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都立両国、復活の舞台裏(上) 「教えない授業」の魔力

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 半世紀前、東大合格者63人を誇った都立の名門、両国高等学校(東京都墨田区)。その後、長期にわたって低迷したが、2006年に始まった中高一貫校の卒業生が出た2年前から、合格実績が「都立トップ水準」に躍り出た。校風が一変した両国は今、教育界でにわかに注目を集めている。そこでは、教育新潮流ともいえる「生徒が勝手に教え合う授業」が展開されていた。

10月22日午後2時過ぎ、両国高校の大教室はあふれんばかりの人で埋め尽くされていた。これから始まる英語の授業を見ようと、90人の英語教師が集まった。席が足りず、立ち見の教師が教室を取り囲む中で、30代の女性が教壇に立った。

布村奈緒子。都立両国の英語科主任教諭の彼女は、昨年、全英連(全国英語教育研究団体連合会)が、年1回開く全国大会で、1400人の英語教師を前に、高2の授業を実演した。その斬新な授業スタイルは、多くの教師に衝撃を与えることになる。

「先生でなく、友だちから教わる」

教師が一方的に教えるのではなく、生徒がペア(2人組)やグループ(4~6人組)を組んで、英語で話し合いながら問題を見つけ、自分たちで解決していく。すべて英語で議論するため、コミュニケーション能力が飛躍的に高まる。

授業のテーマは「Poverty(貧困)」や「Biodiversity(生物多様性)」といった社会問題を扱う。前もって生徒に告知してあるため、それぞれが英字新聞や論文・データを集め、持ち寄ってくる。そしてペアやグループで議論して発表していく。

4人で議論する場合は、賛成者、反対者と司会、書記の4役を割り振って進行する。5分議論して、2分で結論を決める。それが終わると、布村がグループを次々と指名し、発表させていく。役割は授業ごとに変わっていくので、意見を戦わせたり、聞き役や判定役など様々な立場を経験することになる。そのため、授業は常に生徒が動き回り、様々な人と英語のやりとりを繰り返すことになる。「先生から教えられるよりも、友だちと交わした言葉の方が記憶に残る」(布村)

象徴的な指導法に「4コーナーズ」がある。これから学習する長文の要約を、4つに分けて教室の壁や廊下に張り出す。生徒は4人でグループを作り、それぞれが担当する英文がある場所に行って読み取り、席に戻ってグループのメンバーと報告し合う。そして、内容をみんなで推測していく。

「自分が担当する英文を理解できていないと、仲間に迷惑がかかる。だから、必死で読み解き、伝えようとする」(布村)

生徒の意欲を高めることを重視する。だから、「英語嫌い」にならないよう、予習は最小限に抑える。全文和訳は時間がかかるので、やらせない。「分からない単語だけ調べるように」と指示を出す。すると、授業が驚くほど理解しやすくなる。「この『お得感』がないと、生徒はついてきてくれない」(布村)

布村の授業では、生徒がプレゼンテーション(発表)する機会が多い。中には、指名される前から、英語で発言する生徒もいる。「成績の良い生徒が授業で活躍するわけではない。言いたいことがある子が、必死で英語を使って伝えようとする」

授業は必ず、プレゼンテーションで終わることになっている。文法が多少、間違っていても気にしない。自ら考え、英語で相手に伝えることを重視する。

「受験に通用しない」を打ち破る

授業の実演が終わると、会場がどよめく。「インパクトの強い正統派の授業で(生徒が)力をつけている」。そううなる教師もいる。だが、伝統的な和訳中心の「教え込む」授業を続けてきた英語教師は、拒否反応が強い。

「これは、都立トップ水準の生徒だからできるのではないか」「日本語を介さずに英語を習得するのはいいが、大学受験を乗り切れるのか」

次々と出される否定的な意見に、布村はクビを振る。「もし『成績下位校』に行っても、日本語を介さない授業をするつもりです」

大学受験に関しては、布村も悩み抜いた時期があった。都立両国に赴任して3年目の2010年、初めて学年を担当した。その高1生は英語力が向上し、4技能(聞く、読む、話す、書く)の英語力判定テストの平均点は、上級生が高2の時に出した得点を上回った。それでも、ベテラン教師や生徒の保護者から、受験に対する不安の声が消えなかった。

2011年、大手予備校が噂を聞きつけて、布村の授業を視察した。そして、クビをかしげた。「こんな授業は初めて見た。リスニング力がつくから、長文問題には対応できそうだ。ただし、(大学入試で)結果が出るのかどうか判断できない」

結局、布村は高2までオールイングリッシュの授業を続け、高3で和訳を授業に取り入れる。その和訳も、グループで考えて発表させ、どの解答が優れているか議論する手法を取り入れた。

そして臨んだ大学受験で、都立両国は現役生の35.2%が国公立大学に合格するという驚異的な数字をたたき出す。都立高の進学指導重点校に指定されている日比谷や西を上回り、国公立受験で「都立トップ」の成績を収めた。

名門校への挑戦

布村は前任の都立国際高校でも、習熟度の高いクラスを担当した経験がある。そしてオールイングリッシュの授業を展開して、早稲田や上智といった私立大学上位校に多くの学生を進学させている。

