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本当に読みたい『進撃の巨人』レビューとは?

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 口コミ、講談社ぐるみのプッシュ、書店員の販促運動、ブックレビュー、ランキング本一位など、目に見えて人気の進撃の巨人
 すっかり『別冊少年マガジン』の看板作品にもなっています。


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語るコトバに欠ける『進撃の巨人

 しかしその話題性の強さの一方で、「これは」と感じるレビューや評論を見かけたことがないのも事実です。


 良くある評論は、とにかく「巨人が怖い」「絵がヘタウマ」「ストーリーの先が読めない」の三点張り。
 巨人が怖いのとストーリー考察についてはともかく、画力は「荒っぽいけどヘタウマってほどじゃ……」と感じるだけに「他に語るコトバは無いんかい」と不満に思わなくもありませんでした。


 もちろん、漫画というのは特に語るコトバもなく「面白い」と言わしめる作品こそが広がる力を持つわけですから、逆説的に『進撃の巨人』は、口コミでプッシュされるのも当然の作品だとも考えています。
 むろん、読む人を選んで当然の漫画だと思いますが、表紙のグロいイラストのおかげで「不向きな人はそもそも表紙で読まない判断をするだろう」ってフィルターが働くはずですしね。


 ぼく自身、ネットの評判などは眉にツバをつけるタイプですし、初めはけっこう敬遠しつつ『進撃の巨人』を読んだものです。
 「どうせサブカルっぽい人達が好きそうな漫画なんでしょ」っていう、斜に構えたアノ感覚ですね。
 しかし実際読んでみると、B級の娯楽色が強いアクションもので、純粋な爽快感がありました。
 読む前は「なんだこれ」と思っていた表紙デザインも、読了後は「売るならこれしかないな」と感じるように。


 そういう作品がランキング本の一位に載るっていうのは納得したものです。
 それは、「評論家が文脈に乗せながら安易に語りやすい」作品がプッシュされるよりは、よっぽど自然なことだと思うんです。


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 しかしかと言って、「巨人が怖い」くらいしか褒め言葉がない状態では、納得がいかないのもまた事実。
 前々から考えていたそんな不安を、このエントリで昇華しておきたいと思います。

結論

 と言っても、詳しいことを書くのは後回し。


 個人的に言いたいことはふたつくらいで、ひとつはヒロインのミカサがめちゃくちゃ可愛いこと。そう感じてる人も多いと期待しますが、ここ大事です! 忘れないように!


 次に、編集サイドがプッシュしてる「王道の少年漫画」というキャッチコピーをみんなもっと真剣に受け止めた方がいいんじゃないかなあ、ということです。

 諫山先生と僕は「進撃の巨人」を「王道少年マンガ」だと思っていますので、驚きの展開だけでなく主人公の成長物語も楽しんでいただけると幸いです。よろしくお願いします。

マンガ質問状:「進撃の巨人」1、2巻超える驚愕必至 業界も注目の王道少年マンガ - MANTANWEB(まんたんウェブ)


 このエントリでは基本的に、このふたつが『進撃の巨人』を語るコトバになります。

各論A 「逆転エヴァンゲリオン

 ぼくの感想の前振りとして、y2k000(ヤツ)さんからオフ会で聞かせてもらった『進撃の巨人』話を紹介しましょう。
 ヤツさんはアイディアの良さに注目します。作り手の視点に立ったときの、創作の面白さで見るわけですね。

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 進撃の巨人新世紀エヴァンゲリオンを連想させる、という感想はわりとあるようですが、そこをもうちょっと構造的に見ていくと面白い。


 エヴァといえば企画段階から「謎で観客を引き込む」ことが意図されていました。
 庵野監督はツイン・ピークスからの影響を語っていましたね。エヴァにはサイコサスペンスの系譜もあるわけです。


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ツイン・ピークス』(英語: Twin Peaks) は1990年から1991年にかけてアメリカ合衆国にて放映されたテレビドラマおよび1992年に公開された映画。製作総指揮はデイヴィッド・リンチとマーク・フロスト。

