渋谷のHMVが閉店したことが大きな話題になりました。

音楽業界もCDの売れ行きが急激に落ちています。
レコードがCDに変わり、そしてネット配信になったことが原因とされます――オヤジとしてはなかなかついて行けません。
ある人は不況で,携帯電話代の支払いで精一杯。CDまで買えなくなったと言います。

でも、音楽業界の衰退は、不況やネット配信という媒体変化が原因なんでしょうか。なんか違うんじゃない。本当は、時代を表現する音楽がなくなったからではないんでしょうか。

言論や学問と同じく、音楽も時代を表現しておらず、人々の心の渇望を歌っていないのです。

以下は、シンコーミュージック発行の音楽雑誌『ULYsses』N0.2,2010年冬季号(2010年4月1日発行)に掲載した拙稿です。

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誰もが抱く日常の渇望をなぜ歌わないのですか
拝啓 ジョン・レノンさまへ
まるで真心ブラザースの歌みたいな書き出しですみません。彼らは生まれた時にあなたがすでに死んでいたことを悔やんでいましたが、僕は、生きていたあなたが作った歌を同時代で聴いていたオヤジです。
ジョンさんが亡くなってから30年がたちますが、あなただったら、今どんな歌を作り、歌うでしょうか。いま時代を共有する音楽が見当たらないのです。創造的で爆発的な勢いのある歌もありません。カラオケのランキングを見ても、ほとんど昔流行った曲ばかり。この国は衰退しているからなんでしょうか。
僕は、あなたたちビートルズが8トラックの多重録音を始めた時はびっくりしました。とにかく創造的でした。山下達郎が自分の声を重ねて曲を作ることができるのも、あなたたちがあったればこそです。しかし、技術の進歩は恐ろしく、ほとんどコンピュータなしに曲作りは考えられなくなりました。今やあなたの音楽はもはやレコードで聞くのは困難です。おかげで、ビートルズのレコードも含めて全部CDに買い替えなくてはならなくなりました。ところが、ネット配信が増え、みんながCDショップに並んで流行のCDを競って買うこともなくなりつつあります。評論家たちは、人の嗜好が多様化したとか、デジタル化して音楽も「個化」したとか、わかったような解説をしてくれます。
しかし、こういう説明に、僕はどこか違和感を覚えます。僕はジョンさんの「反時代性」がとても好きだったのです。時代の「常識」と絶えず衝突する「非常識」からしか新しい音楽は生まれません。ジョンさんは、みながハードになっていくその時にアコースティックになったり、みなが反戦平和を歌わなくなった時に反戦歌を歌いだしたりしましたね。あなたの時代に逆らう曲が、僕の中に眠っている当たり前の渇望をかきたててくれました。
話は「高級」な音楽にかぎらず、アイドル音楽にも当てはまります。僕は、アイドルだって反時代性がなければ爆発力を持たないと思います。「モー娘。」がそうでした。「モー娘。」は、九七年七月にテレビ東京の「ASAYAN」という番組のオーディションで落選し、五人の初代「モー娘。」は「愛の種」という曲を五日間で五万枚売ることがデビューの条件とされました。実は「モー娘。」は、ホリプロのタレント・キャラバンのサクセス・ストリーとは逆に、負け組再チャレンジの物語でした。しかも、「モー娘。」は新メンバーが加わっては卒業させ、主役も入れ替わっていく世代交代が次々と起きます。時には、その対立が表面化さえします。安倍なつみと後藤真希の「対立」は有名でした。その一方で、陰湿な派閥対立の代わりに、プッチモニ、タンポポ、ミニモニ。などつぎつぎとグループ内に複数の小グループができます。つまり「モー娘。」は、若者にとって耐え難い日本の会社組織や学校組織のありようとは正反対の「組織」だったのです。
ところが、最近のAKB48は、再び「おにゃん子クラブ」に逆戻りです。しかも彼女らが来ている制服は軍服にさえ見えてきて、これでは若者は「解放感」を感じることができないでしょう。
男女の「小さな愛」を歌う、今時の盆踊りみたいなラップ系の音楽を聴いていると、何も新しいものは生まれてこないように思えます。若者は、二人に一人が非正社員、正社員になっても滅茶苦茶働かされ、いつ会社が潰れたりリストラされたりするか、わかりません。若者にとって、こんなに閉塞した状況ですから、幸せな家庭を築くことくらいしか希望を持てません。しかし、終身雇用がなくなり、それさえ保証されていないのが現実です。それは希望ではなく幻想にすぎません。
反時代的だったジョンさんだったら、どんな歌を作るでしょうか。もちろんジョンさんだったら、イラク戦争やアフガン戦争に反対するでしょうが、きっと愛の日常を歌うような気がします。今の世の中、うわべだけで若者が本当に置かれている愛の渇望を歌っているようには思えないからです。たとえば、愛し合っているのに、非正社員じゃ結婚なんてとてもできない。不安定な身分の自分には女性は決して振り向いてくれない。子ども生むと、会社を首になりそうで、保育園もなく教育費も高くて一人つくるのも精一杯で、とても子どもなんか生めやしない。その一方で、児童虐待や育児放棄で、子ども愛せない親と子の関係がありふれている。「ストロベリーフィールズ・フォエバー」は、親に「捨て」られたジョンの哀しい子どもの頃の経験を背景にした歌でした。
考えてみれば、ジョンさんはオノ・ヨーコさんとの間に子どもが生まれて、専業主夫宣言をして仕事を休みましたね。いまだに育児休業は十分に保証されていませんが、あれは三〇年以上も前のことでした。「Woman」は本当に優しい愛の歌です。今も、どの歌より新しいと思って聴いています。
敬具
金子勝より
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考えてみると、僕らオヤジ世代は、誰が未知の未来を先取りしているのか、過敏と言えるほど神経をとがらして探そうとしてきました。私がジョン・レノンに感じたのも、この未来を先取りする精神です。たとえば、イマジンは「想像してごらん。国境もない、殺す理由も死ぬ理由もない、そして宗教もない…」と歌います。そこにあるのは、巷のグローバリゼーションとは正反対のグローバリゼーションの姿です。

