正論

イスラムテロに絡む歴史の背景 作家・石原慎太郎

誤解を招かぬために前言しておくが、私はたまたまワシントンに滞在中、間近に目にした9・11の連続テロに始まる「イスラム国」を含めての中東やアフリカにおけるイスラム系の残酷で非人道的なテロに共感する者では全くない。

しかし、今回のパリにおける新聞社襲撃などが続く無残なテロ勃発の度、極時的に起こる非難の中に根底的に欠落しているものが在るような気がしてならない。

それはこれらの事件が人間が文化を保有し、さらに加えて、いくつかの宗教を派生させてきた長い歴史の流れの中のいかなる時点で勃発したかという視点である。

≪現在も続く文明の相克と悲劇≫

ナイジェリアで多数の女子を誘拐し、奴隷化するなどと宣言したテロ団の指導者がカメラに向かってわめいていた「われわれはキリスト文明の全てを破壊するのだ」という宣言には、実はきわめて重い歴史的な意味合いが在る。

かつてニーチェは「西欧における神は死んだ」と言ったが、その神をこそ彼らは今改めて殺すと称しているのだ。しかし大それたその宣言の背景には、実は重く長い歴史的蓋然性があることを忘れては、この問題への正しい対処はあり得ない。

ヘーゲルは「歴史は他の何にもましての現実だ」と説いたが、キリスト教文明とイスラム教文明の相克ははるかに古く、2世紀におけるサラセン帝国とキリスト教圏との衝突に始まり、中世の十字軍騒動以来、実は今日まで続いている。

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