ツイン・ピークス - Wikipedia


 エヴァのサスペンス構造は、ネルフ本部の奥の奥、セントラルドグマへと「謎」が潜っていく形です。
 宇宙や月や北極点に「謎」が存在する設定にもできたのでしょうが、ストーリーが進むごとに都市の内側(=地下にあるアダム)が謎の終点になっていく。
 地下へと潜るサスペンス構造に呼応するように、主人公であるシンジの物語も、心の内側(インナースペース)へとどんどん沈んでいくことになる。
 世界レベルのサスペンスが進む方向と、心理ドラマにおける関心のベクトルが「内向き」で共通しているのがエヴァなんだと。


 『進撃の巨人』ではこの構造がひっくり返されていて、世界の秘密が都市の外部に向かっている。
 そして至極当然に、主人公であるエレンの成長も「外側」を志向している。


 人類存亡を懸けた戦い、
 何重もの防衛線、
 「建築」という立体物を利用した怪獣バトル、
 「食べる」というシンボリックな行為、
 ウルトラマンの翻案としての巨大人型兵器、
 操縦席が脊髄にある、
 活動時間制限のある戦力、
 綾波のようなヒロインと、
 「研究者の父親からロボを与えられる息子」という主人公の設定etc...
 エヴァを連想させるモチーフは豊富にありながら、ドラマの構造としては「内側」と「外側」が鮮やかに逆転している。


 また、内向き=胎内回帰=再生を志向するエヴァ「科学の粋を凝らした背景世界」を必要としたのに対して、外向き=孵化=拡大を志向する進撃が「テクノロジーレベルの低い野蛮な世界」を背景としている点でもひっくり返っている……という指摘だってできる。


 その逆転の発想に感心するというのがヤツさんの読み方でした。
 まぁ、そんな評価をしていただけに、今の連載が回想編(つまりサスペンスドラマとしては内向き)に突入していることに関しては首をかしげていたそうですが。

各論B 「永井豪的な少年漫画の再来」

 ぼくはこの「逆転エヴァ」という解釈を押さえた上で、別の印象を抱いていました。
 その印象が確信に変わったのは、『進撃の巨人』を「王道少年漫画」としてプッシュしようとする別マガの編集部を知ってからです。


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 でも、その売り込み方、微妙に市場の反応とズレてる気がしませんか? まともにこのプレゼンを受け止めた評論を、まだ見たことがないですし。
 レビュアーたちによる評価と、編集部による「王道少年漫画」というプレゼンの間にはズレがある。なぜでしょう?


 王道少年漫画と聞いて、大抵のレビュアーが連想するのはジャンプ作品であって、ドラゴンボール・ワンピース的なものじゃないかと思います。過去に遡っても、キン肉マン聖闘士星矢・男塾・北斗などをロールモデルにするのがせいぜいかもしれません。
 これらを少年漫画のロールモデルとするなら、バブル景気とインフレ、華やかなスポーツ界に象徴される時代が今の「少年漫画」像を形作ったようにも思えます。


 しかしそうではなく、『進撃の巨人』で連想するのはオイルショックや冷戦期で象徴されるような70年代の少年漫画なんだと思います。
 具体的には楳図かずおの『漂流教室』であり、永井豪の『バイオレンスジャック』でしょう。


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高松翔は、大和小学校の6年生。ある日、翔は母親とケンカをしたまま学校に行き、授業中に激しい地震に襲われる。揺れはすぐに収まったが、学校の外は岩と砂漠だけの荒れ果てた大地になってしまっている。突然の出来事に皆パニックに陥り、発狂した教師は全員亡くなってしまう。やがて荒廃した世界の正体は滅んだ未来の世界だと知った子供達は互いに協力し、大和小学校を拠点とした「国」を築くことを決意する。

漂流教室 - Wikipedia

巨大地震(劇中では関東地獄地震と呼ぶ)によって壊滅し、本州から分断された関東。その無法地帯となった関東を暴力によって支配しようとするスラムキングと、それを阻む謎の大男バイオレンスジャックを中心とする死闘、そして絶望的状況下で逞しく生きる人びとを描いている。

バイオレンスジャック - Wikipedia


 冷戦だけでなく、連合赤軍あさま山荘事件)、公害問題、ニクソンショックオイルショック、旅客機事故、ノストラダムスの大予言……日本が高度経済成長を達成させた後でありながら、不安を表すキーワードの多い時代です。


 そして当時はトキワ荘の世代がまだ現役で活動していたり、マガジンがSF作家を原作者に招いたり、アニメ化前提の連載をダイナミックプロが企画していたりなど、当時の少年誌は「漫画」としての振れ幅が混沌としていたフリーダムでもありました。