しかし、この文章を書きながら、書き残したものがあるなあと思っていました。

そう、レディ・ガガ(Lady Gaga)の存在です。
2008年秋のリーマン・ショックによって壊れかけた米国経済と社会のストレスの中から、大ブレークしてきたスーパースター。
レディ・ガガは、レスビアンにしてストリッパー。そして自作で作曲する。
奇抜な衣装でランチキのように踊り狂い、歌い狂う。

ララ アハハハ ロマ ロママ ガアガア ウラララ…と意味不明の歌詞から始まるBad Romance…、メチャクチャなコスチュームで踊り狂うレディ・ガガ。時には、ほとんど素っ裸でダイブするとか…。
ビヨンセとコラボしたTelephoneもなかなかの迫力です。

たしかに、壊れています。

今や、米国ではダブルディップ(二番底)が起きるかもしれないと言われています。
いや、あまりに低空飛行ゆえに、これ以上落ちようがないから二番底はないっていう人もいますけど、結局、ひどいことに変わりはありません。

バブル崩壊後の不良債権問題を流動性の供給(金融緩和政策)にすり替え、100年に1度の金融危機なのにインチキな不良債権のずるずる処理によって、ウォール街の金融機関救済に明け暮れてきたガイトナー財務長官、サマーズ国家経済会議議長、そしてバーナンキFRB議長ら。

オバマが掲げた「チェンジ」も幻だった…。
あれほど期待させたオバマの演説のうまさは、かえって詐欺師の臭いにさえ感じさせてしまい、ついにオバマへの不支持率は支持率を上回りました。ワシントン政治に妥協して多くの米国民を裏切った報いです。

しかも代わって出てくるのは、元アラスカ州知事のペイリンです。宗教原理主義者たちのようなオバカな主張でうまったティーパーティ(茶会)運動が、それを支えています。

日本ではアメリカをまた「すごい」って言って恋している人もいるけれど、アメリカは壊れています。たしかに、坂本冬美の「また君に恋してる」はなかなかいい歌だけど、もう恋人は終わっているんですね…。

実際、住宅ローン減税が終わり、1兆ドル以上もの住宅ローン担保証券(MBS)をひたすら買い続けたFRBも行き詰まってきました。きっと、これからMBSの焦げ付きも出てくるでしょう。どうするんでしょうね。さらに、年間1.4兆ドルにも及ぶ膨大な財政赤字を国債買い取りでひたすら支えようとしていますが、ドルもいつまでもつんでしょうか。
あ~あ、ニッポンとそっくり。

これから、ニッポンがモデルにしてきたアメリカも、ニッポンの真似をして壊れていくんです。そして今度は,ニッポンの民主党政権が、アメリカのオバマ民主党政権の真似をして壊れていくんです。

壊れていくモノは全て、ぶっ壊れるときに、爆発的なエネルギーを発します。明治維新が訪れる前の幕末における混乱期に、「ええじゃないか」が流行したのと同じです。
猛烈な勢いで壊れていくモノと新しく生まれてくるモノとの間にはタイムラグがあり、その間の空白は、行き場のないイラ立ちとエネルギーの発散を引き起こします。
レディ・ガガに感じるエネルギーは、それではないでしょうか。そう、レディ・ガガは「米国版ええじゃないか」じゃないでしょうか。

でも…
この国も壊れかけていますが、出てくるのはAKB48です。
韓流の少女時代やカラにも負けそう……もう終わっていますね。
この国には、新しいモノも、爆発的な崩壊エネルギーを発する歌も言論もどこにもないのです。

何が「イラ菅」ですか、私はあなたにイライラしているんです。