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Oculus Rift 2016.10.17

「マジシャンのようになれ」トップクラスのVRアニメ制作スタジオが挑むストーリーテリング

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アメリカで現地時間10月5日から3日間行われたOculusの開発者会議「Oculus Connect 3」では、Oculusの新しい発表の他に、様々な分野の開発者が自身の知見を共有するセッションも開かれました。

本記事では、VRのCGアニメーション『Invasion!』の開発を手がけるBaobab Studiosから、エリック・ダーネル氏が登壇をしたセッション「VR Storytelling’s New Frontier」の講演レポートをお送りします。なお本セッションはYoutubeにて全編公開されています。

Baobab Studioとは

Baobab Studiosは『マダガスカル』のディレクターらが設立したVRアニメーション専門スタジオ。2015年には600万ドル(当時のレートで約7億円)の資金調達を成功させています。

彼らの第一弾の作品となる『Invasion!』は現在、Gear VRやOculus Rift、HTC Vive、そしてPlayStation VRなど各種プラットフォームで無料配信されており、既に映画化も決定しています。

Youtubeにて公開されている『Invasion!』の360度動画

「皆さんに、夢を見せるのが使命です」

「自分のことをアスリートだと思っている人、いますか?」
Oculus主催の開発者会議の会場で、このように話を始めたBaobab Studios CEOのマウリーン・ファン氏は問いかけました。「じゃあ、シンガーソングライターだって人?それとも宇宙飛行士だと思う人は?」

彼女の質問に対して、“当然ながら”ほとんど手は上がりません。「けれど、五歳の時に同じ質問をされたらきっと違う答えが返ってきたでしょう。我々は五歳の時と比べて、少し現実的になっていますね」彼女は続けます。

「私たちの使命は、皆さんを<不思議な・新しい世界>に連れていくこと。そこに素敵なキャラクターと物語を描きだすこと。そして、夢を見せることです。」
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そのような言葉でマウリーン氏は挨拶を終え、エリック・ダーネル氏にマイクを譲ります。F彼はかつて『マダガスカル』のディレクターを長らく務め、現在はBaobab Studiosのチーフ・クリエイティブオフィサーとなっています。

以下では彼が紹介した、VRにおけるストーリーテリングについての考えを紹介します。

VRはこれまでのメディアと違う

ダーネル氏はVRについて、「映画やテレビなどのこれまでのメディアとは違う」と言います。映画でもゲームでもない、カメラもスクリーンもなければ、画面を切り取る枠もない。かつてないほど直感的なコミュニケーションが可能なメディアなのです。

彼は何より、VRはまったく新しいメディアであり、まだ誰も゛正解”を知らないこと、それゆえに他人が語るノウハウを鵜呑みにしてはいけないことを強調しました。

「もちろん私が今日ここで紹介することも含めてです。今はまだ、決めつけることでVRの可能性を狭める時ではありません。今は、VRの大きな可能性を探る時なのです」

VRストーリーテリング:Invasion!の場合

VRで「こうすべき」とされているノウハウも場合によっては絶対ではありません。不快にならないことを

カットシーンの挿入

VRでは、例えばFPSゲーム中に度々演出として挿入されるような、「カットシーン」を用いてカメラ操作をプレイヤーから奪うことは酔いに繋がるため「やってはいけない」という通説が既にあります。

しかし、ダーネル氏は「自分が必要だと思ったらやってみましょう。『Invasion!』では軽いカットシーンを採用しています」とも言います。

VR酔い対策の重要性

一方で、「体験者を不快にさせるのはいけない」とも強調しています。

特にVR内で加速度運動をさせることで、人は簡単にVR酔いをしてしまいます。ダーネル氏はセッション中、ウィスコンシン大学の研究結果を紹介しました。彼らの研究によれば、「遠近感覚(動いている物体との距離を把握する能力)に優れた人ほど、VR酔いを感じやすい」とのこと。

またここで、VR酔い解決の糸口として「前庭電気刺激」を挙げています。これは内耳の奥にある”前庭”に微弱な電気を流すことで、加速度感覚や角速度を感じさせる技術です。CEDEC 2016では大阪大学による安藤氏のチームによる展示もありました。(体験レポート

3Dサラウンド音楽

「3Dサラウンドによる音楽は非常に素晴らしいものです。しかしながら、『Invasion!』の場合は、反って没入感を損なう結果になりました」

ダーネル氏はそう語りました。『Invasion!』では、音の定位を狭くしたステレオミックス音源を採用した結果、上手くいったとのこと。

物理法則

物理法則は「体験者がそうなるだろう、と予測する場合のみ正確にシミュレートする必要がある」と言います。逆に言えば、必要のない時は物体が非現実的な振る舞いをしても構わないということです。

