手本はトルストイ 「ハフィントン・ポスト」を成功に導いた「ストーリーテリング」という手法

ガラパゴス化する日本の取材とは好対照
AOLの最高経営責任者ティム・アームストロング(左)とハフィントン・ポスト共同創業者のアリアナ・ハフィントン〔PHOTO〕gettyimages

 アメリカの有力インターネット新聞「ハフィントン・ポスト(通称ハフポスト)」は2月7日、インターネットサービス大手AOLへ身売りすると発表した。創業5年余りで3億1500万ドルの値段が付くほどのブランド価値を築いたメディア企業は異例だ。 

ハフポスト共同創業者兼編集長は、著名コラムニストのアリアナ・ハフィントン。昨年10月に彼女がロサンゼルスを訪れた際に、「ハフポストを創業して最も誇りに思うことは何か」と単刀直入に聞いてみた。答えは明快だった。

「われわれの使命は『データマイニング(単純に事実を報じる)』ではなく『ストーリーテリング(人間の物語を語る)』だ。事実を報じるだけでは人々を感化できない。物語にこそインパクトがある。主流メディアはニュースに飛び付き、すぐに忘れ去ってしまう。まるでADD(注意欠陥障害)を患っているようだ。われわれもADDかもしれないが、同時にOCD(強迫性障害)でもある。社会に変化を起こすまで根強く物語を語り続ける。ここが最も誇りに思う部分だ」

 データマイニングがいわゆる「逆ピラミッド型」が象徴する速報ニュース(ストレートニュース)だとすれば、ストーリーテリングは長文の読み物であるフィーチャー記事に相当する。

 一般には「ネットメディア=速報ニュース」との見方が支配的だ。ところが、ハフィントンは「ハフポストの競争力の源泉はストーリーテリングにある」と示唆したばかりか、既存の主流メディアについては「データマイニングばかりやっている」と一刀両断したのである。

 確かに、速報性を重視する主流メディアはデータマイニングに軸足を置いているかもしれない。だが、一流紙はストーリーテリングにこだわり、差別化しようとしている。

2月3日付のニューヨーク・タイムズ1面。トップ記事はエジプト情勢で、全6段ぶち抜きの大見出し。1面の半分以上はエジプト関連で埋まっていた。日本では大相撲の八百長問題も主要紙の1面をにぎわしていた。

 次は、2月3日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)の1面トップ記事からの引用だ。

〈 戦車の上の兵士が銃を空に向け、実弾を放った。ムバラク派のデモ隊を追い返すためだ。それを見た男2人が戦車の上に飛び上がり、兵士の足にキスした。すると兵士は、銃を手にしたまま泣き始めた。

 上官も戦車の上に上った。反ムバラク派のデモ隊から「われわれを守ってくれ!」と懇願されると、「彼らだってエジプト人じゃないのか? われわれにエジプト人を撃ってほしいというわけか?」と言い、静観を決め込んだ。 〉

 この記事は、大統領ホスニ・ムバラクの退陣を求める大規模デモが続くエジプトで、ムバラク支持派が反撃に出たことを伝えている。「5W1H(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どうして)」を冒頭に入れる逆ピラミッド型であるにもかかわらず、カラフルな描写であふれており、フィーチャー記事と実質的に変わらない。

エジプト情勢よりも大相撲八百長問題

 対照的に日本の新聞は、事実を淡々と伝える短いニュース記事を1面に掲載している。前日にインターネット上に大量に流れたニュースを改めて伝えているような内容だ。

 例えば3日付の朝日新聞朝刊。NYT同様に1面トップ記事でエジプト情勢を伝えているが、大相撲の八百長問題にも大きなスペースを割いており、文字数にして1300字程度にとどまる。日本語へ自動翻訳したNYT記事(3100字程度)の半分以下の長さであり、「カラフルな描写」などを入れる余地はない。

 これに中面の記事「時々刻々」を加えて、ようやくNYT記事1本に匹敵する長さになる。中面ではムバラク派と反ムバラク派の衝突をドキュメント風に報じている。もっとも、「拳大の石が飛び交い」「道路のコンクリートタイルをはがしてつぶてを作り」をはじめ、すでに欧米の通信社が報じている程度の描写がほとんどだ。

 前回(「1面トップはニュース」の常識を覆したWSJ)で説明したように、経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)流のフィーチャー記事が大成功した結果、アメリカの新聞紙面上では「通常のニュース記事でも読み物として面白くなければならない」という考え方が根付いた。それでもハフィントンの基準では「ストーリーテリングが足りない」となるわけだ。

 ハフィントンに日本の新聞を見せたらどう反応するだろうか。「論評にも値しない」と言われてしまうかもしれない。(日本の大新聞は「マックペーパー」だ!)でも指摘したように、紙面上では短いニュース記事が主役で、フィーチャー記事は脇役なのだ。

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