電子書籍の未来について考える(2/4) 変化はどう起こるか?

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電子書籍の変化について

前回に引き続き、電子書籍の変化について考えてみたい。
今回は、「電子書籍の普及によって何が変わるのか?」について焦点をあてて考察してみたい。
音楽コンテンツ市場がアナログからデジタルに移行したように、紙書籍でも現在進行形で移行が進んでいるが、果たして何が変わるのか?音楽コンテンツとはやや違った変化を見せると個人的には考えている。


HTMLと電子書籍

電子書籍とは何か?単にテキスト情報ならHTMLでいいのではないか?と思う。

「電子書籍」という単語を使うことで目新しさが出て、課金する口実もなるほどできる。事業者からすれば格好の言葉である。しかし随分前から我々はHTMLでテキストを読んできた経験がある。この差はどこにあるのか?
個人的には、これは単に「見せ方」でしかないと考えている。実際には、同じテキスト情報であるため、本質的な差はそこには存在しない。

しかし、HTMLで長編小説を読む気になるだろうか?HTMLで絵本や図鑑を見る気になるだろうか?また、全ての書籍情報がHTMLになるだろうか?なるわけがない。
つまり、HTML(無料)と電子書籍(有料)では住み分けが行われることになると考える。


いらない新聞、なくならない新書

新聞は情報ソースとして様々なジャンルの情報がまとめて掲載された便利なメディアではあるが、基本的な性格は、「一次情報の速報」であり、この分野でネットには勝てない。事件が起これば、電車に遅延が起これば、即座にTwitterに情報が流れる時代に、新聞というメディアは電子書籍化に向かない。
一次情報は、1億2000万人全員が発信する時代なのだ。単に一次情報の送信のみで有料化、電子書籍(電子新聞)化するのは難しいだろう。
(現に、新聞メディアの電子有料化に成功しているのは、世界的に見ても経済専門紙くらい)

しかし、新書はなくならない。新書は政治・経済・生活・文化・倫理などあらゆるジャンルの時事ネタを分かりやすく解説してくれる書籍形態だが、新聞などのメディアで取上げられているネタにしているケースが多い。新書と新聞の差はどこにあるだろうか?

新書には「情報を取りまとめる」「著者の意見、論評」があり、情報に十分な加工が施されて提供されている。つまり、一次情報に専門家の味付けされており、誰もが発信可能なものではなくなっているのだ。
このような情報は、決してなくならないだろう。無論、電子書籍として販売されることになるだろうが、依然、新書というジャンルは存続していくと考える。
(iPhoneアプリでも新書の電子書籍版はよく売れている)


コンテンツミックス

電子書籍という言葉はなくなるかも知れない。「紙」という制限から開放された「書籍」は、「読む」以外の「見る」「聞く」「触る」といった感覚をも取り込んでいくことになるからだ。

例えば、漫画はアニメの要素が入るだろうし、小説には効果音やショートムービーが入るだろうし、絵本はインタラクティブなコンテンツへと進化する。
また、これまでの「紙」ならではの一方行的な進行形態から、階層構造などの複層的な進行形態のコンテンツが出てくると思われる。

想像してみてほしい。人気コミックを電子版で読めば、戦闘シーンなどの山場はムービーが展開され、当然音声や効果音、挿入歌も入っている。途中の場面では選択肢が表示され、選択肢によってストーリーは変化するのである。また、他のファンとのコミュニケーションをネット上で行い、そこに作家もしばしば登場するのである。(最終的にコミックなどは、ゲームにかなり近しい存在になっていくのではないだろうか。)

想像してみてほしい。ホラー小説を読んでいて途中から深夜の学校の中を歩くムービーが展開され、どこからともなく足跡の音声が入る瞬間を。
想像してみてほしい。歴史小説を読んでいて、興味を持った登場人物の史実やゆかりの地などの詳細データと連携していることで、より深く歴史を知ることになる瞬間を。
想像してみてほしい。動物や昆虫などの図鑑を開いて、3D展開可能な立体映像やムービーが格納されていて、アマゾンのジャングルの映像を見ている瞬間を。

電子書籍というのは、単に書籍をPDFなどのデジタルに置き換える行為ではない。デジタルならではの全く新しいコンテンツ産業の幕開けなのである。知的欲求心を高度に刺激する新しい情報形態の誕生なのである。考えただけでワクワクしないだろうか。

この新しいコンテンツ形態、米国ではエンハンストブックと呼ばれているそうだ。

▼「エンハンストブック」に挑む米出版業界(と新種の会社)
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110127/1029846/




作家、漫画家以外の著者

コンテンツミックスが増えてくると、当然必要になってくるのが制作する人間である。従来のように作家と編集者がいればいいわけではない。

そこには、作家、漫画家の他に、アニメーター、CG制作者、デザイナー、カメラマン、イラストレーター、アートディレクターなど多様なカテゴリのアーティストが電子書籍制作に必要になる。
様々な分野のアーティストが電子書籍というコンテンツを活用して消費者に新しい体験を提供することができるのである。

陣頭指揮を執るのが必ず作家や漫画家とは限らない。写真家やアートディレクターがディレクターとなる作品も多く登場することになるだろう。電子書籍とはアーティストが自己表現を行うメディア形態になる可能性のある存在なのだ。


