ソフトバンクの携帯がつながりにくいのは「戦略の違い」に過ぎない

共同通信の「ソフトバンク携帯を使うな」というお達しが記事になり、ソフトバンク携帯の「つながりにくさ」について話題になっている。

「使えないソフトバンク携帯」 共同通信デスクが怒ったわけ : J-CASTニュース

TwitterのTLで、「SBは800MHzを持ってないから、周波数割り当てがケシカラン」という意見が飛び交ったので、「専門家でない人にはそう思われちゃうのかな、困ったもんだ・・」と思ったのだが、上記の記事を読むと、SBの公式見解がそういうことになっているらしい。

ちょっと待て。全く関係ないわけじゃないが、それではあまりに説明不足。素人である記者がそう思いこむのは仕方ないが、それなら素人にもちゃんとわかるように説明しないといけないと思う。(専門性といったって、エンジニアである必要すらない程度の話なのだから、「こういう記事書く記者が素人である」こともまた問題だと思うのだが、それはまた別の話として。)

一般に、700〜800MHzが「移動通信に大変使いやすい物理的特性を持っている」周波数帯であることは間違いない。その周波数を使うと、電波が遠くまで飛ぶし、障害物を回り込みやすいので、高い周波数帯(SBが持っている1.5GHzや2GHzなど)と比べて、基地局の数は少なくて済む。ということは、収容加入者一人あたりの投資額も少なくて済むから、コスト的にも有利である。

しかし、携帯電話がつながるかどうかは、それだけでは決まらない。基地局一つあたり、収容できるユーザーの数には限界があり、それを超えてしまうと、端末をオンにしても、空いている回線がないから、回線をつかむことができない。例えば3G開始前、800MHzでやっていた頃、東京ではドコモがつながりにくく切れやすかった。これは、基地局数に対してユーザーが多くなりすぎたからだ。これに対し、皮肉なことに、1.5GHzでやっていた当時のJ-Phoneソフトバンクの前身)は、回線がガラガラだったのでよくつながり、「つながる携帯」をウリにしていたのを覚えている方もおられるだろう。単に高い周波数だからつながりにくい、ということはない。

共同通信の場合、田舎での話だったので、「そこにSBだけ基地局がなかった」と考えることもできるが、災害時には通常の利用者をはるかに超える端末がたくさん押し寄せるので、「基地局はあったが、一時的にユーザーが集中して、収容キャパシティを超えてしまった」ということかもしれない。もし都会の真ん中で災害がおき、同じ状況が起こったとしたら、普通は後者が原因である。そして、iPhoneは通常状態でも「災害」と同じ混雑状況を引き起こす原因となる。他の端末と比べ、ユーザーあたりのデータ使用量が桁違いに大きいからだ。アメリカでも、iPhoneファンの多いサンフランシスコでつながりにくいのは、もともとAT&Tの3Gキャパシティが少ないことに加え、ユーザーが使いすぎるから、という両方が作用している。だから、その秩父の山奥で、SBの基地局はあるが、少数のiPhoneユーザーが多くの帯域を占有してしまうので、はじき出されてしまった人が他キャリアより多くなった、ということかもしれない。

この問題を解決する方法は唯一、基地局を増やしてキャパシティを増やす「設備投資」しかない。(または、最初から帯域消費の小さいガラケーブラックベリーだけにしておく、かだ。)基地局を増やすためには、無線塔と基地局交換機に加え、基地局と電話局をつなぐためのバックホール回線も必要だ。高くつく。

さて、その設備投資であるが、細かい中味はわからないが、とりあえず「決算短信」で発表されているSBとドコモの投資状況をざっと比較してみよう。2009年度通期、売上に対する設備投資(移動通信部門のみ)は、SB 11%に対しドコモが16%。2010年第一四半期では、SB 6%に対しドコモ13%となる。

携帯電話への新規参入は、単にお客を持っているかどうかだけでなく、無線塔を建てる権利を持っているかどうかの点で、ひじょうに難しいのは万国共通。無線塔はやたらに建てるわけにはいかず、土地や建物の所有者から利用権利をもらい、お金を払って建てなければいけないので、交渉にも時間とお金がかかる。アメリカでも、昔からやっているベライゾンAT&Tに比べ、2Gから参入したスプリントとT Mobileはつながりにくい。だから、SBでも基地局数で追いつくのは時間がかかるのは致し方ない。

ただ、だからこそカバレッジで追いつくためには積極的に設備投資をする必要があるわけだが、売上と投資の比率を見ると、どうもSBはそうしていない。だから悪いという話ではなく、これは「カバレッジのための設備投資よりも、iPhoneなどでユーザー数を拡大することにお金を使い、減価償却を低く抑えて当期利益を確保することを優先する」という企業戦略を意識的に選択した結果のはずなのである。

アメリカでも、iPhoneを蹴ったベライゾンは、「端末よりもカバレッジ」を重視しており、テレビでもそれを強調した広告を継続して打っている。一方、iPhoneという神風に乗ったAT&Tは、上記でいう「混雑してつながらない」状況になってしまい、悪評を払拭すべく、今必死になって設備投資を行っている。いずれも、それぞれ企業戦略を選択した結果である。

つまり、ソフトバンクがつながりにくいのは、同社が意識的に「そうなっても仕方ない」と戦略的に選択した結果、と私には思えるのである。「総務省が周波数くれないから」と人のせいにするのはちょっと違うと思う。だから700MHzをちょうだい、という話に誘導しようということだろうが、それではまたドコモやauが上記のような反論をして泥仕合になり、またまた700MHzが宙に浮いてしまうかもしれない。

だからこそ、オークションにすべき、だと思う。だれだって、700MHzが欲しいのは同じ。どっちが正しいということはないし、それを一体誰が判断するのが適切なのか、ますます不透明になっている昨今なのである。

また、ユーザーのほうも、楽しみでiPhoneを使うのではなく、通話やメールがミッションクリティカル、という人は、iPhoneを避けるか、またはもう一つバックアップ用の別キャリアの端末を持つべき、ということは言えるだろう。一般に、iPhoneは回線をパンクさせる可能性が他の端末より高いからだ。だから、アメリカでも、つながらないとウン百万ドルを失う可能性のあるウォールストリートのバンカーや弁護士は、AT&T+iPhoneでなく、Verizon+Blackberryを使う。

良くも悪くも、iPhoneというのは、インターネット的な「ベストエフォート」の端末である、と理解して、ユーザーのほうもそれに応じた戦略をとるべきだろう。通常状態ではそれほど問題にならないが、回線が集中する極限状態ではiPhoneを持つキャリアがつながりにくくなる、ということは理論的にありうる。そういう状況を想定するかしないかにより、ユーザーも考えて選択する必要がある。ちなみに、Androidも帯域消費が大きそうなので、数が増えると、iPhoneと同じ問題が起こってくるだろうと思う。

参考→http://wirelesswire.jp/Watching_World/201008201500.html

蛇足だが、この記事でわかるように、iPhoneは「3G」=2GHzだからこそ存在意義があるし、日本でも発売してくれたのだ。800MHzのほうがいい、という単純な話で済ませられない、いろいろな大人の事情がある。