6月28日、あるスマートフォン向けアプリがネットの話題をさらった。「目の前のアイテムが一瞬でキャッシュ(現金)に変わる」というキャッチコピーで登場した「CASH」だ。

 CASHは個人が所有する服やバッグをアプリで査定し、買い取るサービスだ。アプリで商品の写真を撮ると瞬時に査定額が表示され、ボタンを押すと売買に合意したこととなる。運営会社から即座に現金が振り込まれて、銀行口座やコンビニで受け取れる。

 利用者は品物を2カ月以内に運営会社に送るか、気が変わったら15%の手数料を上乗せして返金することができる。この点で炎上した。「仕組みが質屋に酷似している」「巧妙に回避しているが、実質的には貸金業のようだ」などという批判や指摘が、ネット上で相次いだのだ。

 翌29日の午前2時、28日午前10時に公開してからわずか16時間後、CASHは突然利用できなくなった。運営会社、バンク(東京都渋谷区)のウェブサイトで一時停止が告知されたのみだった。それ以来多くの報道があったにもかかわらず、バンクの光本勇介代表取締役兼CEO(最高経営責任者)は頑なに沈黙を守ってきた。このほど「日経ビジネス」の取材に応じ、「8月24日にサービスを再開する」ことを明らかにした。

 

 サービスを開始したと同時に爆発的に拡散→炎上→停止→再開に至る。その舞台裏では一体、何が起きていたのか。全貌をインタビューで明らかにする。

 (聞き手は広岡 延隆、武田 安恵)

6月28にCASHのサービスが突然停止してから、もうすぐ2カ月です。その間、沈黙を守ってきましたが、一体何が起きていたのでしょうか。

光本勇介CEO(以下、光本):まず、混乱によって多くのお客様にご迷惑をおかけしたことをお詫びします。正直ここまでの反響があることは予想しておらず、十分な体制が整っていませんでした。再開が約束できない状態では公に発言することもできず、ご説明が遅くなってしまいました。今回、8月24日に再開することを決めたので、お話させていただくことにしました。

バンクの光本勇介CEO
バンクの光本勇介CEO

なぜサービスを一時停止するという判断に至ったのかを聞かせてください。

光本:まず、あまりに短時間の公開でCASHに触れる機会がなかった方も多いと思うので、CASHがどのようなサービスかを説明させてください。

 例えば、靴を売りたいとしますよね。ブランド、使用状態を選択した後、アプリでパシャリと撮影します。アプリ側で画像認識をかけると同時に、転売したときにいくらで売れるかという複数のデータベースを参照し、すぐに査定額を弾き出す仕組みです。

売りたい品物を撮影
売りたい品物を撮影
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査定額が表示
査定額が表示
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集荷を依頼
集荷を依頼
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 査定額は最大2万円で、OKボタンを押すとお金がすぐに振り込まれます。利用者には2カ月以内に品物をこちらに送ってもらうか、お金を返すかの選択肢があり、後者の場合は15%のキャンセル料がかかるという仕組みでした。

 サービスを停止したのには、2つの理由があります。まず、わずかな時間で我々の想像以上のお金が出ていったことです。

 アプリが公開されていた時間は16時間34分間でした。その間にアイテムが7万2796回キャッシュ化(現金化)され、総額で3億6629万3200円になりました。利用者がボタンを押したら、本当に即座に振り込んでいまして……。

16時間で3億6629万3200円ですか……。

光本:はい。それだけではありません。

 CASHで売っていただいた品物は、アプリ経由で2カ月以内に集荷することにしていました。集荷タイミングは利用者が決められます。ところが、すぐに送ってこられるケースが予想以上に多かったのです。翌日から、1万点もの荷物が毎日うちの小さなオフィス(社員数は当時4人)に届くことになりまして。そんなことになるとは全く想定しておらず、倉庫も用意していませんでした。

顧問弁護士に相談して明確に違法性はないと判断

 一日で1万点。一体どんな状況だったんでしょう?

