たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

少女が頑張っても頑張ってもダメな現実もあるけど、頑張るんだ「夕焼けロケットペンシル」

スマッシュヒット来ました。
表紙買いだったわけですが、最初「文房具屋で頑張って働く女の子の、イーハナシダナーなんだろうなあ」程度にしか思ってなかったんですが、いやいや全然違う。
これは少女が現実とぶつかって挫折を繰り返す話だ。
厳しい、とにかく厳しい。大人でも泣き叫びたくなるくらいに。
しかし泣かない。泣けない。
かわいい表紙と裏腹に、この作品は12歳の小学生の苦悩の弾丸でした。
もちろん、その救いとなるものも用意されています。
 

●あたし、待ってるから●

この作品の主人公になるヒロイン、サトミは12歳の小学生です。
表紙の笑顔の子ですね。

笑顔の……笑顔……。
いや、これどう見ても幸せそうに見えない。
 
サトミの家は、父が経営していた(過去形)文房具屋。
母親は出ていってしまいました。父子家庭です。
じゃあ父親はどうかというと。

ものすごいダメ人間でした。
日がな一日仕事をせず、文房具屋を放り出しっぱなしでネット三昧、書類の管理やお店の掃除も一切せずひきこもり。店番を娘に任せてエロ動画収集。
本当にもう背中から蹴っ飛ばしたくなるくらい、お前娘のこと見ろよ!こんな寂しそうに遊びにも行かずに店を見守ってるんだぞ!と叫びたくなるんですが、どうにもこうにも読んでいるとこのオヤジにも色々ありそうなので一概に恨めない。
 
全体的に物語は明るく、あったかい空気で包まれています。
しかしその根底にあるのは、どうしようもない現実です。

ダメ人間化したオヤジだって、何か色々考えてはいる。もう戻れない現実に絶望して逃避している。
だけど、この子は、サトミは、絶望しきれないんです。逃げ切れ無いんです。
お母さんはいつか帰ってくる!
お母さんが帰ってくるから、この文房具屋は開けておきたい!
 
お母さんを待つために開けていた店。その、普段全然人の来ない文房具屋を必要とする人たちが徐々に増え、サトミは決意します。
あたしがこの店の店主になる!と。
この決意、ドラマチックに見えますが、そんな生やさしいものじゃないでしょう!?
だって、子供なんですよ。いや、子供という語が必ずしも年齢にそって適切な物になるとは限らないですけれども、それでもやっぱり12歳は子供なんですよ。

この左側でギャーギャー騒いでいるのがサトミちゃんです。
これが本来の姿。でもこの姿を見られるのはこのカットだけです。
本当は常にこうでありたい。でも出来ない。
最大限まで気を張って、あたしがやらなきゃ、あたしが頑張らなきゃ!と必死になって店を経営しようと、彼女は挑みます。
幼い細うで繁盛記の始まり……か?
 

●頑張ってもできない●

この作品の恐ろしいところは、確かにめでたしめでたしな部分も山ほどあってハッピーな気分になれるのですが、同時にそんなに甘くないよというのを如実に突きつけてくるところです。
例えば、文房具屋をやるというからには問屋に行かねばなりません。
となると、交渉をしなければいけませんが、父親が行かないならサトミが行くしかありません。
しかしアポもなしに突然小学生がランドセル背負って行ってとりあってくれるわけがないんですよ。
いや、ここで最初から「そうか、えらいね、分かったよ、がんばれ!」と言ってくれてもいいんですが、それって違うでしょうと。

ごっこ。
小学生の心をズタズタにするに十分な言葉です。
ごっこじゃないよ!本気なんです!といくら叫ぼうが、まあ一般的にはこういう反応されますわな。
役所の手続きができるのか? 商品の売上を計算できるのか? 書類の管理はできるのか?
学校に行っている間どうする? 経営するためのきちんとした信頼関係はできているか?
一気に小学生のサトミにガバーッ!と降りかかってきます。
そうなんです、都合よく世間は動いてくれない。
小学生のサトミが「頑張ればなんとかなる」と思っても、なんとかならないことは山ほどあるのです。
 
でもサトミは絶対諦めない。
すっぽんのように食いついて離れない。
だからこそ! このマンガは本当に面白いんだよ。
ちなみにここで冷たい言葉を吐きかけている問屋の大村さん、この後物語の重要なカギを握る一人になっていきます。
冷たい言葉を、現実を子供にストレートにぶつけるのも、優しさなんだよ。
 

●あったかい人●

とはいえ、お父さんは現実逃避モードなので彼女を心から受け止めてくれる人がいない状態です。
そんな彼女の救世主のように……いやそんな格好のいいものではないですね、彼女の真摯な姿勢に助けられ、彼女のことを認めた一人の青年が現れました。

この文房具屋はお父さんがオタクだったので、スクリーントーンが大量に仕入れられていた……それを必要としていた青年漫画家の西洞さん。
この至って単純なギブアンドテイクの関係が、彼女の運命の歯車をかけかえます。サトミが自力で動き出すための大きな支えになるのです。
そもそも、自分を、この店を必要としてくれる人がいるというのは商売に置いてものっすごい重要なわけですよ。
誰も必要としていなかったら、それこそお店を続けていく気力どころか、そもそも経営が成り立たないですし。
しかし、彼は必要としているのです、この店を。
 
