なぜデジタルコンテンツが売れないか?DRMがダメか

僕がデジタルコンテンツのプラットホームはどうあるべきと思っているかを説明するときに、最初に説明するネットスラングがある。


情報弱者”という言葉だ。


情報弱者は省略されて”情弱(じょうじゃく)”と呼ばれることのほうが多いかもしれない。


「みなさんのコンテンツをきちんとお金を払ってダウンロードしてくれるお客様のことをネットでは情報弱者と呼んでいます。お金を払わずに違法コピーを探してきてダウンロードするユーザは、ちゃんとネットの利用方法を知っている賢いひとたちですから情報強者です。わざわざお金を払ってダウンロードするひとはネットの利用方法をしらない頭の悪いひとたちですから情報弱者なのです。つまり馬鹿ということです。みなさんはお客様がお金を払ったら、まわりの友達とかに馬鹿呼ばわりされるような商品を一生懸命に売ろうとしているわけです。まずはこの現実を理解することが大事です。」


そんな説明をすると、コンテンツ業界のひとは吃驚する。話のつかみとしてはとても便利だ。


なぜ、お金を払うと馬鹿呼ばわりされるか?それほどまで最近の若者はモラルがないのか?そういう単純な話ではない。


コンテンツのファンであればあるほど、当然ながら、すこしでも品質のいいものが欲しい。根本的な問題は、無料でダウンロードすると品質のいいものが手に入り、お金を払うと品質の悪いものをつかまされるというネットの現状にあるのだ。


違法コピーのほうが便利な例をいくつかあげてみよう。


・ マジコンつかってゲームソフトをダウンロードすると発売日前にゲームが遊べる。

・ 有料でダウンロードできる映画や音楽よりも、違法データのほうが画質や音質がいい。

・ ダウンロード販売で購入できる映画やアニメやゲームは過去作品のほんの一部だが、違法コピーならなんでも見つかる。

・ マジコンつかうと、1枚のメモリーカードにいくつものゲームがいれられて、カートリッジを抜き指す必要がない。

・ テレビ放送されているアニメがネットで購入できるようになるまでに放送後1週間かかる。


まあ、こういうあたりまでなら、コンテンツ業界のひともネットの担当者なら認識している範囲である。


もっと根本的な問題は、現状の販売方法だと、コンテンツをネットで購入してもユーザの所有欲を満たすことができないことだ。


これまでのパッケージコンテンツ、とくにわかりやすいのは音楽CDを例にとる。昔から音楽を所有するための方法としてはCDを購入するだけじゃなく、ラジオから録音したり、レンタルショップでCDを借りることができた。だが、CDのパッケージそのものを所有する。誰も触ってない新品のCDを自分のものにして本棚に並べておくためには自分で買うほかなかった。みんなお金さえあれば、どうせならちゃんと本物のCDを買いたいと思っていた。クラスにはCDを100枚以上集めているひとなんて何人もいたし、どういうジャンルのCDを持っているかは、ファッションとして自分の個性を表現する手段でもあった。もうひとつ重要なのはCDを買えばとりあえず購入した音楽はどこでも聴けるということだ。クルマの中で聴くにしても、ウォークマンで歩きながら聴くにしても、MDに自分だけのプレイリストを編集するにしても、CDを1枚買っておけばなんとかなる。また、友達に自分のもっているCDを貸してあげられることも所有感を満たす要素としては重要だ。とにかく従来のパッケージコンテンツはCDのようにお金を払うとコンテンツが自分のものになるという感覚を与えられるという特徴をもっているのだ。


ところが、これがネットになると状況が変わってくる。携帯で着うたフルを購入しても携帯を機種変更するともう使えなくなる。パソコンでダウンロードする場合は別に買わないとダメだ。パソコンを2台もっているひとは両方のパソコンで音楽を聴くためには別々に買わなければいけない。いま、ネットでデジタルコンテンツを買っても所有することはできないのだ。ユーザから見るとコンテンツを買っているというより、利用するたびに料金をとられているような感覚になる。お金を払ったユーザにコンテンツを所有している感覚を与えることに失敗しているのだ。むしろ、困ったことにお金を払ってダウンロードしたユーザよりも、コピーを使っているユーザのほうがコンテンツを所有している気になれる。なぜなら購入してダウンロードするコンテンツにはDRMがついているからだ。違法ダウンロードした場合でもレンタルしたCDからコピーしたものでもどちらでもいいが、ようするにコピーしたデータなら、どのPCだろうがどの携帯だろうが、自由に使える。つまり、現在、デジタルコンテンツを所有したいなら、お金をはらってダウンロードしたらだめだ。コピーしないとダメなのだ。