販売形態、流通形態、価格支配権

従来の形態は、当然破壊されてゆく。再販制度や取次の存在はデジタルの世界では価値を失う。消費者はWEBストアで作家から直接購入することができるようになっているからだ。出版社を通して流通する書籍も依然存在し続けるだろうが、旧来の機能やパワーは持ち得ない。

まずは、価格支配権が揺らぐ。アメリカでは、電子書籍ストアが価格支配権を獲得している。Amazonは、9.99ドルで固定。Appleは、12.99~14.99ドルで固定化しようとしている。無論、出版社の反発は受けているが。(※元来アメリカでは書籍の価格決定権は書店にある)

次に、コストをかけなくても出版できるため、書籍コードを持たない電子書籍市場でのみ流通する書籍が増える。これは、出版社の相対的な影響力の低下を示す(※既に1000DLを超える無名著者の作品がいくつか出てきている)。
今後、電子書籍にも対応した統一コードが確立されるだろうが、その時の出版社に現在の勢いはないだろう。

一方、書店も電子書籍市場では存在感を出しえない。電子書籍ストア(オンライン書店)の覇権争いに、リアル書店が勝てるわけがない。餅は餅屋なのだ。書店はいよいよ本格的に厳しい生き残り時代に突入するだろう。


課金形態・コスト構造・印税率

従来のOne Shot(1回限りの売り切り)での課金形態だけでなく、月額課金や追加課金、フリーミアムなど多様な課金形態が同じ「電子書籍」の中から出てくることになる。長編モノのコンテンツは、月額課金などで売上を確保・固定化することも可能だ。

そうなれば当然、コスト構造も変わってくる。従来の出版社独占のプライシングは通用しない。そもそも出版社を経由しないコンテンツが溢れてくる。印刷コストはなくなる。流通コストも極小化される。また作家の印税率が10%と低率なのも、既に各ストアは30%~40%程度を提示しはじめている。

無論、定価自体は同じ内容であれば紙書籍と比較して下落傾向にあるわけだが、作家の印税比率は極端に上がる為、販売部数が同じであれば作家は電子書籍市場のほう魅力を感じるようになる。
またコンテンツミックスによる完全オリジナル作品であれば、新たなプライシングが可能になり、紙書籍より高価格での販売も可能だ。


物理的な制限からの開放

Amazonは、書籍販売をデジタル化(EC化)することで、書店在庫量を無制限(倉庫という制限はあるが)にし、ロングテールモデルを築き上げた。

これと同じように、出版社(側)は、重版や増刷、復刊などを気にすることなく、販売が可能になる。過去のコンテンツも全て販売対象となり、過去の蓄積を収益に転化させることも可能だ。
これは出版社には大きなメリットだろう。価格を下げて販売することもあるだろう。コンテンツの鮮度によって、価格に弾力性を持たせることには現実感がある。


読者層の拡大

電子書籍化が進めば、潜在的な読者層は拡大することになる。
活字離れと言われているが、日本国民全員携帯でメールコミュニケーションをし、SNSやBlogで情報を発信しており、日々活字は見ている。文学作品などの「紙」で活字を見る頻度が減っているだけで、活字文化は別の場所で進化しているのだ。
現に、携帯電話でのメールに適した顔文字や短縮語などが日々生まれており、まさしく新しい進化と言えるだろう(文化性についての議論はさておき)。

電子書籍化がもたらすものは、それらデジタル環境に適合することであり、SNSやBlogと同じ土俵に立てるということであり、ユーザー層の裾野を広げることになるだろう。


新たなライバル

一方で、デジタル化するということは、デジタル内での競走に晒されることを意味する。アプリ、ゲーム、メール、WEB、動画、SNS・・・。1つのデバイス内で時間占有率を争うことになるのだ。

通勤通学時間、1人の待ち時間、寝る前のちょっとした時間に、電子書籍を選択されるか他の何かを選択されるかの競走をすることになる。当然、ゲームなどに一定層のユーザーが奪われるだろう。全ては競合商品・サービスになるのだ。

しかしながら、総体としてみれば、書籍コンテンツはユーザー層を拡大することになるだろう。それくらい電子書籍化は大きな市場創造につながるのだ(言い換えれば出版不況なのだ)。既にiPhone、iPadアプリの最も多い形態が電子書籍アプリなのである。

▲FLURRY社 2009年11月1日同社blog掲載


いつかなくなる紙書籍。それでも残る紙書籍

全体の流通量からする紙書籍の比率は相対的にどんどん減ってくるだろう。現に、HTMLが登場して以来、人々が読むテキスト情報の総量に占めるデジタル比率はどんどん上昇している。
カラー電子ペーパーなどデバイスの進化と普及によって、主役の座や影響力の大きさはどんどんデジタルへ移行していくだろう。

しかし、それでも紙書籍自体はなくならない。特定の領域で紙書籍は必ず残る。ゼロにはならない。それは、紙ならではのメリットがあるからだ。また、CDがそれでも売れているのと同じで、圧倒的なインフラ(書店流通網)があるからだ。このインフラによって、消費者は紙書籍を購入し続けることになる。




まだまだ成長過程な電子書籍市場。「ユーザー不足」「混沌市場」「出版社の及び腰」「単なるデジタル化」が改善される頃に、電子書籍は流行から文化としての段階に移行するものと思われる。

さて次回は、電子書籍の未来について考えてみたい。

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