「電子書籍は文字文化の革命」――作家・村上龍さんが電子書籍会社設立

» 2010年11月04日 19時06分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

「電子書籍に関する言説は出版業界に限定して話されている」

村上龍さん 「出版社には危ないところもあるが、紙は縮小してもなくなることはない」と村上さん

 「電子書籍に関する言説は出版業界に限定して話されているように感じる。総じてネガティブな話題だが、電子書籍を巡る状況と、さまざまな利害関係者の思惑をポジティブなものに変えたい」――小説「限りなく透明に近いブルー」で群像新人賞・芥川賞を受賞した村上龍さんが電子書籍制作・販売会社を立ち上げることが11月に入って明らかとなり、その設立記者会見が11月4日、都内で開催された。

 11月5日付けで設立されるこの会社は、「G2010」。村上さんのメールマガジンを運営・配信しているグリオと村上龍事務所が50%ずつ出資し、グリオの船山浩平氏が代表取締役社長を、村上さんとグリオの中村三郎氏が取締役を務め、今後1年で20作品を刊行し、初年度の売り上げは1億円を目指すという。

左から船山氏、村上さん、よしもとさん。この日瀬戸内寂聴さんはぎっくり腰のため欠席となったが、ビデオメッセージで電子書籍に対する思いを語った

 現時点でG2010に賛同している作家は村上さんのほか、よしもとばななさんと瀬戸内寂聴さん。村上さんは今後、自らの作品の電子書籍版はすべてG2010から配信する予定。

 ほかの作家からG2010へ参加の申し出があった場合は、作品の質と電子化の意義を検討して決めたいという。ただし、G2010側から作家に対して作品の電子化を働きかけることは考えていないとし、G2010に参加した作家についても、既刊本の電子化に関する作家と版元出版社との交渉に関与するつもりはないという。また、G2010は、上述の3名のみの会社で、ほかのスタッフはグリオの協力で補うという。加えて、いわゆる“編集・校正”の機能は持たず、必要に応じて外注することなどを考えるとしている。

 「門戸は広くしたい。自分がすべて目を通せるかは分からないが、メールなどでの持ち込みも歓迎したい」(村上さん)

売り上げ配分はG2010が最大3割程度、残りは基本的に著者へ

 会見で、村上さんは今回の発表は作家と出版社が利害的に対立した結果のものではないことを強調した。村上さん自身、そうした図式には違和感があるとしながらも、出版社と組まなかった理由について説明した。

 同氏によると、G2010の設立と電子書籍化に関する話し合いを、講談社、幻冬舎、小学館、集英社、新潮社などと行ってきたという。いずれの出版社も電子書籍ビジネスに対する意欲は感じたというが、それでも、G2010の設立に当たって、出版社と組まなかった理由について、村上さんは「彼らは紙のプロではあるが、電子書籍のプロではない」点と、「ある出版社と組んでしまうと、他社で刊行した既刊本の扱いが難しくなる」点を理由として挙げた。

 また、電子化の作業コストを透明化し、売り上げ配分に関する公平なモデルを示しすことにも力を注ぎたいと村上さんは話す。事前報道などで注目されていたのは「著者に売り上げの4割を配分」という部分だが、「歌うクジラ」の電子書籍版(iPad版)を例にすると以下のようなものであることが分かった。

 G2010が想定している売り上げ配分は、iPhone/iPadアプリについて言えば、著者が4割、G2010あるいはグリオが2割、Appleが3割で、そのほかはコンテンツごとにバッファを持たせている。ここで言うバッファとは、「歌うクジラ」の電子書籍版制作における坂本龍一氏のような協力者に対しての配分だ。また、制作費のリクープ(回収)前後で売り上げ配分を決めるのが基本スタンスとなる。

 「歌うクジラ」の電子書籍版は、現在までに1万ダウンロードを超えたと村上さん。上述の配分に照らして考えると、約600万円が村上さんの取り分だと考えられる。歌うクジラは紙書籍(上下巻で各1680円)としても刊行されており、村上さんによると8万部を超えているという(上下巻それぞれで8万部なのか、両方で8万部なのかは不明)。著者印税は不明だが、仮に1割とすると、「80000*1680*0.1」で約1300万円となる。つまり、電子書籍で著者の取り分が4割となったとしても、部数と価格が足を引っ張り、現状では紙の半分以下しか村上さんに入っていないということになる。部数については今後電子書籍市場が盛り上がるにつれ、購読者数も増えるだろうが、価格については、電子書籍は(紙媒体と比べて)安いという考えがユーザーに根強いと思われるため、強気の価格設定はできないと考えられる。

 「電子書籍は(紙と比べて)お得感が分からないので、値付けが難しい」(村上さん)

 これらのことから、村上氏のような著名な作家がこうしたアクションを起こしたのは、「売り上げ配分が4割だから」といった安直な考えではないことが分かる。G2010の設立趣意書には、電子書籍の特性・魅力として、「(コンテンツの)リッチ化」「物理的なコンパクトさ」「復刊の容易性」の3つが掲げられており、「誰かに何かを伝えたいから書く」作家にとって、読者に作品を届けるためのツールが1つ増えたという考えであることを明かし、よしもとさんも「電子書籍でしかできないものを考えたい」と同調した。

 なお、既刊本を電子書籍化する際は、それぞれの作品ごとに版元出版社と売り上げ配分を決めるのだという。

電子書籍アプリとして独占配信、ほかのストアには卸さない姿勢

今後配信予定の「限りなく透明に近いブルー」では村上さんの生原稿も収録。「こんなに字が汚かったかのかと思った」と村上さん

 会見の後半では、数カ月以内にリリース予定としている「限りなく透明に近いブルー」の電子書籍版がタブレット端末「GALAXY Tab」上で披露された。電子化に伴って、村上氏の手書き原稿が画像として収録されている。

 なお、コンテンツのリッチ化が電子書籍の特性・魅力であるとしていることもあり、G2010から提供される電子書籍は、当面は電子書籍アプリとして提供され、EPUBやPDFなどの文書フォーマット単体で提供する予定は当面ないとしており、ほかの電子書籍ストアなどでは入手できないという。アプリ内課金を想定したストア型のアプリについても今後検討していくという。

 「変化は外からやってくるものだと思われがちだが、自分たちで作り出せると考えている」――村上さんは会見の最後で電子書籍への思いをこのように語り、自身にとっても電子書籍に対する取り組みで心躍らせたいと抱負を語った。

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