私は、国内線・国際線を合わせて年間70回程度、飛行機を利用していますが、常々「日本の航空会社の運賃は高い」と感じています。2大航空会社である日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)の運賃は、高額だと感じます。後に詳しく説明しますが、「高収益」なのもそのためだと分析しています。

 なぜ、こんな状況になっているのか。それはひとえに、「適正な競争」が起こっていないからでしょう。格安航空会社(LCC)が参入してきたとはいえ、国内の航空業界は、LCCも2社の傘下にある状況で、ほとんど寡占状態です。競合相手が限られる中では、健全な自由競争は期待できません。

 今回は、JALとANAの決算内容を分析しながら、この問題の本質に迫ります。

(写真:ロイター/アフロ)
(写真:ロイター/アフロ)

経営破綻によって「身軽」になり、収益力を上げたJAL

 はじめに、JALの2017年3月期決算から見ていきましょう。売上高は、前の期より3.6%減の1兆2889億円。営業利益は18.6%減の1703億円。最終損益は、5.9%減の1641億円となっています。

 減収減益ではありますが、自己資本当期純利益率(ROE)は18.1%という驚異的な数字となっています。ROEとは、「株主が会社に預けているお金を使って、どれだけリターン(利益)を稼いでいるか」を示す指標。経済産業省主導で作成された、いわゆる「伊藤リポート」が示す「ROEの目標は8%」という数字から考えても、同社はかなり高い水準と言えます。さらには、会社の中長期的な安全性を示す自己資本比率も、56.2%と非常に高い数値です。

 ちなみに、7月31日発表の2017年4-6月期決算は、売上高は前年同期より5.9%増の3148億円。営業利益は12.0%増の247億円。最終利益は32.9%増の195億円。国際線のビジネス利用が伸びたこと、国内線も機内インターネット接続無料化などによって旅客数が増えたことで、好調な結果となりました。

 JALの業績を見る上で注意しなければならないのは、2010年1月に会社更生法の適用を申請し、破綻した時にとられた優遇措置の影響です。その直前に発表された、2009年4-9月期の決算内容を振り返ってみましょう。

 売上高は前の期より28.8%減の7639億円。営業損益は、前の期の302億円の黒字から、この半期は957億円の赤字に転落。最終損益は、366億円の黒字から1312億円の赤字になりました。自己資本比率も8.2%まで悪化しました。いうまでもなく「危険水域」です。

●株式会社日本航空 2009年4-9月期決算 貸借対照表(抜粋)
2009年3月末 2009年9月末
資産の部
現金及び預金 163,696 97,588
資産合計 1,750,679 1,682,719
負債の部
短期借入金 2,911 21,785
1年内償還予定の社債 52,000 17,000
1年内返済予定の長期借入金 128,426 181,410
社債 50,229 50,229
長期借入金 567,963 572,434
負債合計 1,553,907 1,523,450
純資産の部
利益剰余金 △ 21,874 △ 159,397
純資産合計 196,771 159,268
負債純資産合計 1,750,679 1,682,719
(単位:百万円)

 注意すべきは、当時の「有利子負債」です。貸借対照表の負債の部を見てください。短期借入金や長期借入金、社債などを合計すると、約8428億円になります。

 一方、手持ちの「現金及び預金」は、975億円。2009年3月期末より半年で661億円減少しています。さらには、純資産の部にある利益剰余金、これは利益の蓄積を示すものですが、マイナス1593億円となっています。当時の財務内容は、いわば惨憺たるものだったのです。

 その翌年、ついに経営破綻に追い込まれたJALですが、見事にV字回復を果たします。成功要因はいくつかあり、一つは、再建を託され会長に就任した京セラ創業者の稲盛和夫氏の改革が大きく貢献したことです。不採算路線を廃止してスリム化を図り、従業員の「行動改革」や「意識改革」を徹底したのです。

 もう一つは、破綻処理にともなう負担軽減措置です。借金の棒引きと公的資金の注入、さらには法人税も減免されました。

 先にも触れましたが、破綻前の有利子負債は8424億円。年間180億円程度の利息を支払っていました。その巨額の有利子負債は、破綻時に10分の1程度まで棒引きされ、支払利息の額も大幅に減少したのです。ちなみに、2017年3月期に計上されている有利子負債は、合計で1152億円。支払利息は、わずか8億円です。

 身軽になったJALは、財務上の自由度が高まったのを好機に、積極的に設備投資を行います。例えば、燃費効率の悪いジャンボジェットB747をやめて、新しい小型機や中型機を次々と導入しました。

 こうして事業構造をがらりと変えたことで収益率が向上し、ROEや自己資本比率もどんどん高まっていったのです。今後は、破たん後に得た「軽減措置」のために積極的な戦略がある程度規制されていた「足かせ」がなくなり、さらに積極的に事業を展開することが予想されます。

