翻訳者は月に一度、靴を履く・第4回(執筆者・池田真紀子)


 猫は、毛皮を着たミステリーです。
 うちの猫の例を以下に2つ。


1 目覚まし時計のミステリー
  ――アラームが鳴りはじめた瞬間にはもう、ベッドから床にすたん!と下りているのはなぜ?
 たとえば目覚ましの音が「ピピピピピピ……」なら最初の「ピ」か2つめの「ピ」で、「ポッポー、ポッポー」なら最初の「ポ」か「ッ」の時点で、すでに床に着地している。
 猫という種族は、「ピ」から次の「ピ」までのほんのわずかな時間に熟睡から覚め、匍匐前進の態勢を取り、毛布のなかをベッドのへりまで移動し、床に下りるという一連の行動を完了できる超自然的能力が備わっているということなのか。
 それとも単に、目覚ましが鳴りだす気配、人間の耳にはとらえられない機械の作動音か何かを敏感に聞き取って、アラーム音が実際に鳴る前から行動を開始しているだけのことなのか。
 いや、それ以前に、昼寝くらいしか予定のないアンタがどうして目覚ましで飛び起きるのよ。


2 缶詰のミステリー
  ――缶詰の開く音を聞くと、最高速ダッシュで駆けつけてくるのはなぜ?
 うちでは缶詰のゴハンを食べさせたことがない。ただの1度もない。したがって、缶詰=ゴハンという図式はできていないはず。なのに「カシュッ」と缶が開いた2秒後には、魔法のように足もとに出現して、期待のまなこで見上げている。私の膝で昼寝中に家人が缶を開けたような場合には、オフィスチェアがぐるんと回転しちゃうくらいの勢いで膝を蹴り、一瞬ののちには台所に消えている。
 あなたをそこまで駆り立てるものはいったい何? 先祖代々受け継がれてきた幸福な記憶のなせるわざ? 遺伝子は記憶も運ぶのか。


 ほかにも、コワイ思いをしたあと飼い主の首にしがみついてしゃくりあげる(ほんとだってば!)のは、人間でいうと泣いてるってことなの? とか、夜、窓際で月に向かって遠吠えする(ほんとだってば!)のは何のつもり? とか、一度尋ねてみたいことはたくさんある。
 でも、謎は謎のまま、勝手な想像をふくらませているほうが楽しいのかもしれない。


 最後にお知らせをひとつ。
 パトリシア・コーンウェル検屍官シリーズ最新作『スカーペッタ 核心』が12月中旬、講談社文庫より刊行されます。およそ24時間のできごとを文庫上下巻を費やして描いた濃密な一作。どうぞお楽しみに。



池田真紀(イケダ マキコ)
1966年東京生れ。上智大学卒業。主な訳書にディーヴァー『ロードサイド・クロス』、バゼル『死神を葬れ』、キング『トム・ゴードンに恋した少女』、パラニューク『ファイト・クラブ』、マドセン『カニバリストの告白』、アイスラー『雨の牙』など多数。