理屈を超越した「勇気」と「決断」強く優しい戦士たち

★桜林美佐「東日本大震災と自衛隊」

2011.04.18

 「もう、やめた方がいいですよ」

 陸自隊員がひたすら水中捜索をするところに通りかかった警察官が、傍にいた防衛省職員に声をかけた。

 水死したご遺体は、しばらく水面に浮かんだ後すぐに沈み、1週間ほどたつと炭酸ガスがたまって再浮上するが、やがてまた沈む。その後は浮かんでくることがない。すでに、その時期になっていたことから、見かねた警察官が忠告したのだ。

 中隊長にそのことを告げると、「分かっているんです。分かってはいるんですが、どうしてもやめられないんです。合理的でないと言われれば反論はできません。でも、どうしても…。私の判断は間違っているんでしょうか?」と言う。

 効果の上がらない作業に従事させることが是か非か。長い沈黙の後、

 「そのまま作業を続けてください」と答えた。

 ある学校を通りかかった小隊が、先生から「どうしても金庫に閉まった成績表を引き上げたいんです」と頼まれた。子供が行方不明のままの親御さんに、せめてもの形見にしてあげたいという。

 泥沼の中から金庫を取り出すのは至難の業だったが、小隊全員でなんとか地上へ。そこに視察中の上官が通りかかった。小隊長が慌てて、「すみませんでした。今後は捜索に集中しますので、今回だけは見逃してください」と懇願したところ、「素晴らしいことだ」と逆に褒められたという。

 厳密に言えば「非効率」「ルール違反」なのだろう。しかし、人の大事にする物を自分も大事にする心は理屈を超越する。それを決断し、また、見逃す勇気が彼らにはある。

 無理だと誰もが思っても、むなしい時間だと知っていても、人々は毎日、同じ場所に来て行方不明の家族を探す。その側で懸命に活動する自衛官の姿が、どんなに支えになっているだろうか。

 「俺、自衛隊に入る」

 ポツリと小学生が言った。なぜ? と聞くと、次のようなことだった。

 津波にのまれた父親が帰って来るのではないかと毎日、ずっと海を見つめていたところ、若い自衛官に声を掛けられた。理由を話すと、その自衛官は何も言わずに肩に手を置いて、しばらくの間、一緒に海を見てくれたのだという。

 震災の悲しみを乗り越えたとき、彼らの姿はもう被災地にはないかもしれない。しかし、強く優しい戦士たちの物語は日本人の心に刻まれるだろう。

 震災から1カ月。この春もまた、自衛隊の新隊員教育が始まった。 =第1部おわり

 ■さくらばやし・みさ 1970年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。震災後は防衛省内だけでなく、被災地の基地でも取材した。著書に『奇跡の船 宗谷』『海をひらく−知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業』(並木書房)など。

 

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