サトミは確かに幼いです。父親は自分の心の崩壊を防ぐので手一杯で(と書いたら甘いかしら、でもそうなんじゃないかな)彼女のことを必要としている表現が出来ません。母親は娘のことを愛していないわけではないですが、今は離れたところにいます。
青年漫画家は、最初はスクリーントーンを必要として店を訪れました。
しかし次第に、この店を、頑張るサトミを必要とするようになりました。
必要とされること、それは人間の生きる気力です。
なぜサトミが今がんばれるか。
それは母親を待っているからのみならず、この冴えない青年漫画家がいるからなのです。
この二人を待っていられるから、頑張れる。そして頑張れば、他の人も来てくれる。
そう信じて。
 

●芽生え●

ここまで来たら大体想像つくと思います。
必死に生きている少女。
それを必要とする青年。
少女側が、恋におちるのはあっという間でした。気づかぬうちに、気になる存在になってしまうのは読んでいればすぐわかります。
これは、恋せざるを得ないですよ。

ほんと冴えない、地味な小汚い青年です。
でも彼の真面目な姿勢と、必死に漫画を描く姿と、そしてなにより「自分を必要として信じてくれている」「お店を、私を、信じてくれている」という強大な受け皿。
彼女のこの表情の変化見てください。
こうなっちゃうよね。
女子小学生に恋されるなんて羨ましい!と言いたいところですが、この作品ガチンコで描かれているので、感情移入するのはサトミちゃん側。男性読者でもおそらくサトミちゃん側に感情移入しまくって、この青年に恋する気持ちを味わうことになるんじゃないかと思います。
 
まあ、本人はそこまで自覚はないんですよね。でも「あれ、なんだろう」というのはぼんやりと浮かんでは消えます。

つい、会いたくなって注文取りに来てしまうサトミちゃんまじかわいい。
まだ「恋」とも理解出来ていないサトミの心は揺れ動きまくります。
生まれて初めての、不思議な感覚です。

青年の描いた漫画単行本を読んで、「私はほとんどわからなくて」と言うなんとも率直な感想。
でも、青年の描いた作品を見ていると、彼の顔が見られないんですよ彼女。
わかる、わかるよ!
これを一言で「恋」と言ってもいいんですが、もっちっと複雑で、もちっと幼い。
じゃあ何かと言われてもわかりません。憧れじゃないし。父性でもない。言葉にできるものではないでしょう。
ただ、そこにいてくれることが嬉しい。恥ずかしくて目が合わせられない。

あったかい言葉が、不思議と胸を突きます。
読めない漫画を、見つめる少女の胸は大きな音で高鳴り続けます。
 

●波乱、そして色えんぴつ●


お店が舞台なので、人間関係がクローズドではなく、どんどん開けていくのも面白いところです。
これは大学生のお姉さんに嫉妬してしまうサトミのシーン。
このお姉さんもうめっちゃくちゃいい人なんです。何も考えていないというか、考えたらすぐそのまま行動に出ちゃうタイプの。
たまたま青年の家の近くなので片付けに来ていたのですが、それを見て、お姉さんになんの悪気もないのを分かっているのに心がモヤモヤしてしまう。
サトミの心は許容量が大きいわけではありません。必死になっているだけです。
だから、こういうキャパオーバーもあります。
このお姉さんは今後カギの一人になりそうですね。
 
そして、もうパンクしてしまうこともあります。
普段はパンクしないように必死に人前で泣かないよう頑張っているのですが、子供じゃなくたって無理なものありますよ。
受け止めてくれたのは、西洞さんでした。

なんでだろう。
この人の前だと、泣けちゃう。思いっきり泣けてしまう。
サトミはまた次の日から、必死に気を張って生きていくでしょう。
でも、泣いてもいい相手がいると分かっているだけでどれだけ心の支えになることか!
 
この作品のテーマの一つは「頑張る女の子」ですが、裏テーマは「心の支えになる人と、物」でしょう。
絆、と言い換えてもいいかもしれません。
繰り返しになりますが女の子はそんなにタフじゃない。
それをきっちり描いているからこの作品の少女サトミの頑張りが引き立つのです。
 
さて、支えになっているアイテムの一つがこれです。

差し替え色鉛筆。
超昭和なアイテムですね。これ色鉛筆の軸がいっぱい横に入っていて、押し出して差し替えて先に付けることで、一本で何色も使えるというスグレモノ……にみえて、一本でもなくすとばらばらになってどうにもならなくなるションボリアイテム。
ですが、このグラデーションの見た目が最高に良くてね! 中身の芯順番に並べるのがたのしかったりすんですよね。
そして赤ばっかり使って足りなくなったり。
20色ロケット色えんぴつ|激安アクセサリー通販サン宝石
一応今でも手に入るようです。欲しいなあ。
とはいえ、小さな文具屋ではあまり取り扱っていないアイテムでもあります。
 
これが、サトミとお母さんの絆。
一巻の時点ではそれほどこのアイテムについてのエピソードは書かれていませんが、今後描かれる可能性も高そうです。なんせ題名がロケットペンシルですから。
サトミの心はある意味、ロケット色えんぴつのように不安定の権化みたいです。しかししっかりと線を引こうと一生懸命です。
彼女の心がロケットペンシルのように色とりどりで満たされる日が来るかどうか、しかと見守らせていただきます。
 

重そうな話に書いてしまいましたが、ほわほわ明るく楽しい歳の差ラブコメディとしても楽しめます。ゴロゴロ転がりたくなるほどかわいいです! サトミちゃんかわいいです!
かわいすぎるから……ただただ、サトミちゃんが幸せになる日を祈るばかり。