2010.08.10

「ヤフー&グーグル」を公取が容認したワケ

影落とす独禁当局の独禁法知らず

 公正取引委員会が、海外からの集中砲火にさらされている。問題となっているのは、ヤフー(ジャパン)とグーグルの提携をあっさりと容認した判断だ。長年「グーグル問題」に取り組んできた欧米企業や民間団体、そしてマスメディアが、この公取の判断は誤りだとして批判の大合唱をしている。

 筆者は日米両国で大きな独禁法事件を取材・報道してきた。その経験から公取は批判に反論することは難しいと感じる。なぜなら、公取幹部が記者会見で語った「検索エンジンの市場があるわけではない」という言葉がピンボケもいいところ、日本の経済官庁にも「公取が誤解している恐れがある」と危惧する声があるからだ。

 さらに深刻なのは、失敗が歴史的な構造問題に根ざしている点である。公取は、財務省や経済産業省、検察庁から"植民地"支配を受けたことが響いて、世界的には当たり前の競争政策を確立できていない。国民(消費者)にとって深刻な問題だ。

 古い話で恐縮だが、最初に紹介したい話がある。昨年3月。オバマ政権が新たな人事を発令したことを受けて、連邦取引委員会(FTC)委員長の座を退いたウィリアム・コバーシック氏が筆者に漏らした公取への思いだ。

FTC元委員長が嘆いた「競争を軽視する公取」

 2000年2月のこと。ジョージ・ワシントン大学のロー・スクール教授だったコバーシック氏は、テレビで連日のように、司法省とマイクロソフトの独禁法裁判についてコメントする有名人だった。

 筆者は、ワシントン駐在の任期を終えて日本に帰国することになった挨拶と、それまでの再三の取材協力に謝意を表するため、旧知の教授を訪ねた。

 軽い気持ちで、次の著作の構想を訊ねると、ひげ面の大男であるコバーシック氏は突然、表情を引き締めて、真っ直ぐ筆者の目を見ながら、

「次の本のタイトルは『世界の独禁法当局』にしたい。世界的にみて非常にユニークな存在なので、日本の公正取引委員会に少なくとも1章を割くつもりだ。競争よりも育成に重心を置く珍しい独禁当局だからだ。アジアには、『この公取の競争軽視こそ、日本の経済的成功の秘密ではないか』と誤解する国が少なくない。日本だけでなくアジアの消費者にとって不幸なことだ」

 と、率直に吐露したのだ。

 コバーシック氏は、インドネシア、カザフスタン、モンゴルなどで独禁法整備の政府顧問をつとめた経験を持つ。それだけに、言葉には重みがあった。

 公取が歴代幹部を財務省(旧大蔵省)や経済産業省(旧通商産業省)から受け入れていたことや、独禁当局として、公正な市場競争を促進する政策を確立することを許されず、旧大蔵省の金融の護送船団行政や旧通産省的な産業育成行政を追認する役割しか与えられていないことを、彼は深く懸念していた。

 筆者は、帰国後の2年間を、経済紙の通信・放送産業担当のキャップとして、さらに今日までフリーランスの経済ジャーナリストとして活動してきた。その過程で、コバーシック氏の指摘の的確さを認めざるを得ない事態を何度も経験した。

 2000年10月のNTTグループに対する調査は、その最初の、そして典型的な例だった。公取の最高幹部のひとりは、筆者に対し、NTTが独占的に保有している通信網の開放を拒んでライバルの新規事業への参入を妨害しており、独禁法における極刑とでもいうべき「排除勧告」を視野に入れて調査に着手するとの情報を他紙に先駆けてリークしてきた。

 筆者は、経済部、社会部と協力して慎重に裏を取ったうえで、同月24日の朝刊1面で「公取委、NTTを調査 参入妨害の疑い」という記事を掲載した。

 NTTの宮津純一郎社長は同日のうちに緊急記者会見を開き、ハンカチで大粒の汗を拭いながら、調査の事実を認めて「今は見守る以外にない」と答えるのが精一杯だった。

 ところが、2ヵ月後、公取が出した結論は、「独禁法違反の恐れがある」という警告処分にとどまった。

 はっきり言えば、公取が能力不足で、勧告どころか、法律違反さえろくに立証できなかったのだ。直接の当事者のNTT東日本から「当社は従来より独禁法の順守に努め、公正競争の推進に格別の注意を払ってきた。今回、疑念を招いたことは甚だ遺憾」と、公取委を批判していると取れる談話を公表される始末だった。

 その後も、公取は何度かNTTに挑んでいるが、NTTにあざ笑うかのようにいなされている。

 この分野は、欧米でホットな論争が繰り返されてきただけでなく、NTTは1985年の民営化以来、常に総務省(旧郵政省)との緊張感のある関係に直面してきており、独占批判とどう闘うか、あるいは、どう折り合いをつけるか、NTTは常に高くアンテナを張り、企業としての存亡を賭けて戦略を練っている。公取が付け焼刃で太刀打ちできるような関係にないのだ。

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