 時代の不安を反映させつつ、当時のSFやアニメの影響を感じさせる作品では、こんなものが思い浮かびます。


 恣意的に選んでますから、当然偏っていますが……少なくとも共通しているのは、いずれもサスペンス要素が強く、今の週刊誌テイストじゃ想像もつかない連載が「あった」という事実ですね。

 著者は当初、ジャンプ編集部に作品を持ち込んだが、「『漫画』じゃなくて『ジャンプ』を持って来いって言われた」という。ジャンプとしては大きな魚を逃したことになるが、確かにジャンプ的な作品ではない。もしバトルが王道のジャンプで連載したならば、主人公が修行で鍛えた必殺技を駆使して巨人を撃破する展開になっていたかもしれない。

『進撃の巨人』第3巻、驚愕の展開から主人公の内面へ - リアルライブ


 「『漫画』じゃなくて『ジャンプ』を持って来い」は皮肉な言葉です。
 「80年代以降のジャンプ的王道」には当てはまらない「少年漫画」が『進撃の巨人』なのであり、そこをもって別マガ編集部は「王道」を自負するのかもしれません。
 

 この視点に立ってみると、進撃がエヴァの直系(子孫)でもないことがわかります。
 歳の離れた弟のようなものでしょうか。
 割れるバリアのある秘密基地、マッドサイエンティストの家父長がプレゼントするスーパーロボット……庵野秀明エヴァでリスペクトを捧げた作品のひとつ、マジンガーZ(1972年〜1973年、週刊少年ジャンプ)ですよね。


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 もちろん、86年生まれという若さの諌山創は、マジンガーZなどの「70年代的なもの」よりも先に「エヴァ的なもの」を浴びて育ったと思った方がいいでしょう。
 だとしても、庵野秀明エヴァに込めた「70年代のリバイバル」というエッセンスが、世代を超えて諌山創に伝わっていた可能性も高いと言えます。


 余談ながら、エヴァと同時代……90年代の少年誌ではうしおととら覚悟のススメがSF漫画として評価されていたものです。


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 サンデーのうしとらは、今でこそ少年漫画の代名詞であり、(ジャンプとはまた別口で)王道オブザ王道として語られることが多いですが。
 「BSマンガ夜話」では(出演者の世代が高めなこともあって)平井和正などの名を挙げながら、70年代の和製SFの香りを残した「怪獣漫画の傑作」と評されていたくらいでした。
 藤田和日郎も、うしとらの頃はけっして「絵が上手い」タイプではなく、荒っぽくて躍動感のあるタッチが魅力だったことも諌山創と通じるところかもしれません。
 またチャンピオンの『覚悟のススメ』にしても、漂流教室バイオレンスジャックのような終末感とグロテクスさを継承した少年漫画でした。


 一方、今のジャンプ漫画は「ステージごとに敵を倒して進んでいく」明快な構造が特徴的と言えます。
 ドラゴンボールもワンピースも、うしおととらも然りですが、成功した少年漫画の多くが「ステージクリア式のバトル漫画」を実現させるために「旅(冒険)すること」を物語の主軸に据えていることも注目できるでしょう。


 拠点防衛が中心である『進撃の巨人』やエヴァンゲリオンは(序盤の『覚悟のススメ』も)、ドラマが受け身になってゴールが見えづらくなる構造です。
 拠点防衛は、最近ではあまり採用されにくい設定だと言えます。


 敵の存在が曖昧模糊としていて。
 どこへ向かうべきなのか判然とせず。
 目的達成や謎解きよりも先に「状況」が進み、あれよあれよという間に終わっていくタイプの漫画。


 最近の少年漫画が「少年が目標に向かってまっすぐ勝ちつづける」構造で描かれているとしたら、
 一時の少年漫画は「まっすぐな少年が状況に振り回されつづける」構造で描かれていた、と言えるでしょうか。


 『進撃の巨人』からはそんな「昔っぽさ」も感じるのですが、今ではあまり「週刊誌向け」とは呼べないスタイルです。
 今の週刊誌のスピードで要求されるのは、「今はどこに向かっているのか」をはっきり示す情報ですから、『進撃の巨人』は月刊誌でなければ難しい連載だったでしょう。