光本:当時の写真がありますが、見ますか?これは宅配便の方に「ちょっと届けられる状態じゃないので」と言われて、下に呼び出されたところですね。この頃は、アルバイトも雇って、全員で必死に荷物を仕分けしていました。

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荷物をバケツリレー
大量の伝票を処理

不謹慎かもしれませんが、なんだか笑えてきちゃいました。

光本:それ以外も、本当に大変だったんですよ。まず、3億円以上が一日で出ていったので、親しい仲間からも「破産したらしい」と思われていて。ネット上では「逮捕されて牢屋に入っている」という噂まで……。

牢屋はひどいですね。ただ、実質的に質屋や貸金業に当たるのではという、コンプライアンスに関わる指摘もありました。その点はどのように判断していたのでしょうか。

光本:こちらについては、弁護士にも相談し、明確に違法性はないと判断しています。

顧問弁護士として大手法律事務所の名前がウェブサイトに記載されていたのが、同じタイミングで消されていましたよね。

光本:掲載しているのは適切ではないと判断しました。事実関係としては、サービスをリリースする前から相談しており、現在も継続してサポートしてもらっています。当局からの連絡も、今に至るまで一切ありません。

それにしても、よく再開しようという気になりましたね。

光本:わずか1日、16時間半でしたがやってみて、想像以上のニーズがあることに気づき、事業としてのポテンシャルが高いと判断しました。あと、1日で多額の現金が出ていくなんてビジネスとして成り立つのかというご心配もありましたが、収益を確保できると踏んだのも再開した理由の1つです。

 6月28日からまだ2カ月も経っていませんが、91%の人がキャッシュ化した品物を送る、もしくは現金を返すといったいずれかの選択をしており、既に取引を完了しています。残り9%のほとんどもきちんと取引してくれるでしょう。今日も事務所に大量の荷物が届いていますから……。最終的な着地点は、95%くらいになるかなと思っています。

取り逃げする人は、意外と少なかったということですね。

光本:ふざけていると思われるかもしれませんが、当初から私たちはこのビジネスを性善説に基づき設計していました。真面目な話、世の中はある程度良い人がいると考えて、先にお金を振り込んできたのです。ただ「そんなみんながお人良しであるはずがない」との声があったのも事実です。でもやってみなきゃ分からないでしょう。ということで、やってみたわけです。

 結果はどうでしょうか。先ほど申し上げたように、ほとんどの人がちゃんと取引に応じてくれました。写真を送ったら瞬間的に現金が手に入るサービスって、おいしいですよね?

 1度踏み倒してアカウント停止され、二度と利用できなくなるよりも、また使いたいと思う気持ちの方が勝るはずです。アカウント発行には携帯電話の番号が必要なので、違う番号を使ってまたアカウントを作ろうと思えばできないことはないです。

 ただ、携帯電話を新しく契約する手間やコストは確実に2万円以上かかります。査定額の上限が2万円なので、そこまでして新しく番号を作る人もいないでしょう。あと、我々も念には念を入れており、全体の約3割の人が取引に応じない、つまり荷物を送らないし返金もしない人が発生したとしても採算が取れるようビジネスモデルを組み立てています。

質屋アプリとは言わせない

荷物を送る人と返金する人、実際にどっちが多かったのですか。

光本:今のところ98%の人が査定されたアイテムを送る、つまり買い取りを選択しています。15%のキャンセル料を支払って返金した人はわずか2%でした。この割合がどうなるかも最初分からなかったのですが、利用者のニーズがほとんど買い取りであることが、これではっきりしました。なので、再開するあたり、15%のキャンセル料を無料にしました。それと、94%の方が査定から1週間以内にアイテムを発送してくださったので、取引期間ももう少し短くできると考え、2カ月から2週間に縮めました。

え、ということはもう「質屋アプリ」ではないのですか!

光本:サービスを始めた当初も今も質屋とか貸金ではなく「アプリを通じて品物を買い取り、査定額を瞬間的に利用者の口座に振り込む」というコンセプトは変わっていません。査定から商品発送まで2カ月間の猶予を与えたのは「やっぱり返金するから売った商品を返してもらいたい」というニーズもあると考えたからです。

 我々もビジネスをやっています。考え直した結果、取引をキャンセルするとなった場合は機会損失に当たるわけですから、キャンセル料はその分いただかなければならない。それが15%だった、というだけです。

 一方で、「商品を返す」という選択肢を設けたがゆえに、結果的に15%のキャンセル料を含んだ返品の仕組みが「質屋っぽい」「高利貸しと変わらない」「手数料が高すぎる」というネガティブなコメントや評価につながったのも事実です。加えて、実際にサービスを始めると返金して商品を返してもらう人はほとんどおらず、たったの2%でした。だったらキャンセル料自体、なくしてしまえと。

