ホリエモンの格言

週刊少年ジャンプの編集方針は「友情、努力、勝利」といいます。友情の大切さ、努力の尊さ、勝利の爽快感。どれも否定できない素晴らしいものですが、少年少女の時代にのみ通じるファンタジーでもあります。報われない努力もあれば、苦杯をなめるだけのときもあるのを知っているのが大人ですから。そしてなにより「友情」はすべてに打ち勝つ勇者の剣ではありません。

「友達」と創業したという話しはよく耳にします。しかし、その後の話を聞くことはめったにありません。創業時のメンバーは次第に離れていったと著書で告白していたのは、いまは獄中のホリエモン氏です。彼の言動から垣間見える人間性によるというより、友達とビジネスの両立が難しいことを示す実例でしょう。友情は損得抜きの間に生まれ、ビジネスとは損得そのものだからです。そして友達同士ではじめた事業が躓く理由は、ずばり「友達」にあります。

友情と言えば太宰治の「走れメロス」を思い出しますが、道徳的に「友情」の大切さを説くのは結構ですが、ビジネス的にみれば、計画も立てずに王様に向かっていって捕らえられた「メロス」のような人間と組んで仕事などしたくありませんし、そもそも友に断りもなく「身代わり」に指名するメロスの人間性には重大な欠陥があるのではないでしょうか。

大人の友情はあるか

社会人になってから急速に深いつきあいの「友」ができることがあります。時代を共有し、積み重ねた経験に構築された価値観が近いからなのでしょう。企業サイトをプロデュースする会社を経営するT社長が、業界人の集まる飲み会で知り合ったS氏とH氏を「親友」と呼ぶまでにひと月とかかりませんでした。みなIT業界で会社を経営する社長ですが、それぞれの事業が競合しなかったことが警戒することなく打ち解けられた大きな理由です。そこから相乗効果があるのではとT社長が切り出します。3社の得意分野を結集すれば、まったく新しいビジネス展開が生まれ、IT業界で革命を起こせるのではないかと盛り上がります。

早速「ビジネス合宿」に入ります。二泊三日で避暑地の別荘に籠もり、ビジネスプランを練り上げる予定でしたが、ここで友情がさらに深まります。別荘は知り合いの同じくIT社長から借りたのですが、そこに置き忘れられていた「ギター」を見つけて、バンドブーム世代の彼らがじっとしているのは無理というもの。昔取った杵柄のセッションがはじまり、ビジネスプランよりも前に「テーマソング」が完成します。

Facebookの罪と罰

すでに「0.2」の匂いが漂いますが、もう少しお付き合いください。

T社長は「Web維新プロジェクト~日本の夜明けは近いぜよ~(仮称)」と題し、Facebookに専用ページを開設し、事前プロモーションのために合宿の様子を逐一投稿していました。すると沢山の「いいね!」が寄せられます。それぞれが社長ということもあり、各社の社員や取引先が好意的なコメントを寄せます。そしてFacebookの盛り上がりを見た別のIT社長が、新サービス発表イベントの「オープニングアクト」としてオファーし、都内のイベントホールで「社長'S(仮称)」のファーストライブが開催されました。そしてこれが頂点でした。

先のビジネス合宿で盛り上がったプランは「準備中」のまま時が過ぎます。成り行き上、このプロジェクトの責任者となったT社長は、無理矢理サービスインしますが1年後に「休止」と宣言します。IT業界では失敗は、静かにフェードアウトするものですが、Facebookで盛り上げすぎたために業界中に知れ渡ってしまい、会うひとごとに「どうなった?」と訊ねられることに嫌気がさしての「休止宣言」です。ただし「終了」ではないと意地を張ります。

失敗の理由はバンドで遊んでいたから…も、ありますが、それ以上に大きかったのは「友達」です。

2人の創業者と友情

T社長たちはFacebookでの「友達」の応援を「手応え」としていました。また詰めの甘いビジネスプランの背中を押したのはFacebookの「友達」です。「いいね!」と寄せられる友の励ましが、撤退を許さない空気を創り出したともいえます。そもそもビジネスにおいて「友達の評価」ほど信用できないものはありません。基本的に査定は甘く、応援する自分に酔う友の声がそこに含まれるからです。

なにより、それぞれの会社の得意分野を集めるので、ビジネスプランによっては誰かの利益を損ねることになります。これを避けようとすれば、特徴のないプランになるのは仕方がありません。特徴のないプランが生き残れるほど、ITは甘い世界ではありませんが、友情を優先し、無難なアイデアのまま事業化へと突き進んだ「友達経営0.2」です。友達同士ではじめた商売が失敗する理由は、集まってくる友らの無責任な励ましの声と、友達感覚に由来する甘い判断です。

IT業界では「2人の創業者」も多く見かけます。Apple、Microsoft、YahooにGoogleがこれにあたり、Appleに至っては2人とも名前が「スティーブ」です。彼らのつながりを紹介する際に「友達」と表現しますが、これは便宜上に過ぎません。大人であれば、腸が煮えくりかえる思いをさせられても、対外的には笑顔で握手してみせるぐらいの芸当はできますし、仮に円満な関係であっても、それは「同志」と呼ぶべくもので「仲良しごっこ」ではありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「社長友達が集まっても会社はできない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」