日の丸家電、打倒アップルの条件 ソフト重視へ転換せよ
UIEvolution 中島 聡
日本の家電メーカーは、1990年代に起こった「アナログからデジタル」への変革は何とか乗り切った。だが、米アップルがiPodやiPhoneで作り出した、それに続く「ソフトウエア重視のハードウエア」の波には完全に乗り遅れてしまった。
よくいわれるようにiPodやiPhoneで使った技術は決して新しいものではなかった。それらの技術を魅力的な商品にまとめ上げ、時代を変える革新的な製品に昇華させた源泉こそがアップルのソフト開発力だった。
その後、ハードとソフトを一体開発する垂直統合が一般的となり、米アマゾンや米グーグル、米フェイスブックもハード市場に参入。斬新なソフト開発力を武器に話題を振りまくベンチャー企業もシリコンバレーから数多く登場してきている。
脈々と続く「ソフト工場」思想
一方、日の丸メーカーには、プログラムの書けるソフトウエア・エンジニアを社内で育てられていない。これが製品の競争力低下に直結しており、得意なはずだった掃除機のような白物家電の分野でも米アイロボットの掃除ロボット「ルンバ」や英ダイソンのサイクロン式掃除機などに先手をとられてしまった。
筆者は日本メーカーの経営陣から、競争力低下に関してよく相談を受ける。そのときに最も致命的だと感じるのは"ゼネコンスタイル"といえる開発体制と、その背後にある人事制度の問題だ。
多くの日本メーカーは優秀な理系のエンジニアを採用してもソフトウエア・エンジニアとしては育成していない。任せている仕事は仕様作りやプロジェクト管理ばかりで、実際にソフトを開発するプログラミング作業は下請け企業に外注するというスタイルを採っている。
こうなった背景には、「大卒のエンジニアは幹部候補のホワイトカラー」「高卒の作業員は工場のラインで作業するブルーカラー」と入社時の学歴で大きく分かれていたハード全盛時代の人事システムがある。
ソフト開発に関しても、このシステムのまま「大卒のエンジニアは仕様作りとプロジェクト管理」「プログラムを書くのは子会社のエンジニア」という形に置き換えられたのだ。1980年代には、ハードと同様の工業製品として大量生産が可能という発想で「ソフトウエア工場」の言葉さえ使われたくらいだ。
エンジニアはプロスポーツ選手
ソフトウエア開発はすべての開発工程が知的生産で、当たり前ながらハードウエアの製造とはまったく異なっている。魅力的なソフトウエアを作り出すための全体仕様(アーキテクチャー)を設計することは、机上だけでは決して不可能だ。シェフが実際の料理を作りながらレシピを作るのと同様に、設計を担当するエンジニア自らがプログラムを書き「作っては壊し」の過程を経てはじめてよいアーキテクチャーを作ることができる。
アップル・アマゾン・グーグルをはじめソフトで勝負をしている企業は、どこもそうした開発体制をとっている。現場はもちろん、組織のトップもコードを書き続け、その経験を製品開発に生かしてチームを率いている。そんな会社にとって、ソフトウエア・エンジニアはプロ野球チームにおける野球選手のような貴重な存在だ。
一方、日本のメーカーでは自分自身がプログラムを書いたこともない幹部候補生が頭の中だけでソフトを設計し、プログラミング作業は子会社に丸投げしている。そして、子会社ではソフトが好きでも得意でもない文系出身者や派遣社員が「うちの会社はブラック企業だ」と嘆きながら締め切りに追われてプログラムを書いている。野球チームでたとえれば、コーチや監督候補ばかりで構成された球団が、実際の試合には草野球の選手を外から集めてきて臨んでいるようなものだ。
これでは勝てるわけがない。メーカーの経営陣がソフトの意味を理解し、社内に正社員としてコードがバリバリと書ける「ソフトウエア職人」を育成しない限り、アップルよりも完成度の高い製品は決して作れない。早急に「大卒の正社員=幹部候補生」という一昔前の発想から脱却して、新しい組織を作り上げる必要がある。