少子化対策が急務となっている日本。とりわけ必要なのが「子育てしやすい環境」の整備であることに異論がある人はいないはずだ。だが今、その子育て施設を巡って、非常に気になる動きが広がっている。東京23区や関東近郊の様々な街で、新設予定の保育園が住民運動により建設中止や延期に追い込まれていることだ。反対の理由は「園児の声がうるさい」「環境が変わる」「迎えに来る親のマナーが心配」など様々。建設中止を訴える人の中には、物事の道理をわきまえているはずの高齢者も少なからず含まれる。

 団塊世代を中核とする今の高齢者の多くは、戦後まもなく生まれ、乳幼児死亡率の引き下げを目的とした国策の下、国を挙げて保護され大切に育てられたはず。「自分たちは守られておきながら下の世代を守ろうとしないのは筋が通らない」と思う若い世代も少なくないに違いない。一体、保育園建設に反対する高齢者は何を考えているのか。脳科学の専門家に話を聞いた。

聞き手は鈴木信行

<b>加藤俊徳(かとう・としのり)</b><br />1961年、新潟県生まれ。株式会社脳の学校代表、加藤プラチナクリニック院長(港区白金台)。昭和大学客員教授。日米で医師としての研究・臨床活動の傍ら、独自のMRI脳画像鑑定技術を構築、胎児から超高齢者までヒトの脳を1万人以上分析。著書に「脳を強化する読書術」(朝日新聞出版)、「『めんどくさい』がなくなる脳」(SB Creative)等、多数。
加藤俊徳(かとう・としのり)
1961年、新潟県生まれ。株式会社脳の学校代表、加藤プラチナクリニック院長(港区白金台)。昭和大学客員教授。日米で医師としての研究・臨床活動の傍ら、独自のMRI脳画像鑑定技術を構築、胎児から超高齢者までヒトの脳を1万人以上分析。著書に「脳を強化する読書術」(朝日新聞出版)、「『めんどくさい』がなくなる脳」(SB Creative)等、多数。

東京23区や関東近郊の様々な街で、新設予定の保育園が住民運動により建設中止や延期に追い込まれるケースが増えているそうです。

加藤:そうらしいですね。

反対している人の中には、若者だけでなく、物事の道理をわきまえているはずの高齢者も含まれています。「園児の声がうるさい」「環境が変わる」「迎えに来る親のマナーが心配」など様々な理由が挙がっているようですが、一連の騒動を見ると、団塊の世代を中心とする今の日本の高齢者がおかしな方向に向かっている気がしてならないんですが。

加藤:その側面はあるでしょうね。私が脳科学者として、この保育所建設問題を知って立てた仮説は、日本の高齢者の脳が全体の傾向として「子供が苦手、嫌いな脳」になりつつあるのではないか、というものです。

そんなことがあるんですか。

「子供が嫌いな脳」になった高齢者たち

加藤:人間の脳というのは、「慣れないこと」や「慣れない環境」に対しては、面倒くさがり、拒絶する性質があります。子供が多かった昭和の時代までは、日本人全員が、「街のあちこちで子供が飛び回り、声を上げて大騒ぎする環境」に慣れていました。

放課後は日が暮れるまで元気に遊び回り、広場で野球をやって民家のガラスを割ったり、ため池の水門を勝手に空けて農家の人に大目玉を食らったり、みんなやんちゃでした。

加藤:ところが、平成に入り少子化が進むと、そうした風景が都会でも田舎でも急速に消えた。今や、多くの日本人にとって「大勢の子供が目の前ではしゃぎまわる環境」は、記憶の中にしかない、まさに「慣れない環境」なんです。

脳は慣れないものを拒絶するから…。

加藤:当然、多くの人の脳は、「子供がいる環境や子供そのもの」を苦手、嫌いになっていきます。保育園が出来れば、そんな慣れない環境が忽然と目の前にできるわけですから、脳は嫌がります。

保育園反対派を非難する人は、「少子化が進めば日本が滅ぶのに何を考えているのか」などと理屈で建設中止を訴える高齢者を攻め立てますが…。

加藤:恐らく反対派はそんな深いことを考えて建設中止運動をしているわけではないと思います。「脳に反対させられている」んですから。

そういう「子供が嫌い、苦手な脳」になってしまった人は、自分の孫のような園児がちょこちょこ歩く姿を見ても、可愛いと思えないんですか。

自分の孫ですらそこまで可愛く思えない?!