 そもそも過去編への入り方がわりと意味が分からなくて唐突だという件にしても、それはそれでプリミティブな創作の仕方を感じます。
 言い方は良くないですが、昔の漫画は「わけがよくわからない」シュールな作品ばかりだったわけです。
 今では感じることの少ない、シュールでプリミティブな漫画の面白さが、『進撃の巨人』にはある。
 作品そのものの優劣以前に、「今これを描ける人はそういない」という稀少さの方が、重要な価値を持つのだと思います。


 それでいて、安易に「青年漫画に行きなさい」と言わずに少年誌で描かせた担当編集は本当に偉い。


 仮に青年漫画でやったとしたらマイナー路線になるだけで、『ドラゴンヘッド』や『彼岸島』や『アイ・アム・ヒーロー』『GANTZ』といった作品たちとノリ的に被って意味が無かったはずです。
 諌山創は『プレイボーイ』に載ったインタビューを読むかぎり「ほっといたら本当に青年漫画を描いてそう」なタイプでしたから、なおさらですね。


 諌山創が少年誌を意識することで功を奏したことのひとつに、引き算の勇気があると思います。

希有馬「なぜラピュタをやろうとすると誰もが必ず玉砕するのか」 - Togetter


 進撃のコミックスの「オマケ」である設定解説が象徴的です。アレが載るのはむしろ「愛嬌」というもので、本編にはまるで必要のない情報なんですよね。ドラマとしては、読者が知らなくてもまったく困らないですから。
 ちょっと頭を使う読者なら、「作中で説明しろ」「ストーリーで説明できないのはヘタな証拠」となじりやすいポイントでしょう。しかし言うべきはむしろ逆で、「こんなの作中で説明されてたまるか!」ということです。


 そこは引き算の対象であり、キッチリ邪念を切り捨てる作者の意志こそが『進撃の巨人』のエンターテイメント性を成り立たせている。
 それでもコミックスで設定を披露してしまうのは「こんな設定も考えたんですよ」という作者の愛嬌のたぐいであって、今風の読者サービスなんでしょう。


 今風といえば、80年代〜00年代のフィクションを吸収することで「昔っぽいだけでない魅力」を身につけていることも『進撃の巨人』の特筆するべきポイント。
 80年代以降の時代からも影響を受けるというのは、まぁ作者の若さからすれば当然ですしね。
 それは特に、エレンとミカサのキャラクター造形から見てとることができます。

各論C 「ミカサとエレンの魅力」

 ここまで評論的な視点で『進撃の巨人』を語ってきましたが。こんなどーでもいいことは考えない読者であっても、「ミカサがとてつもなく魅力的」というのは「巨人が怖い」と同じくらい共通するインプレッションだと思います。


 どう魅力的かは読めばわかるとしか言いようがないですが、幼少期の「世界は残酷だ」という認識による謎のパワーアップから、いい人生だった‥→でも生きる、のコンボがもうやばいですね。
 問題の回想編でも、エレンべったりなミカサの魅力はいかんなく発揮されています。

ハッ! しおにっきγ

そしてやっぱミカサは美人なんだよ!(`・ω・´)
大人っぽくなって顕著になってきたんだよ!
んで他人から髪が綺麗だ・・・とか言われても「あ、そう」くらいなんだけどエレンに髪長過ぎね?とか言われたら、「じゃあ切る」ってもうたまんないね(笑)

 『進撃の巨人』はそろそろ「巨人怖い・巨人気持ち悪い・絵がヘタウマ・ストーリーの先が読めない」あたりの決まり文句ばかりでなく、「ヒロインのミカサがとても可愛い」という最重要ポイントがもっと評価されるべきですね。

最近のトピック - ピアノ・ファイア

 ……というようなことをぼくが熱弁していたら、「エレンはもっといいよ」と言い返してきたのがレスター伯でした。

ヒロインの「ミカサかわいい」という声も多く聞かれましたね。*1


 ただ、個人的には進撃の巨人』の肝は主人公のエレンにあると思っています。

 エレンは気が強くて、喧嘩が強くはありますが、

 ミカサやアルミンに比べると特徴のない至って普通のキャラです。

 一方で、巨人や外の世界に対する執念は妄信的といっていいほど強く

 その意志の力で物語を進めていける主人公です。

 特にアルミンを説得する3巻のこのシーンは本当にしびれました。


 エレンのキャラ付けや、巨人という敵の設定は非常に少年漫画の王道で、

 こうしたクラシカルな骨太さが新たな文脈で再浮上したというのが、

 今年を象徴する一つの流れではないでしょうか。

10年代を切り開け! ―2010年エンターテインメント総括のすすめ― - レスター伯の躁鬱


 自分にできないことは全部他人任せで、できることと言えば「たまたま手に入れたスーパーパワー」頼りのバカ少年。
 しかし「純粋さとまっすぐさでは誰にも負けない」王道主人公の魅力を完全に揃えているのがエレンという男です。


