テレビファン ぼくら、テレビが大好きだから。   鈴木おさむ─────糸井重里
第9回 誰が決定した人生だ?
糸井 売れっ子というのは
モテちゃう状態であることと
ある程度はイコールだと思うんです。

売れっ子芸者になったとき、
「あんたのおかげでこの店は繁盛した」
「あんたのおかげ」「あんたのおかげ」
って、みんなが言ってくれます。
だけど主人公のほうは何だか
自分の人生じゃないものを
生きてるような虚しさが
つきまとうことになります。
「えっ、この状態を決定したのは誰?」
というようなことです。

本人は、わかってないんです。
結局、自分で判断したことなんてありません。
「オレに任せりゃなんでもやりますよ」
というようなときに
「おまえに任せる」と言った人は
一体誰だったんだろう? と考えます。
それは、スポンサーでも、
プロデューサーでもない。
いわば、
無闇な大衆というものです。
鈴木 なるほど、はい、はい。
糸井 その、形のない化けもののようなものに
あやつられてたのかな?
あやつってるつもりが、
あやつられてたのかな?
そういう感じを味わいます。
つまりはみんな、それの奴隷かよ、
というところに行き着きます。
鈴木 そうですね‥‥。
糸井 じゃあ反対側のことをしようと
がんばるのも、
なんだか負けてる気がする。

売れっ子やらモテることやらを突き詰めると、
いったいどうしたらいいのか
わからなくなっていくんです。

そこで、ちょっと自分のところに戻って、
「これはうれしい」「これはしあわせに感じた」
「これはおいしい」ということを
ちっちゃくても1個ずつ
とにかく憶えていく‥‥
もしかしたら、そういうところに
ひとつの答えがあるのかもしれません。
 
鈴木 ははぁ、うーーーん。
糸井 鈴木さんが書いた、
『ブスの瞳に恋してる』には、
「うれしい」がいっぱい書いてあるわけです。
「おまえはかわいい」って、
書いてあるんですよ。
鈴木 はい。
糸井 そのことを見つけたのが、
鈴木さんにとって
ものすごいことだったんじゃないかなぁ、
と思います。

あるところにあるブスがいました。
「ひとりの女性をかわいいと思う自分
 対
 千万人にモテちゃいます自分」
どっちを取るかと問われたときに
かわいいを取れたんだというおもしろさ、
それがあそこで決まったんじゃないかな、
と思います。
あの本が、
放送作家の鈴木おさむという人には
ものすごくデカいものだったと、
ぼくはほんとうに思います。

テレビで話題をさらったり
舞台で成功をおさめたりしたとき、
観てくれた人や入場料払ったお客さんが
ありがたいとか、いろんな言い方があるでしょう。
だけど「おまえはかわいい」の、
ちっちゃい点をすべてだと言える、
あの瞬間が、なんか、すげぇなと思ってます。
鈴木 あの‥‥なんであのとき
結婚したんだろう、
って思うんですけど。
糸井 そうだね(笑)。
鈴木 30歳のとき、そんなふうに、
いろんなことをやらせてもらいました。
「これからは、そうとうなことがないと
 ドキドキしないだろうなぁ」
と、思ったんですよ。
糸井 ははぁ、なるほど。
鈴木 それまでいろんな人とつきあって
なんとなくシミュレーションが
できるようにもなっていました。
こうなると絶対に別れるとか、浮気するとか、
そういうこともだいたい想像ついてしまうんです。
糸井 つまり「アンケート済み」の
決まったことをやっていくんですね。
鈴木 そうです。
だけど、30歳のときに彼女と結婚したら
どうなるかということについては
まったく想像つきませんでした。
もちろん芸人さんとしてすごく好き、
ということが前提としてありましたけれども、
そこ以外はまったく予測不能です。

きっとぼくが結婚したのは
自分がドキドキしたい、
ワクワクしたいと思ったからです。
最終的に自分が何のために
生きてるのかというと、やっぱり、
ドキドキしたり、ワクワクしたり、
そういうことがあるからじゃないかな、
と思います。

実際の結婚生活では
奥さんはぼくのこと、すごく叱るし、
「人としてそれはちがう」
ということもどんどん指摘します。
糸井 あの人はけっこう怒ってますよね(笑)。
鈴木 はい、けっこう怒ってるんですよ。
糸井 画面にもそれはときどきあらわれるよね。
鈴木 あの‥‥ぼく、プレゼントを人にあげるのが
すごくめんどくさくて、
プレゼントを渡す相手に、いつも
「いっしょに買いに行こう」と言って
選んでもらってました。

結婚して、最初のクリスマスに、
奥さんはぼくに手作りのズボンをくれたんです。
財布入れたら、ポケットが落ちるような
スボンだったんですけど(笑)。
糸井 うん。
鈴木 ぼくが「何欲しい?」って訊いても
「別に大丈夫」って言うんですよ。
「買いに行こう」って言ったら、
「いい」、「いらない」って。

ところが、一週間経って、
「悲しかった」
なんて言いだしたんです。
糸井 へえぇ。
鈴木 「もしも欲しいものがあれば、
 自分で買うよ。
 でも、プレゼントっていうのは、
 選んでるときに、
 あの人これあげたらどういう顔するかなぁ、
 と、自分がたのしむためじゃないか」
と言うんですよ。
 
糸井 うん。
鈴木 もちろん人が喜んでくれることが
いちばん大事なんだけど、
奥さんは、
「選んでるときがたのしい」
「友だちにプレゼントあげるときも、
 たのしくてたまらない」
って言うんですよ。
それができないということは、
好きじゃないということだと思う、
というふうに言われました。
糸井 なるほど。
鈴木 ぼくはハッとして、
恥ずかしくなりました。
少なくとも、ぼくが番組を作るときは、
「みんなどういうのを喜ぶかな?」
と考えてるわけじゃないですか。
糸井 うん。
鈴木 それを生業としてるはずなのに!
と思いました。
ぼくはこれまでの人生で、
自分の好きな人たちに、そんなこと
一回もしてこなかったんだ!
そう思ったときに、とにかく恥ずかしくなって、
「ごめんなさい」と言いました。

そしたら、大島が、
「人間というのは、日ごろから絶対に
 サイン出してる」
と言うんですよ。
そういえば、大島が誕生日にくれるものって、
いちいち「どストライク」です。
「あ、これ欲しかった!」
という物を必ずくれるんです。
「生活してる中でヒントを出してるから、
 これからはわたしの一挙手一投足を
 見逃すな、聞き逃すな!
 それをたのしめ」
って言われました。
 
糸井 なるほどなぁ。
師匠だねぇ。
鈴木 師匠です(笑)。
  (続きます)
2010-08-06-FRI