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【名波浩、再びピッチへ】Vol.5 答えのない「答え」を、常に探し求めるー公認S級コーチに正式に認定

2012.09.20

文・構成=増島みどり

 7月12日、日本サッカー協会理事会で「全ての研修コースを修了し、筆記試験、口頭試験、指導実践、レポート全てにおいて合格したため、公認S級コーチとして認定する」と報告され、名波浩(39)はいよいよプロ指導者としてのスタートラインに立った。

 国内外の現場での指導実践を終えてレポートを提出後に、順次認定が行われるシステムで、7月には名波と、横浜Fで活躍した服部浩紀(41)が公認。さらにこのほど行われた理事会(9月13日)では、前園真聖(38)、小倉隆史(39)ら元代表、ヴェルディ川崎時代から活躍した菊池利三(39)、元横浜マリノスの神野卓哉(42)らJリーグのスタートでプロとしてのキャリアを積み重ねてきた選手ら、サッカー界の若き指導者候補世代が揃って公認され、これで2011年夏に受講した21人全員が新たな「プロ監督」として、いつでもデビューできることになった。

 2011年取得者までS級ライセンス保持者は合計366人に。ひとつの資格として取得する受講者から、現場に立ってプロクラブを指揮し、さらに代表監督を目指す元プロ選手から目的は様々だ。今回のS級は初めて30代がもっとも多くなり、名波、小倉、前園のほかにも、三浦文丈(42)、98年フランス・W杯代表の斉藤俊秀ら輝かしい戦績を残してきた元日本代表も多く受講した。11年の研修を振り返り、塚田雄二チーフインストラクターは「Jリーグのスタートから20年が経過し、指導の現場もまた大きな節目を迎えたこと実感するメンバーであり、内容だった」と振り返る。

 現役引退から4年でライセンスを手にした名波は、実際に現場で指揮を執る「未来」以上に、「実は、今が一番大切な時間になるのかもしれない」と実感しているという。

評論家から、監督の思考に近づく

1年をかけた研修が終わりました。

名波 公認されてから、大勢の人に連絡をもらい、「これで、いつでも監督になれるね」とか「どこか決まっているところはあるの?」と聞かれるようになりましたね。ただ、自分自身がS級を受けた瞬間「さぁこれで監督だ」と思ったかというと少し違っていた。ふと気付いたのは、これからの時間は、もしかするともう今しかない貴重なものなのかな、ということだった。

現場に立ってしまうと、急な流れに乗ることになってしまう。

名波 そう。クラブの監督にもしなることがあれば、勝敗の影響は自分にだけではなく、選手、スタッフ、クラブ、サポーターやスポンサー全てに及ぶことになる。強化を考え、補強や選手の発掘にアンテナを張る必要もあるし、メディアとの信頼関係を構築することも重要になる。だから、終了認定を受けた時、今の評論家としての立場から監督への助走期間とでもいえばいいのか、これからの時間でじっくりサッカーを見て、改めて学ばなくてはいけないんだと強く感じた。

具体的に、サッカーの見方が変わったなと思うことは?

名波 不思議なもので相当変化したように思う。評論家や、研修、実地指導でゲームを見ているより、もっと監督に寄った見方になったのかもしれない。例えば交代。今までなら、交代によってどうなるか、或いは、戦況を動かすためにどういう交代をするかといった全体像が主眼だったのが、今は、監督はなぜこの交代のカードを切ったかなど、監督の目に見えない意図、真意を深く考えるよう変化している。

私たち素人はよく、誰かが疲れているから、とか、より攻撃的に、またはシステムといった目に見えるチョイスですが、確かに監督の真意がそれといつも同じわけではありません。真意は明らかにならないままというケースもほとんどです。