 人類唯一のスーパーパワーの担い手として、エレン本人の能力はたいしたことないのですが……(もっと優秀なやつが巨人になった方がいいのでは? と思わせるくらいには)。
 しかし!


 そこで「巨人を憎む気持ちなら誰にも負けない!」という意志の強さと、
 「友達を頼るときは全力で頼ることができる」という情けなさ……いや
 「器のデカさ」で突き抜けていけるあたりが主人公としてカンペキだという。


 バカ少年がたまたまスーパーパワーを手に入れる話というと、日本ではロボットアニメが多くテーマとして手掛けてきた歴史があります。
 なんとなく「スパロボ系」といえば通じるでしょうけど、最近なら交響詩篇エウレカセブン』のレントンなんかがバカ主人公の血を受け継いでましたよね。


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 エウレカレントンも相当にバカでしたけど、エレンは輪をかけて理想的なバカなんだ! とレスターさんに主張されて、なるほどそれはそうかも、と納得。


 そしてエレンを中心に考えてみると、ミカサというヒロインがめちゃくちゃ強くて優秀な美少女で、エレンに惜しみなく愛情を注ぐキャラであることにも必然性が出てくるんですね。
 こういうバカ主人公は、本人が何も秀でたものを持っていないからこそ、その「純粋な心の持ち主であること」の証明として「とても可愛い美少女から無条件に好かれる」必要があるんです。



 「優秀なヒロイン」からの愛が無条件であればあるほど、そのヒロインは主人公の客観的なステータスではなく「魂の本質」や「流れている血の尊さ」や、潜在的なキャラ格」に惹かれていることを示すことになります。


 幼馴染や妹や、「空から落ちてきた女の子」とのボーイミーツガールなど、男の子がたまたま手に入れることのできた美少女は「その男の子の純粋さに対するご祝儀」だとも言えます。


 ミカサが可愛いからこそエレンの純粋さが担保できるし、純粋なエレンに与えられる「祝福としての美少女」だからこそミカサの可愛さは作中でガンガン強調されなければならない。
 エレンの主人公としての格を上げるほど、そのエレンの魂に尽くすミカサにはメインヒロインの格が上がっていくわけです。


 この二人の魅力は完全にシナジーの相乗効果を産んでおり、それは80年代以降のボーイミーツガール作品の蓄積をじゅうぶんに活かした関係であると思います。
 思えば、天空の城ラピュタも80年代の作品なんですよね。


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 話は逸れますけど、「ラピュタ」以降の「純粋な主人公」と「主人公を無条件に愛するヒロイン」の関係性っていうのは変遷をたどっていくと面白そうです。
 70年代には見られず、80年代から深化していくモチーフなんじゃないかな、と印象では思うわけですが。グレンラガンのシモンとニアもその系譜でしたよね。


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まとめ

 以上、長々と書いてきましたが、結論はすでに書いた通りです。


 まず、ミカサの可愛さによっても引き立てられるエレンの王道主人公らしさ。
 そして「王道少年漫画」という売り文句は、そのままでは解釈しづらいものの、少年誌の歴史を振り返ってみれば伊達ではない……、という視点。


 現代においてこのふたつの稀少性を備えた漫画だというのが、『進撃の巨人』をマンガランキング一位にまで押し上げる価値になっていると、ぼくは考えています。
 もっとこういう視点で、堂々と評されるケースが多くなればいいな、と思います。
 ぼくは漫画史を専門でやっているわけではないので、このアプローチからの漫画史研究も深められていくといいかもしません。
 そのことを願いつつ、この記事を閉じることとします。最後まで読んでいただきありがとうございました。


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さらに追記

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 『進撃の巨人』と「SF」というテーマで、『S-Fマガジン』にコラムを執筆しました。
 このエントリを下敷きにしたような内容になっています。ご興味あれば、ご参照ください。