JALはANAよりもはるかに収益率が高い

 続いて、ANAの決算内容を見ていきましょう。2017年3月期は、売上高は前の期より1.4%減の1兆7652億円。営業利益は6.7%増の1455億円。最終利益は26.4%増の988億円。こちらも、かなり良い業績です。

 ROEは11.6%。JALほどではありませんが、高い水準です。自己資本比率も39.7%と安全性の高い数字になっていますね。

 8月2日に発表された2017年4-6月期決算では、売上高は前年同期に比べて11.7%増の4517億円。営業利益は80.0%増の254億円。最終利益は、668.4%増の510億円。業績が大幅に伸びた理由は、国際線の旅客や貨物が伸びたことに加え、格安航空会社ピーチ・アビエーションが連結子会社になったことが影響しています。

 ここで、JALとANAの収益率(※通期で見るため、2017年3月期の決算内容で計算)を比較してみましょう。

●航空2社の収益率の比較(2017年3月期)
JAL ANA
売上高営業利益率 13.2 8.2
売上原価率 71.9 75.1
販管費率 14.9 16.7
有利子負債 152,223 729,877
支払利息 843 9,804
(単位:百万円、%)

 売上高営業利益率(営業利益÷売上高)を計算しますと、JALは13.2%。ANAは8.2%。JALの方が効率よく稼いでいることが分かります。

 その前提となる売上原価率(売上原価÷売上高)は、JALは71.9%、ANAは75.1%。ANAの方が、費用がかかっているということです。また、販管費率(販管費÷売上高)は、JALは14.9%、ANAは16.7%となっており、こちらもANAの方が高くなっています。

 つまり、JALの方がANAよりも利益率が格段に高いと言えます。

 ANAの有利子負債を計算しますと、合計で7298億円。支払利息は98億円計上されています。一方、先に説明したようにJALは破綻によって借金を棒引きされたお陰で、支払利息を8億円程度まで抑えています。

 この点でも、JALの方が利益を上げやすい構造になっているのです。破綻したことで身軽になったことは、収益率の向上にも大きく貢献していると言えるでしょう。

 これは、海外の航空会社にも同じ事が言えます。2011年11月に米連邦破産法11条を申請したアメリカン航空、2005年9月に破綻したデルタ航空は、経営破綻を機に身軽になり、構造改革を進めたことで、収益率が大幅に改善されました。

日本の航空業界は、適正な競争が起こっていない

 JALとANAの業績を振り返ってきましたが、私は、ここで2社の企業努力を讃えたいわけではありません。冒頭でも触れましたように、日本の航空運賃が高すぎることにフォーカスしたいのです。

 先にも触れたように、JALとANA、特にJALのROEは驚異的な高さです。「資本や資産を効率的に使って利益を上げている」と言えば聞こえはいいのですが、経営破綻に伴う負担軽減措置という「追い風」も相まって、少々稼ぎすぎではないかとも感じます。しかし、その高収益の根本的原因は「寡占」ではないでしょうか。

 日本の航空会社がかなり高い利益を上げているのは、運賃が高いからでしょう。それは、国内の航空業界はJALとANAで寡占状態となっており、適正な競争が起こっていないからです。

 国内を運航している航空会社は、ほとんどがANAかJALの傘下になっています。特に、私が疑問に感じたのは、2015年1月にスカイマークが民事再生法の適用を申請し破綻し売却された際に、ANAが共同スポンサー企業になったことです。この時、エアアジアなどのLCCがスカイマークを買収していれば、国内の運賃体系も変わっていたのではないかと思います。

 日本の航空運賃が高いから、新幹線の料金も高い。JR東海も「超」がつくくらいの高収益企業です。交通は社会のインフラですから、その料金が高いということは、国民にとって大きな負担となります。

 「独占・寡占」は、国民経済にとってプラスになるからこそ許されるものです。規模のメリットによって、国民に安価にサービスを提供できるという前提があるからこそ、独占や寡占は許されているのです。

 それが単に企業、それも既得権益の利益になってしまうのであれば、問題は大きいでしょう。日本で飛行機を利用する場合、航空会社の選択肢は非常に限られています。その中で競争が起こらないことは、決して良いことではないのです。

 先にも少し触れたように、JALの経営は、2016年度末まで国交省の監視下にありました。それまでは、新たな投資や路線の開設が制限されていましたが、その期限を過ぎた今、自由な戦略をとることができます。

 ここで適正な競争が起こり、国民にとって非常に重要なインフラである航空便の運賃が下がり、さらには新幹線の運賃も安くなることを心より期待しています。

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