ザッケローニ SAMURAI BLUE監督手記 イル ミオ ジャッポーネ“私の日本”

vol.152012.07.10 UP DATE「日本のホスピタリティー」

 4年に1度、ワールドカップの中間年に欧州最強の代表チームを決める「ユーロ」はスペインの史上初の2連覇で幕を閉じました。我がイタリアは決勝では0-4といいところなく敗れました。とはいえ、今大会のイタリアの躍進には目を見張るものがありました。過去のイタリアとの違いはボール・ポゼッションが高まったことではないでしょうか。それは自分たちの方から積極的に主導権を握って攻めたことを意味します。
 私が考えるボール・ポゼッションで、パーセンテージとして特に重要なのは相手陣内でのボール支配です。自陣の後ろの方でだらだらとパスをつないで支配率を上げても意味はありません。
 効果的な攻撃を仕掛けるには、やはり「ここ」というときにパスを引き出す走りが必要になります。そのときに「ここでパスが来る」「あそこならパスを受けられる」と思って走るのと、パスが出るのか出ないのか不明確なまま走るのとでは全く違います。確信のある走りはフィジカルだけではなくメンタル面でも選手を疲れさせないものです。
 ボール支配を高め、自分たちが主導権を握りつつ相手陣内に押し込んで、信じて走る、信じてパスを出す、を繰り返す。今回優勝したスペインや2位のイタリアとも、そこは共振する部分がかなりあると思いました。その2カ国とアジア・チャンピオンの我々日本は来年6月にブラジルで行われるコンフェデレーションズカップで戦うチャンスが生まれた。願ってもないことでしょう。

 今回のユーロで少し気になったのは、サポーター同士のいざこざで警察が出動したり、サポーターの人種差別的なチャントがUEFA(欧州サッカー連盟)から罰金の対象になったりしたことでした。ピッチの戦いは白熱し、高レベルだっただけに、余計にピッチ外のそうした行為が残念でなりませんでした。
 サポーター同士の乱闘などはイタリアでもクラブ間なら、ままあることです。しかし、代表戦ではめったにありません。欧州全体で見渡してもイングランドのフーリガンが大暴れした時代に限られたことで、私には今回の事件はニューエントリーな出来事という印象を受けます。ある意味、危険な兆候ではないでしょうか。こういう出来事にUEFAがかなり厳しい態度で臨んでいるのは正しいことだと思います。

 こういう事例を見聞きする度に私は「日本を見習ってほしい」といつも思います。日本のサポーターはサッカーの試合をあくまでもスポーツの範疇に収めてくれます。余計なものを盛り込んだりせずに、戦う相手のこともリスペクトしながら、スポーツマンシップにのっとって観戦してくれます。それで選手たちも非常に気持ちよく戦える。
 そういう日本のスタジアムの雰囲気に対して「欧州に比べて殺気が乏しい」という人もいますが、私はそういう意見には与しません。遠来のサポーターに決して不愉快な思いをさせない。これも誇るべきサッカー文化だと思います。
確かにサッカーは欧州が本家本元のスポーツかもしれません。日本はまだまだ欧州から学ばなければならない立場でしょう。かといって、隣の芝生が常に青いわけでもありません。学ばなければならないものがある一方で、学ぶ必要のないもの、まねてはいけないことも絶対にあるのです。ヨーロッパが常に正しい、ということはないのです。
 日本(人)の持つ、行き届いたしつけ、他者へのリスペクト、スポーツマンシップの尊重という美徳は本当に誇るべきものです。そこは誰に何と言われようと持ち続けた方がいいのです。
 何でもかんでも欧州に学ぶ必要はないのですが、この学びたいという向上心が日本をここまで成長させた、ということも理解しているつもりです。前回述べた「向上とキープのセオリー」ではありませんが、日本には常に成長を希求する精神がある。私が監督に就任する前から急成長してきたし、今も成長を続けているのは、手本とすべき対象に対して追いつき追い越せの精神で吸収していけるからでしょう。その点で、欧州は教える側の自負が強すぎて、その立場に満足している部分がある。よって現状をキープする側に回り、成長の度合いは小さくなっている気がします。

常に最上のものを目指すメンタリティーはイベントをホストする側になると、とても快適な空間を約束してくれる。そんな印象も日本に対してはあります。
今年は、2002年のワールドカップ日韓大会から10年という節目の年ですが、イタリアでも当時の日本のホスピタリティーは評判でした。私は残念ながらイタリアで見ていましたが、マスコミの報道も好意的なものが多かった。ネガティブな報道といえば「湿度がすごい」くらいでした。W杯としては成功の大会という評価でした。知り合いのジャーナリストたちも「いい経験になった」と話していたし、ブラジルのロナウジーニョのようにこの大会でブレークした選手もいました。まあ、イタリア人目線では、アズーリ(イタリア代表)がもう少し活躍してくれれば申し分はなかったと思っています。

 その日本でこの夏、再び、ワールドカップが開かれます。U20(20歳以下)の女子ワールドカップです。ウズベキスタンで予定されていた大会が、急きょ、日本で代替開催することになったと聞いています。
 もともと、日本はスポーツイベントの開催に積極的な国という印象があります。バレーボールのワールドカップなどいつも日本でやっている感じですが、今回のU20ワールドカップは女子サッカーの発展という意味では理想的なタイミングではないでしょうか。昨夏のワールドカップでドイツ、米国といった強豪国を押しのけて優勝してから、日本の女子サッカー人気は伸びる一方です。日本の頑張りが刺激になったのか、実はイタリアでも女子サッカーが注目され始めています。まだ日本ほどレベルは高くないですが、若い子たちがどんどん興味を持ち始めたのはとても有意義なことだと思っています。
 急な代替開催で準備期間は十分ではないかもしれませんが、それでもワールドカップを成功させた日本の運営能力に心配はいらないでしょう。大会を告知する時間の少なさがお客さんの入りに与える影響は気になります。イベントで最も大事なのはスタジアムの雰囲気を盛り上げるお客さんの存在です。この夏、できるだけ多くの人がスタジアムに足を運び、いろいろな国の少女たちを分け隔てなくサポートしてくれることを願っています。

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