Devil's Own

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『キック・アス』(マシュー・ヴォーン)

"Kick-Ass"2010年/アメリカ・イギリス

 公開前から既に高い評価を得ていた『キック・アス』の上映が始まった。序盤からラストまで、テンポのいいアクションとコメディで突っ走る痛快娯楽作であり、同時にここ数年アメリカ映画の傾向としてある「ヒーロー論」としてのアメコミヒーロー映画の総決算ともいうべき作品だ。
 スクールヒエラルキーの最下層に属し、アメリカンコミックの世界に耽溺するナード気質の高校生デイヴ(アーロン・ジョンソン)は、どうして誰も現実世界ではヒーローになりたがらないのか、という疑問のもと、奇抜なコスチューム(スパイダーマン風のスウェットスーツ)に身を包みキック・アスという名で、自警活動を開始する。ヒーローらしい超能力も財力も持たない貧弱な青年の試みは、チンピラに刺された上に車に轢かれるという悲惨なスタートを切るが、インターネットを通じて少しずつ脚光を浴びはじめる。一方、同じく奇抜なコスチューム(こちらはバットマン&ロビン風のデザイン)に身を包み、街のマフィアたちを一網打尽にしようと暗躍する父と娘がいる。ビッグ・ダディと名乗る父親(ニコラス・ケイジ)は、「ギャングたちの罠にかかり、母親を自殺に追いやられた」という悲劇の物語で一人娘(クロエ・グレース・モレッツ)を洗脳し、驚異の殺人少女ヒット・ガールとして訓練していた…。更に、マフィアのボスの一人息子で、デイヴと同じくアメコミ世界に傾倒する青年クリス(クリストファー・ミンツ=プラッセ)が、レッド・ミストとして加わる。アメコミフリークたちによる常軌を逸した「ごっこ遊び」は次第に血生臭い抗争へとエスカレートしていくのだった。
キック・アス』は物語それ自体がアメコミヒーローへのストレートなオマージュとなっているが、夜な夜なコスチュームを身にまとい徘徊する「自称」スーパーヒーローたちの変態性をも相対化してみせる。ヒーローになりきったデイヴが鏡の前でポーズを決めまくる場面は、『タクシードライバー』のパロディだが、自警市民の狂いっぷりを映画的記憶を用いて描く秀抜なアイディアだ。『ダークナイト』や『ウォッチメン』が「正義という狂気」についての映画だとすれば、『キック・アス』は「アメコミ=ファンタジーという狂気」についての映画といえるかもしれない。従来のスーパーヒーローたちの異常に純化された正義感と違い、キック・アスたちにはどこか後ろめたい承認欲求や自意識がモチベーションとしてある。悪を正し、正義を貫くこと以上にマイスペースのフレンド数を重視する軽薄さ。レッド・ミストの登場にキック・アスが激しく嫉妬するくだりなどはかなり情けない。そんなレッド・ミストは非情なマフィアとして君臨する父親へのコンプレックスに突き動かされているし、ビッグ・ダディのドラマチックな過去も捏造されたものであることが示唆される(原作コミックではもっとヘヴィーな描写もあるので必見)。だからこそ、徹底してファンタジーを生きるヒット・ガールの苛酷なピュアネスには泣けてくる。この偽りのファンタジーがついには現実をも凌駕していくのだが、このプロセスにこそ『キック・アス』独自のパトスが宿る。「大いなる力がなければ責任はないのか」という『スパイダーマン』シリーズに根ざした問いかけに、持たざる者たちが各々の答えをつかみとって行くのだ。ペーソスあふれるなりきりヒーローたちの頑張りにげらげらと笑っているうちに、不意を衝かれて涙する瞬間が確かにある。物語の素晴らしさもさることながら、ヒット・ガールのアクション処理もここ数年のジャンル映画では屈指の完成度といえる。一歩外に出れば弱虫な僕らに、本当に勇気があることとは何なのか、改めて気づかせてくれる恐るべき傑作。

余白

・この映画が「狂気」についての映画であることは冒頭の「飛翔シーン」の悲しい結末からも明らか。キック・アスたちの活躍によって、ヒーローという狂気が蔓延することになったわけだが、果たしてそれはいいことだったのか。このあたりの清濁併せ持ったあたりもいい。
・コミック版を読むと本作がいかに手際よく映画化されたかがよくわかる。私が特に感心したのはレッド・ミストのキャラクター描写である。原作では、わりと狡賢い小悪党なのだが、映画では「悪」として必然的に成長する様子が描かれていた。さらに物語序盤、コミックカフェでデイヴ、つまりキック・アスが、クリス(レッド・ミスト)に話しかけようとするが、クリスのボディガードに阻まれるという場面がある。もし、ここでふたりが仲良くなっていたらすべてがうまくいっていたかもしれないのに、とおもうと胸が締め付けられる。
ニコラス・ケイジは自分の息子にカル=エルと名づけるくらいのフリークぶりなので、今回ずばりはまり役だったとおもう。実際本当にノリノリだった。ビッグ・ダディのダークな過去については映画では割愛されていたけど、ケイジでの映像見たかったな…。