。そして、最後は驚くようなエンディング。以上です。
(会場爆笑)

このような作業を毎日続け、1ヶ月後の12月15日を迎えます。

<アウトライン/1ヶ月後>
最初に骸骨が一体なくなる。最初の骨が見つかる。そして、ヒーローとなる警察官が登場する。奥さんは彼のもとから去ろうとしている。なぜなのか。〈主人公の妻〉とは常に去ってしまうものだから。主人公は捜査を始める。しかし、なぜ殺人鬼は病院に来るのか、どのように来るのかがわからない。そこで建築家をアシスタントとして雇い、なぜ殺人鬼が病院の中に入ろうとしているのかを探ります。物語の中盤あたりでいろいろなことが起こる。そして、最後は驚きのエンディング。

2ヶ月くらい経つと、およそ100章くらいのアウトラインができます。しかし、アウトラインの内容はまだまだ空白です。例えば、「物語の中盤でいろいろなことが起こる」という部分。最後の〈驚きのエンディング〉も同じく空白です。

そして、私は驚くべきことに気づきます。この物語には〈驚きのエンディング〉がありません。書くべきではない本のアイディアを今、考えていたんです!


いまさら、「書くべきではない」ってマジか!? どうする、ディーヴァー。いざ、part2へ。(島影真奈美)