とりわけアニメーションにおいては、キャラクターの振る舞いなど、現実よりも強調した描写を用いることが多々あります。

コントロールを諦める

映画などの従来の作品形式では、観客の心情をコントロールするのが大事でした。タイミング、リズム、ペースをコントロールし、どこでどのように感動をさせるか、構成を緻密に組み立てるものでした。

しかしVRの作品において、制作者は観客をコントロールすることを諦めなければいけません。映画と違ってカメラの制御ができず、体験者がVR空間で何を見るかは完全に体験者の自由だからです。そんな中、もしも退屈な時間が続くと体験者はすぐに飽きてしまいます。

「VRでは、体験者の興味を常に引き続けることが大事なのです」

彼はここで、キャラクターに注意を集めるのも効果的だと添えています。

マジシャンのようになれ

そこでダーネル氏は、体験者の視線をコントロールするうえで、マジシャンのように振る舞うと良いと言います。

もし観客にあなたを見てほしいのなら、あなたから観客を見つめなさい。

『Invasion!』ではまず、ウサギが穴から出てきて体験者に近づき、じっと見つめてきます。この時にウサギから目を離す体験者は非常に少数です。

もし観客に見てほしいものがあるのなら、まずはあなたがそれを見つめなさい。

『Invasion!』では何かが登場するとき、ウサギが「あれは何だ?」と何かに気づいた様子で別の方向を見つめます。そうすると体験者もつられてそちらに注意を向けるようになるのです。
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音で主張し過ぎないこと

『Invasion!』では宇宙船のような乗り物に乗ってキャラクターが登場するシーンがあります。平和だった景色に明らかに「侵略者」と思われるものが出現するのです。ダーネル氏はかつて映画ディレクターでした。一見このような場面こそかつての経験を活かし、360度音声や緊迫感のある音楽を用いて雰囲気を演出するのが良いように思われます。

しかし、音声による演出をやりすぎると、観客は事件がどの方角で起きているのかを見失ってしまい、的外れな方向を向き始めたのだそう。映画とVRで、適切な演出方法が異なることを知った瞬間だ、と言います。

キャラクターは丁寧に描く

一方で映画とVRで共通することもありました。それはキャラクターのアニメーションを丁寧に描くことです。

そのために制作者は、自分が描くキャラクターをよく見て、よく知って、彼らが何を考え、なぜそのような行動を取っているのか理解する必要がある、と言います。

ストーリーボードの重要性

映画やアニメ制作などにおいて、本格的な制作に入る前にまず、主要な場面の転換を表す絵を順番に貼り付けた、あらすじを表す下書きのようなものを用意します。これをストーリーボードと呼んでいます。

かつて80分の映画を制作していた際には絶対に必要としていたストーリーボード。ダーネル氏は『Invasion!』の制作にあたっては、「わずか5分程度の作品だから不要」として用いなかったそうですが、それは大きな間違いだったと語ります。制作途中で様々な変更点が出てきてしまい、苦労をしたそう。

またダーネル氏は「次のステップとして、VR作品制作に適した、(紙に平面の絵を描くだけではない)新たな形のストーリーボードが必要だろう」とも述べました。これについてBaobab Studiosでは「詳しくはまだ秘密だが、現在取り組んでいるものがある」とのこと。

ウサギは本当は死ぬ運命だった

『Invasion!』の主人公ともいえるウサギ、制作当初は鷹に連れ去られて食べられてしまう予定だったそうです。ウサギを殺してしまうことで、アニメーション時間を短縮しようとしたのだとか。

ダーネル氏は、それはそれでブラックジョークとして楽しめるものになるだろうと考えていました。しかしデモを何人かに見せる中で、「楽しかったけど、ウサギを殺しているから6歳の娘には見せたくない」と語った女性がいたそうです。

映画館でなら笑って済むかもしれない体験も、VRでは悲惨なものになりかねないのです。

彼は結局ウサギを生かすことにしました。「皆がこのウサギを好きになってくれたし、結末を変えて良かった」と語っています。

ちなみにこのウサギ、名前は誰にも公表されていませんが、ダーネル氏の姪が「クロエ」と名付けたことから、ダーネル氏はクロエと呼んでいるそうです。

最も大切なことは

VRは今までにない新しいメディアで、無限の可能性を秘めています。しかしそれでも、VRのストーリーテリングにおいて最も大事なことはストーリーテリングだ、とダーネル氏は主張します。

素晴らしいストーリーがあること、魅力的なキャラクターがいること。ただ綺麗な景色を見せるだけでは、ただハッとする瞬間を並べるだけでは、ストーリーテリングにはならないのです。

次回作『Asteroid!』

Oculus Connect 3では、Baobab Studiosが制作している次回作『Asteroid!』の紹介もありました。まずはGear VR向けに、2016年内のリリースを予定しているとのこと。

二人のエイリアン「マック」と「チーズ」のお話です。


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