名波 9月11日の日本代表のイラク戦(W杯最終予選第4戦)でも、累積警告で出場できない選手に代わったDFの配置にザッケローニ監督の深い意図があるのではないかと関心が沸いた。センターバックの吉田麻也が右に入り左に伊野波。吉田は左右どちらでもプレーができる器用な選手だが、攻撃の選手に左右の利き足があるのと同様に、DFにも、左ターンが苦手、右ターンが苦手といった不得意があり、さらに視野の確保の仕方にも特徴がある。実際に吉田は、オーバーエージ枠で大活躍したロンドン五輪では関塚監督が左に起用し、強豪スペインを含めてすばらしいパフォーマンスを見せている。

五輪は左でA代表は右。ザック監督にそれは何故かと質問することはありませんでした。

名波 もちろん組んでいる選手のコンビネーションや不得意は一番大きな要素だと想定できるし、対戦相手や状況も全く違う。でも、同じ選手を右に置くのか左にするのか、ただそれだけでも、監督の深い意図が潜んでいるようで、それを探ろうと様々な要素を推理するようになった。選手に聞いても全てがクリアになるわけではないし、監督にじっくり聞けるものでもない。ライセンスを手にしてから、そうやって答えの出ない答え、監督の隠れた意図をいつも考え続けるようになったように感じている。これも興味深い作業だし、今しか学べない「講義」かもしれない。

プレーヤーからコーチの気持ちになる

夏休みは子どもたちの指導も多かったようですね。

名波 アドバイザーとして参加する「ジュニアサッカースクールSKY」(ラボーナ主催)の夏合宿を、自分の故郷・藤枝で多くの協力をもらって開くなど、子どもたちと過ごす時間も長かった。

有望なレフティーもいますか?

名波 右、左に関わらず、上手なジュニアは大勢いるね。もちろん、今の代表選手を見ても、左右きちんと蹴ることができる選手たちの技術レベルは高いし、一般的に両方蹴りなさい、と教わるのは当然のこと。でも、自分は、それが右でも左でも強制はしない。両方蹴りたいと思えばやってみればいいし、もし左だけしか蹴らないという子がいても、右もやれ、とは言わない。その子には、それでもやれるレベルはあるんだよと教えてあげられればと。

ほかのカテゴリーの指導は?

名波 ほかにもジュビロの女の子たちにも教える機会があって(ジュビロ磐田レディース)、パスが意図を持ってつながったりするともう最高。誰に、どんな状況で教えていても、何かが表現されたときは本当に楽しい。合宿では、自分の試合が終わると隣でやっている仲間の試合に自然と応援に集まってきて、子ども同士、必死に応援すしている。そういう姿を見ていると何だか胸にグッとくるものがあって、勝たせてあげたいな、とか、いいプレーをさせてあげたいなと強く思う。

サッカーの喜びも変わるんでしょうね。さて、ファンも楽しみな監督としてのデビューですが。

名波 すぐに現場に立てるわけではないし、タイミングや状況はあるでしょう。ただ、もしそのタイミング、チャンスに恵まれたなら、自分はそれがどういう場所でも臆することなくチャレンジしたいと考えている。長いキャリアだから失敗はしないほうがいい、とか、選手としてのキャリアに傷をつけないようにといった考えもあるのかもしれないけれど、そういう考えにはとらわれないし、今しかできない勉強をしながら現場に立つまでをいい時間にしたいと思っている。

【バックナンバー】
Vol.4 コミュニケーションの重要性を改めて知る(川崎Fでの実地研修から)
Vol.3 人心掌握のためのヒントを探す
Vol.2 これまでとは違った視野、視点、視線でサッカーを見る
Vol.1 自分に足りないものを見つけて

[増島みどり]五輪、野球、サッカーを担当したスポーツ紙をへて、97年からフリーのスポーツライターに。ジーコ監督時も含め、W杯、予選、国際大会で日本代表に長く帯 同し、夏・冬五輪種目など広く競技、選手を取材する。著作多数。スポーツの速報や選手ブログを集める「ザ・スタジアム」を主宰。http://thestadium.jp/

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