キレる人は、なぜキレるのか? 脳科学から見る「3つの原因」

写真拡大

あなたの周りにすぐキレる人はいませんか? 彼らはなぜ、感情をコントロールできないのか。彼らの怒りを抑える何かよい方法はないものだろうか。3人の専門家が答えてくれた。

■未発達な前頭前野がキレる人を生む

近頃、街中でキレる人をよく見かける。人ごみで肩がぶつかった、電車が遅れているのに駅員が謝らない、店員の口の利き方が生意気だったなど、些細なことで激しく怒りだし、ひどいときは暴力沙汰に発展することもある。

キレる人は職場でも増えているという声を聞く。仕事が思い通りにいかないとか、同僚と意見がちょっとくい違ったなど、自分にとって気に入らないことがあるとヒステリーを起こしたり、暴言を吐く。他人の言動に過剰反応し、物に当たる、大声で怒鳴るなどを繰り返す――。日本人はいつから、こんなにもキレやすくなったのか。ひょっとしたら、子供時代にも原因があるのだろうか。

キレる原因としてまず大きいのは、「(脳の最前部に位置する)前頭前野が未発達であること」と語るのは聖路加国際病院精神腫瘍科部長の保坂隆氏。同じく脳科学コメンテーターの黒川伊保子氏も、「前頭前野が不活性であること、最悪は未発達の状態にある」のが原因だと指摘する。

人間の脳には前頭前野という部位があり、ここが物事全体を把握して、欲望や感情を抑える働きをしている。腹が立つことがあっても、ここは大人の対応をしよう、というような判断を下すのがこの部分。そして、食欲や睡眠欲など動物的な本能を司る大脳辺縁系などが先に発達するのに比べ、脳の中でも最後に成長し、十代の終わりまで発達し続けるというのだ。

脳は使えば使うほど発達するが、使わなければ発達しない。したがって、子供の頃、我慢や抑制をせずに育つと、この部分の発育が弱くなる。

■疲労やストレスを生むパソコン・スマホ生活

2つ目の原因は、脳の中にあるセロトニンという神経伝達物質の欠乏だ。これは前頭前野の機能をスムーズに動かすために必要な物質なのだが、「これが現代人には不足しており、キレる人が増える理由になっている」と東邦大学名誉教授の有田秀穂氏は指摘する。

セロトニンを分泌させるセロトニン神経は、脳の中心である脳幹のさらに中央部分の縫線核というところにある。ところが、疲労、ストレス、夜型生活、運動不足、人とのコミュニケーション不足などで、セロトニン神経の働きが弱まってしまうという。パソコンやスマホが普及した現代生活には、セロトニン神経を弱らせるこうした要素が満ち溢れているのだ。

「普通のサラリーマンが暴行で検挙されるような事件が、この20年ほどうなぎのぼりで増えていますが、これは社会のIT化が進んだ時期とぴったり重なります」と有田氏は分析する。

彼らは夜遅くまでパソコンやスマホをいじっている。そして、翌日の出社後も1日中、ずっとパソコンの前に座って仕事をしている。お昼もパソコンでインターネットをしながら1人でコンビニ弁当を食べることが多い。

そして夕方になると疲労とストレスセロトニンの分泌がほとんどなくなっているような状態のまま帰途につく。すると、たとえば、通りすがりの人とちょっと肩がぶつかったくらいで怒りが抑えられなくなり、暴力沙汰になるというわけだ。

■甘いものを食べすぎると、逆に低血糖になってキレる

人がキレる原因には、血糖値も関係しており、これが3つ目の原因になる。

「長い間のよくない食習慣のせいで、血糖値が乱高下しやすくなっている人がいます。そういう人はキレやすい」と語るのは黒川氏。

脳のエネルギーはブドウ糖であり、消化器官から脳に糖を届けるためには、空腹時でも血糖値が80くらいないと脳が正常に働かない。

「血糖値が80を下回ると、脳は不安になってくるんです。だって血糖値が40になったら意識混濁、それが数時間続けば脳死ですから。それではまずいので体は血糖値を上げるホルモンを連打してくる。その中には人を興奮させるホルモンであるアドレナリンも含まれています。だから興奮して攻撃的になりやすい。通常、血糖値は空腹時でも80程度をキープするように制御されています。それを下回ってしまう低血糖症の人は意識が不安から攻撃へと転移するので、それでキレやすくなるんです」(黒川氏)

お腹が空くと不機嫌になる人がいるのは、そういうわけだったのだ。それではなぜ、低血糖になるのか。

「なんと甘いものを食べたせい。空腹時に甘いものや炭水化物などの糖質をいきなり口に入れると、血糖値が急上昇する。びっくりした体が血糖値を下げるホルモン・インシュリンを過剰分泌して、結果、低血糖が起こってしまうのです。それが習慣になっている人は要注意。血糖値の乱高下癖は、子供なら成績不振や不登校、大人ならメタボやメンタルダウンを引き起こします」(黒川氏)

たとえば朝御飯を食べずに出社する。すると元気が出ないので、甘いコーヒー飲料を飲んだり、菓子パンを食べたりする。すると、血糖値が一気に上がって元気になる。しかし、インシュリンの過剰分泌で血糖値の急降下が起こり、ほどなくだるくなって集中力がなくなり、やがてイライラし始める。

糖質摂取からイライラ発生までの時間は、だいたい1時間半。お昼前になると職場でイライラしている人がいたら、朝御飯を抜いて出社前に何か甘いもので脳に喝を入れている可能性があるというわけだ。

これまで述べてきたことから、脳科学の観点から、キレやすい人が増えている背景には、「前頭前野の未発達」「セロトニンの不足」「血糖値の乱高下」という3つの原因が考えられるようだ。

----------

有田秀穂
東邦大学名誉教授。セロトニンDojo代表。
1948年生まれ。東京大学医学部卒業。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年より現職。著書に『脳からストレスを消す技術』ほか。
 
黒川伊保子
脳科学コメンテーター。感性リサーチ代表取締役。
1959年生まれ。83年奈良女子大学理学部物理学科卒。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリで人工知能の研究開発に従事。2003年より現職。著書に『英雄の書』ほか。
 
保坂隆
聖路加国際病院精神腫瘍科部長。
1977年慶應義塾大学医学部卒業。2003年東海大学医学部精神科学教授。10年同大を退職し、聖路加国際病院精神腫瘍科医長、13年より現職。著書に『平常心―人間関係で疲れないコツ』ほか。

----------

(長山清子=文 大沢尚芳=撮影)