ぼくはコンテンツをコピーできないようにDRMをかけることについては、コンテンツホルダーの権利だと思っている。ユーザが文句をいうのはそもそもおかしい。だが、現在のデジタルコンテンツにかけているDRMについては、コンテンツホルダー側にとっても損でしかない。DRMがかかっていて一番困るのは、違法コピーを利用しているユーザじゃなくて、違法コピーをせずにお金をはらってくれる大切なお客様だ。一番、コンテンツには、お金を払いたいと思ってくれているお客に、お金を払ってないユーザよりも質の悪い商品を売りつけているのがいまのコンテンツ業界だ。だから、ネットではデジタルコンテンツにお金を払う人間は「お金を払ってわざわざ不便を買っている」と笑いものにされているのだ。


ぼくは逆にDRMが本当にちゃんとコンテンツのコピーを防止できるならかけてもいいと思う。でも、いまのDRMは局所的にコピーを不可能にしているだけで、DRMのかかっていないデータが流通している状態じゃ、正規ユーザを虐めているだけで、違法ユーザにはなんの意味もない。そしてPCとネットというデータを自由に加工流通できる魔法の装置がこの世の中にある以上、DRMのかかってないデータの流通はそもそも防げない。本当にDRMをかけたいなら、コンテンツのデータだけじゃなく、世の中にすべてのPCとOSにコンテンツの保護機能をつけるのを義務づけて、そうでないPCからはインターネットへ接続できないようにするぐらいしないとダメだ。それができないのなら、DRMなんてかけるべきじゃない。


まあ、簡単にまとめるとお金を払った人を満足させる仕組みつくらないとそもそもコンテンツの市場なんてできないって話だ。


ただ、DRMがダメだといっても違法コピーをなくさないことにはそもそもデジタルコンテンツは売れないという意見もそれはそれで正しい。DRMがたとえなくても正規のデータと違法コピーのデータとデジタルの場合は区別できないからだ。DRMをなくすだけでは不十分なのも事実だ。


実際にいまのデジタルコンテンツの市場を世界的にみてもPC+ネットは、ほぼどこも全滅状態なのに対して、日本の携帯コンテンツ市場だけは成功している。マスコミがスティージョブズとアップル社をもちあげるので、みんな米国がデジタルコンテンツ市場の先進国と勘違いしているが、市場規模だけでみると音楽配信電子書籍ともに日本が世界最大かつぶっちぎりナンバーワンだ。ただし、それはコピーがPCの世界よりも難しい携帯コンテンツでほとんどの売上が発生している。やはりコピー防止は重要なのは間違いない。問題はPCの世界ではいまあるDRMじゃ、全然、違法コピーは防げないということだ。そしてPCとネットがある限り、それは変わらないということだ。そして携帯電話の世界もスマートフォン化によりPCの世界と融合していっているのが現在の状況だ。


iPhoneなどの登場より、今後の日本の携帯コンテンツ市場が拡大すると思っているひとは多そうだが、それは間違いだ。すくなくとも短期的にはよりデジタルコンテンツでお金を稼ぐのが難しいPCのモデルが携帯側に流入するので、トータルのデジタルコンテンツ市場は大きくマイナスの影響を受ける可能性が高い。たとえば音楽配信ひとつにとっても携帯での着うたや着うたフルの相場よりもiTuneで購入する楽曲の価格のほうが単価が安いし、PC経由でレンタルで借りてきたCDからデータをコピーすればもっと安くなる。そういう意味では世界の中で唯一成功してきた日本の音楽配信市場はむしろ存続の危機にあるといってもいい。


ただ、この時代の流れに逆らう有効な手段をコンテンツ業界側が、いまのところもっていない以上、新しい手法を模索するしかないのが現実的だろう。


そのためにはやはり現在のやりかたでのDRMを使わずに、コンテンツがコピーされないようなことを考えるしかない。そういう方法がはたしてあるかだが、なくはない。現状もっとも有力なのはコンテンツのクラウド化だ。コンテンツをサーバ側においてユーザには利用権を販売する方法だ。


著作権とはCopyrightとも呼ばれて、要するにそもそもは複製する権利のことだ。だから、発想としてはデジタル時代においてもデータのコピーに対してDRMをかけて、お金をとるという発想になる。ただ、デジタルの世界ではオリジナルとコピーとは区別できないから、いったんデータを入手してしまえば、本物と変わらないコピーをだれでもつくれてしまうことが問題だ。こういう時代ではデータのコピーに対してお金をとるという考え方を根本的に変える必要がある。サービスを利用する権利でお金をとる方式に変えなければいけない。そしてサービスを利用する権利をサーバ側に保存するという考えが大事だ。


そして重要なのはデータそのものはコピーできても、サーバ上に保存してあるサービスを利用する権利はコピーできないことだ。これはMMORPGで性能の高い武器がユーザ間で売買されたり、モバゲーのアバターの服にお金を払ったりするのと似ている仕組みだ。そしてサーバ側に置いたサービス利用権そのものをコピーすることは、銀行口座をハッキングしては自分の預金残高を増やすとかいうのと同じで、ほぼ原理的に不可能にできるのだ。


なんか、長くなったのでここでいったん終わるが、今後のデジタルコンテンツ市場が成立するかどうかはクラウド型のコンテンツサービスをいかに設計できるかにかかっているても過言ではない。