トランプ政治のアキレス腱
予想外の米大統領選挙における勝利以来、騰勢を続けてきた「トランプ相場」に暗雲が漂い始めた。先週末(3月24日)、米株式市場でダウ(工業株30種)平均が5カ月ぶりの7日連続安を記録し、その下げ幅は353.38ドルに達した。トランプ政権発足後初めての異変である。
きっかけは、選挙公約の経済政策の中で、議会の立法措置が必要な施策の第1弾として着手したオバマケア(医療保険制度改革)見直しの失敗だ。
トランプ相場の原動力は大型減税と大規模インフラ投資の2つだ。好況下で財政政策を出動することへの期待が、投機的なマネーを市場に呼び込んだ。
だが、減税やインフラ対策の実現のために必要になる議会対策は、オバマケアよりも遥かにハードルが高い。オバマケアを実現できないようでは、他を実現できるわけがない。そんな懸念が異変を加速させたのだ。
ただ、経済政策の実現性だけが市場の懸念事項と決めつけることはできない。閣僚級に加えて次官、局長クラスを含めた省庁の幹部人事で、トランプ政権が苦戦している問題は、より大きくて深刻な問題だ。

米国は、時の政権の方針を徹底するため、政権交代のたびに約4000人の省庁幹部職を入れ替える「政治任用(ポリティカル・アポインティ)」制度を採っている。政権交代と関係なく、年功序列で生え抜きが次官や局長に登り詰めるのが慣例の日本とは大きく事情が異なるのだ。
トランプ政権は、人脈の貧弱さ、政策の過激さが響いて候補者選びが難航しているうえ、内定した候補者も選挙戦のしこりで議会(上院)の承認を容易に得られない状況に陥っている。
この問題は、医療や経済だけでなく、外交、防衛・安全保障、エネルギー、環境、教育など幅広い分野に共通する、トランプ政権のアキレス腱だ。同盟国・日本にとっても、実に深刻な事態である。
今後どんな法案も難航するだろう
一連の米株式市場の下げ局面で最も下げが大きかったのは、先週火曜日(21日)だ。ダウ平均は前日比237.85ドル安と、昨年9月半ば以来ほぼ半年ぶりの大幅な下げを記録した。
下げ材料は、前述のように、オバマケアを巡る議会との調整の難航が伝えられたこと。これが、発足前から不安視されていた政権運営能力の弱さへの懸念を改めて掻き立てた。
我々日本人にも、決して「対岸の火事」と看過できる問題ではない。翌22日の東京市場は円高も重なり、日経平均株価が前日比414.5円安と、ニューヨークを上回る下げとなった。アベノミクスで万策尽きて、対米輸出だけが頼りの日本経済の先行きを暗示する株価の動きと言えるかもしれない。
上下両院で与党共和党は過半数を握っている。ところが、週末(24日)になっても、トランプ大統領と下院のライアン議長は共和党内部の対立すら解消できず、オバマケアの代替法案を成立させるメドを立てられなかった。
最終的に、トランプ政権が法案を撤回したという。この日のダウ平均は前日比59.86ドル安と、ついに7日連続の下落を記録した。
相変わらず強気の投資家からは、「日々の動きに一喜一憂することはない」とか「トランプ相場は政権発足から3月1日の最高値まで2700ドル上げた。そのピークに比べると、まだ520ドル弱下げたに過ぎない」といった異論も出るだろう。
しかし、これといった実績を上げられないトランプ政権が受けた打撃は侮れない。
エリート層を攻撃する一方で、人種差別的な発言や保護主義的な通商政策で「忘れられた人々」(低所得者層)の代弁者であるかのように振る舞い、選挙戦を勝ち抜く原動力を得たトランプ大統領には、もともと野党(民主党)だけでなく、与党内部にも根強い反発がある。
このため、どんな法案を通そうとしても、議会対策が難航するのは明らかだった。
そこで、トランプ政権が着目したのが大統領令だ。法律に匹敵する効力がありながら、議会承認が不要なため、これで実績を築こうと目論んだのだ。
その目玉が、トランプ大統領が政権発足の翌週に署名したイスラム教国7カ国からの入国禁止令である。だが、その1本目も、修正を加えた2本目も連邦地裁に差し止められて、トランプ政権は緒戦で何の実績を残せなかった。