経済学を学ぶ人が絶対に知っておくべきこと 無意識にあなたの価値観を支配する怖さ

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政策をつかさどる人たちは、自分が目指す社会の実現のために政策を考えます。そのためには、自分の政策を基礎づけてくれる政策思想、価値観を共有し、方法論を提供してくれる理論的枠組み――ロジックが必要です。

彼らは、自分の考えを支えてくれる経済理論を「学派」の中から選び取り、それを学び、身にまとい、武器にして政策を立案し、遂行します。

他方、そういう「政治の行動様式」を知る世のエコノミストたちは、自分の経済理論(とそれに基づいて構築した自分の「政策提言」)を世に問い、広め、それぞれ一生懸命に政治家に働きかけます。

その姿を評して、クルーグマンは「政策を売り歩く人々」と言いました。
こうして、政治と経済、政治家と経済学者の共生関係が生まれます。

経済学は政治の僕(しもべ)となり、政治は経済学派(学者)の「陣取りゲーム」の場となる。言ってみればそういうことです。

右側の経済学と左側の経済学

著者は、アダム・スミス以来の経済学の系譜を改めてひもとき、経済学を「右側の経済学」と「左側の経済学」に区分しています。この両者を区分するいちばんのメルクマールは、「市場の機能に関する認識」がまったく異なっていることだ、と著者は説きます。

経済規模を規定する主因を何と考えるか、経済活動における供給に着目する経済学と需要に焦点を当てる経済学、ということです。

この区分は、決して著者の独断と偏見によるものではありません。

著者は、アダム・スミスに始まり、マルサス、セイ、リカード、ケインズ、ミュルダール、ヒックス、ガルブレイス、フリードマン、クルーグマンなど、経済学の系譜に登場する数多くのそうそうたる経済学者の著書や私信などの原典に丹念に当たり、彼らがいつ何を考え、何を主張し、その主張がどのように変遷し、相互に影響を与え合ったかを、実に丁寧に、それこそ「実証的」「客観的」に示し、体系化しています。

これ自体が「経済学史」として一級の研究成果というべきです。

両者は、出発点の違いだけではなく――むしろ出発点が違うがゆえに――そこから帰結される「学の体系」も大きく異なっています。

右側の経済学は、基本的に「見えざる手」を前提に、市場を通じた「私的利益と公共善の予定調和」という思想に立脚しています。したがって、将来起こること(その確率分布)はある程度既知であると考えます。これを「リスク」と呼び、リスクを想定することによって将来予測は可能と考えます(エルゴード性の定理)。

この考え方からは、貨幣ヴェール説が導かれ、金融政策に関する「現在の株価は将来に対するあらゆる情報を織り込んだうえで成立している=効率市場仮説」との親和性が導かれます。

市場への信頼を基礎におく右側の経済学の考え方からすれば、政府の役割には基本的に否定的ないしは限定的、再分配政策や社会保障の役割に対する考え方も同様に否定的ないし限定的となります。

他方、左側の経済学は、「合成の誤謬」という考え方に立ちます。個々の経済主体の合理的行動が全体の不都合を生む、すなわち、「私的利益と公共善の予定調和」は成り立たない、と考えます。

合成の誤謬が存在する世界では未来のことはわからない。つまり「不確実性」ということを前提に考えます。ここから、流動性選好(未来のことはわからないから何にでも変えられる貨幣への需要が生じる)という概念が生じます。貨幣は単なる「交換手段」ではなく、それ自体に価値があるものとしての需要が生まれる、という考え方が導かれるわけです(なので左側の経済学では「貨幣数量説」は否定されます)。

この考え方からすれば、合成の誤謬を補正ないし補完するために政府が一定の役割を果たすことは容認ないしは評価され、再分配政策や社会保障はその理論体系・政策思想の一部を成すものとして、肯定的に位置づけられることになります。

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