なるほど。8月24日の再開に当たり、サービスの変更点はほかにありますか。

光本:口を開けていたらいくらでも現金が出ていくことが目に見えていますので、キャッシュ化できる金額(現金化できる金額)の上限を定めることにしました。月間3億円、つまり1日1000万円を上限に設定することで、キャッシュ化する原資や届く荷物の調整をしやすくしました。利用者には、あとどれくらいキャッシュ化できる残高が残っているか、可視化できるバーをアプリの中に設けました。キャッシュ化できる残高は、サービス開始後の状況を見ながら徐々に増やせればと考えています。

キャッシュ化できる残高が表示される
キャッシュ化できる残高が表示される
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写真一枚で買い取った物は、それなりの値段で売れるのでしょうか。そもそも御社は、儲かるんですか?

光本:今この会社が存続しているという事実を見れば、儲かっていると判断していただいてよいのではないでしょうか。我々の買い取り価格はリスクを見込みながら二次流通価格(ブックオフやヤフオク、メルカリ等での取引価格)よりも安く設定していますので、その分利幅が大きくなりますよね。ですから、本当にそれなりの値段で売りたい人は、他のサービスを利用すると思います。

 ただ、最近ネット上で「メルカリ疲れ」という言葉が流行っていることからも分かるように、商品を売るためにきれいに写真を撮る、購入者とやり取りする、といったことすら面倒くさいと感じている人が増えています。「査定額が安くてもいいから即換金したい」「売却までの手間をとにかく省きたい」といったニーズがすごく多い。CASHが爆発的にヒットしたのは、よりカジュアルに、よりスピーディーに現金が手に入るサービスが今までなかったからではないでしょうか。

メルカリ疲れの拡大、少額資金需要は大きい

 少額資金のニーズって、潜在的にすごくあると思っています。私がCASHを始めようと思ったのも、このような需要に手軽に応えられるサービスを提供したいという思いからでした。それがたまたま商品買い取りサービスだった、というだけです。今後もいろんなスキームで少額資金ニーズに対応できるサービスを作っていきたいですね。もう既に、いくつか走り出しているプロジェクトもあります。

CASHのような少額資金需要を満たすサービスは、貧困層や低所得者向けの金融サービス、いわゆる「貧テック」なのではないかという批判がネット上にあります。

光本:難しい問題ですね。私の思いははっきりしているのですが、下手にコメントするとまたネット上で炎上してしまうので……。サービスを始めるに当たり、お金に関する本もたくさん読みました。CASHによって手に入ったちょっとのお金で豊かになる人ってどれくらいいるのか。気軽にお金が手に入る分、人を不幸にすることもあるのではないか。色々と考えました。

 でもある時、吹っ切れたのです。飛行機に乗った際に目にしたある雑誌で、堀江貴文さんが「アルバイトで30万円貯めてマックブックを買ってデザイナーになる勉強がしたい」と話す若者に向かって「だったら今30万円借りてすぐにマックブックを買え」とアドバイスしていました。

 今すぐ勉強を始めれば、もしかしたら半年後にデザイナーとしてお金がもらえる仕事ができるかもしれない。だったら早く30万円借りなさい、と。これを読んで、自分のやろうとしていることにちょっと自信が持てました。

 2万円あれば、家族3人でディズニーランドに行けるかもしれない。子供の誕生日をお祝いできるかもしれない。1万~2万円の少しのお金が人生の選択肢を増やし、人の心を豊かにする可能性が少しでもあるのならば、CASHを世に出す意義はあるのかな。そう思ったのです。

色々と叩かれましたが、一歩を踏み出そうと思ったわけですね。

光本:はい。我々ベンチャー起業家は、世の中に新しいものを出すことを通じて、価値を創造し、市場を創造することが宿命であり、使命であると私は考えています。

 私はインターネット業界で10年以上働きました。ネットを通じて人様からお金をもらうことがどんなに大変か、これまで色々と経験してきました。人をだますのは簡単ですが、長続きはしません。私はCASHを継続して使っていただきたいと思っています。だから再開後も状況に応じてサービス内容をアップデートする予定ですし、その努力も惜しまないつもりです。

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