『息もできない』ほどすさまじい映画

昨年大変話題となり、各映画ブロガーも2010年のベストの一本として推していた『息もできない』をようやくDVDで観た。地元のビデオレンタル屋がセール中で安く借りられるのはいいのだが、その分一本しか置いてない作品は常に誰かに借りられてるから困ったものである。まぁそういう映画がちゃんと借りられてるのはある意味良いことなのでよしとしよう。

『息もできない』は主演のヤン・イクチュンが製作、監督、脚本も手がけた低予算の作品。しかもこれが長編初監督というのだから驚かされる。『ペパーミント・キャンディー』という傑作を観て以来、どうも日本映画は韓国映画に負けてるなぁと毎回思ってしまうわけだが(と言っても有名な作品を両手で数えられるくらいしか観てないけど)、同じ初監督作の『チェイサー』しかり、韓国映画は非常にレベルが高い。描写も抜かりないためかなり観る人を選んでしまうが、この『息もできない』もそういった素晴らしい韓国映画の先人たちに引けを取らない傑作であった。

この映画を観た時に真っ先に思い出したのがビリー・ボブ・ソーントンの初監督作である『スリング・ブレイド』だった。『スリング・ブレイド』はビリーボブ演じる知的障害者が母親とその愛人を殺し、出所するところから始まる。生まれ故郷に帰って来た彼がある少年と出会うのだが、その少年は自分の過去と同じく母親の愛人にDVを受けていたというのがあらすじ。ところが『息もできない』は『スリング・ブレイド』のような展開をことごとく裏切っていき、繋がらなければならないところは意図して繋がらず、実にユニークなストーリーテリングを見せてくれる。

正直、劇映画としてのなにがしを期待すると肩すかしを喰らうかもしれない。カチっとしたカメラワークもなければ、エンターテインメントとしての起伏もない、仰々しい音楽すら鳴らないし、過度に泣かせようとするような演出もない。説明不足のところは徹底していて、各キャラクターの関係性などに置いてけぼりだって喰らうかもしれない。

ただ、この作品はそういった劇映画としての定型をぶち破るほどの気迫とパワーに満ちあふれていて、画面全体から「オレはこういうのが撮りたいんだよ!シバラマ!」というのがビシビシ伝わって来た。故に映画としては歪ながら、伝えようとする意志と熱量がハンパじゃなく、映画を通して伝えたい叫びみたいなものが頭からしっぽの先まで詰まってるような作品になっていた。李相日が『悪人』の原作を読んだ際、「文章を通じて、登場人物たちのうめき声が聞こえた」と言っていたが、今作も映像だけで登場人物たちの悲痛さが伝わって来るかのようだった。

観る人を選ぶかもしれないと書いた理由としては過度な暴力描写である。と言ってもエグいとか痛々しいとかではなく、この作品、なんと全編暴力と暴言しか出て来ないのだ。映画が始まった瞬間のアバンタイトルからいきなりの暴力。主人公サンフンは女子高生と出会う時も、後輩をしつける時も、甥っ子と話す時もつねに暴力を振るうという特異なキャラクターなのである。

何故彼がこうなってしまったかというのは映画を観ていると明らかになってくるのだが、韓国社会によって生まれたつまはじきである主人公を取り巻く現状やキャラクターも含め、そういった因果や運命のようなものから逃れようとした瞬間、優しさを伝えることを知らない主人公はやはりその運命に飲み込まれていく。主人公と女子高生は同じような環境で育っているが、互いにそれを知ることはない。この辺が定石やぶりなのだが、映画のラストにて、互いに知ることのなかった運命がある一点で結びついたとき深い感動と映画ならではのカタルシスを生むのである。

主演のヤン・イクチュンをはじめ、キャストは完璧。荒々しい映像や撮影も含め、この予算で出来ることはやりきった感もあるすさまじい作品。暴力という言語しか知らない主人公という意味では『血と骨』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』なんかと併せて観てもおもしろいかもしれない。必見!あういぇ。

息もできない [DVD]

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