加藤:思えなくなっていくと思います。今の高齢者は、街で子供と接する機会だけでなく、かつてのお年寄りに比べ自分の孫と接する時間すら少ないのではないでしょうか。背景にあるのは核家族化です。脳は、接する時間が少ない対象には慣れませんから、昔のお年寄りほど子供を可愛いとは思えなくても不思議ではありません。

地域全体で子供を育てる文化が形骸化しつつある今は、高齢者のみならず若い世代でも同様の現象が起きているのでは。

加藤:そうやって「子供に慣れない、子供が嫌いな脳」を持つ大人が増えれば、保育園建設が滞るだけでなく、虐待など様々な社会問題が発生することになります。そうなれば、社会全体として対策が必要です。例えば、1995年から2001年にかけて私が滞在していた米国は、「大人と子供を分ける社会」です。子供をつれて大人が集まる場所、例えばダンスパーティーなどに行く習慣などはなく、子供は子供、大人は大人の社会の中で暮らしています。

分かれて暮らしていると、「子供がいる環境」に慣れてない大人もいるから…。

加藤:子供が嫌いな大人が普通に存在します。レストランなどで子供が騒げば、もちろん笑顔で大目に見る大人もいますが、露骨に不愉快な表情をする大人もいます。こういう社会では、自ずと虐待も増えがちですし、放って置くと「子供が不得手な脳」を持つ大人が増えかねません。だから法律によって徹底的に虐待を封じようとするし、行政が主導を取って子育て施設なども優先的に建設していく仕組みになっています。街も学校を中心に設計され、少しでも社会の構成員が子供と接する時間を持つように工夫されています。

なるほど。

加藤:そう考えると、今の日本の状況は非常に中途半端で危険と言えるかもしれません。人々の脳は欧米化し「子供が嫌いな大人」が増えている一方で、それに対応するための社会作りは遅れているからです。

確かに虐待対策は後手に回っているし、保育園1つスムーズに作れません。

加藤:昭和の時代までの日本は、子供は「授かりモノ」と尊重され、社会全体で守り育てるのが当たり前の文化でした。今の日本の子供を巡る社会制度は、そういう昭和の文化を前提にしています。状況が変わってきた今、社会を根本的に作り変える時期に来ているのかもしれません。

よく分かりました。しかし、それにしても、「子供が嫌いな脳」なんて種族保存を至上命題にしている生物として、おかしい気がするんですが。

加藤:そう、生物として成立していません。

そんな脳になっちゃって、保育園建設に反対する高齢者の末路は大丈夫なんでしょうか。

保育園反対派の末路は、やっぱりあの病

加藤:大丈夫ではありません。ずばり認知症になる確率が高いと思います。というのも、保育園に声高に反対する人は、子供だけでなく人と接する時間自体が少ない暮らしを送っている可能性が高いと推察できるからです。そして認知症を引き起こす大きな要因は社会的孤立です。他人と対話し脳の記憶系や感情系の脳番地を刺激しないと、脳は成長しにくくなり認知症に向かってしまいます。

確かに他人と活発に交流していれば、子供と接する時間もそれなりに増えるはずです。逆に言えば、脳が子供を嫌いになるほど子供との接点がないということは、同世代の交流も少ない、と。

加藤:それに、孤立していていれば、人の声を聞かなくなります。人の声を聞かないと聴覚はどんどん鋭敏になる。当然、子供が騒ぐ声も耳障りになりますから、余計、保育園建設に反対するようになっているのではないでしょうか。

どうすればいいのですか。

加藤:子供に限らず他人と接する時間を増やすことです。友達と交流し話すことです。

えっ、友達?!
(注:聞き手に動揺が垣間見える理由は、「30~40代『友達ゼロ』は人としてダメか」参照)。

加藤:第三者と接すると脳は疲れますから、「一人の方が気楽」と言う人の気持ちも分かります。でも、冒頭にお話したように、脳は慣れないことはどんどん苦手になりますから、友人が少なく孤立した生活が長くなるほど、人と接するのが辛くなる。一刻も早く人と交流し、脳に刺激を与えることが必要です。

友達を作る以外に、脳の感情系を刺激する方法はありませんか。例えばペットを飼うとか、2ちゃんでどこかの誰かと文字で話すとか、ゲームをするとかテレビを見るとか。読書は?

加藤:何もやらないよりはましでしょうが、生身の人間と話すのと比べると刺激が足りません。何を言い出すか予測のつかない相手との対話こそが脳にとっては、良い刺激となるんです。

うーん…。あっ、じゃあAIやロボットは!

加藤:その点については可能性があります

よし。

ご安心。「友達ゼロ」でも何とかなる!

加藤:実は、先日発表になったのですが、ソフトバンクの感情認識ヒューマノイドロボット「ペッパー」を活用した脳トレアプリ「Pepperブレイン」を監修させていただきました。ペッパー君と一緒に、脳トレを楽しんだり、脳機能の向上を目指したりするものです。実際にやってみるとよく分かるのですが、「パソコンの中のAIとの対話」とは全然違います。相手が三次元で、しかも人間のように身振り手振りを交えて反応してくれると、たとえ相手がAIでも脳の感情系はそれなりに刺激されると実感しました。技術が進化すれば、人間同様に、対話することで脳に刺激を与えるAIシステムやロボットも誕生するかもしれませんね。

そうなれば「友達ゼロ」でも、認知症になる確率は確実に下がりますね。

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