そして2008年、都立両国への転任が決まる。

「伝統ある名門校だから、オールイングリッシュの授業なんて、許されないだろう」。そう諦めていた。ところが、思いがけない光景を目にすることになる。

都立両国高校の主な出身者(肩書は当時)
芥川龍之介(作家)、堀辰雄(作家)、石田衣良(作家)、半村良(作家)、立原道造(詩人)
小池昌代(詩人)、杉山寧(日本画家)、新田ユリ(指揮者)、浅沼稲次郎(日本社会党委員長)
鷲尾悦也(連合会長)、飯島延浩(山崎製パン社長)、大河内一男(東京大学総長)
郷通子(お茶の水女子大学学長)、松沢哲郎(京都大学霊長類研究所所長)
大塚範一(アナウンサー)、伊東一雄(野球解説者)

布村は赴任当初、担当を持たず、他の英語教師の授業をサポートしていた。そして、中2の教室で、山本崇雄の授業を見ることになる。

わずか50分の授業で、ペアやグループが次々に入れ替わっていく。1つの課題が終わると、生徒の組み合わせが変わる。50分で十数回の課題を与えるため、2回の授業でクラス全員と組むことになる。そして、クラスを団結させて、生徒同士が教え合う「場」に変えていく。「誰かのために学び、教える。そうすると理解の深さがまったく違ってくる」(山本)

英語劇で2度優勝

そこには、言語を教えることの本質が隠されている。

「ことばの力」。山本はそう表現する。自分の思いが相手に伝わった瞬間、言語の「力」を体感することになる。その感覚を知ると、あとは生徒が自ら学習していく。

山本が毎年、生徒たちを引き連れて英語劇の大会に出場するのは、その効果を狙ってのことだ。しかも、演技の難易度が高いミュージカルで本番に臨む。脚本や音楽を作って、生徒に演じさせている。そして都大会で2度、優勝を果たした。

しかも、原爆や戦争、エイズといった社会的テーマを扱っている。2007年、山本は中1を担当した時、学年全員を英語劇に参加させた。その後も、毎年100人前後の生徒が参加する一大イベントになっている。

山本はテーマを理解させるため、東京大空襲の資料館や広島の原爆ドームに生徒を連れていく。都立両国OBの戦争体験者を招いた講演会も開いた。すると、生徒たちが自主的に、テーマについて学び合っていく。そこで、役柄とセリフに込められたメッセージの深さに気づくことになる。

都立両国(旧制三中)を舞台にして、東京大空襲で亡くなった陸上部の生徒が、現代の陸上部員と時を超えてつながるミュージカル「Sing Like the Wind」。舞台の最後で、現代の生徒が試合のスタートラインに立つ。負けた試合が頭をよぎると、過去からの声が聞こえる。

"I'm afraid of running. I'm afraid of losing." (走るのが怖い。負けるのが怖いんだ)

"Don't be afraid of running." (恐れちゃだめだ)

"Listen to the sound of the wind." (風の声を聞け)

"We are the wind from the past." (僕らは過去から吹く風となって)

"We are always looking at you from the sky." (いつも君を見守っている)

若き命を絶った戦争の凄惨さと、先人たちの歴史の上に、現代があることを再認識するシナリオになっている。生徒は時代を遡って戦中の両国生を演じる。そして、当時の学生たちの思いを、英語のセリフを通して現代の聴衆に伝えようとする。その時、生徒たちは言語の持つ「力」を感じ取る。

そうして山本が担当した2007年入学の「中高一貫2期生」は、全生徒がミュージカルを経験した。金谷千絢もその一人だった。中1ながら、主役級の役を演じた。

「高校生は文化祭で屋台とか自由にできるけど、中学生は英語劇に参加しないと、やることがなくて暇になる」。それは、学校側が意図したことなのかもしれない。乗り気がしない生徒もいる。宮本康平は中1の時、仕方なく照明係を担当した。だが文化祭の当日、舞台裏から同級生たちの演技を見て、引き込まれた。

「来年は、自分も舞台に立ちたい」。宮本は、中2でエイズをテーマにしたミュージカルの舞台に立った。「自分に割り振られた言葉は短いけど、そこに込められた意味は重かった」

この2期生は高校に進級すると、英語の担当教師が布村になった。「山本先生の授業は、サブで入っていたから、授業内容も子供たちもよく知っていた。あの子たちを自分が担当できると思うと震えた」(布村)

この中高一貫2期生たちが、都立トップクラスの合格実績を叩き出すことになる。金谷は東京外語大学言語文化学部に進学する。宮本は小さい頃からあこがれた機械工学の世界を目指し、東京大学理科1類に進んだ。2人とも現役で、志望する国立大学に合格した。

布村に生徒を送り出すと、山本は2011年に再び中1を担当する。その年、山本は自らの授業スタイルを問い直すきっかけとなる、2つの事件に遭遇した。

夏休みになると、山本は英国に渡り、ケンブリッジ大学で教育研修を受けた。自分の授業を披露すると、高い評価を受けた。だが、最後にこう指摘される。

「君の授業は、生徒にレールを敷きすぎている」

その言葉が胸に刺さった。帰国後、大震災の津波に襲われた東北の海岸線を歩いた。砂浜に近い小学校は建物が流され、廃墟と化していた。山本はその場に立ち尽くした。力なく首を垂らした草木に、浜風が吹き抜ける。

「人間には、ゼロからスタートしなければならない時がある。教師がいなくても学び続ける子を育てなければならない」

そして、山本はこう決意する。「教えない」と。「英語は宇宙のようなもの。すべてを教師が教えることなんて、そもそも不可能だ」

山本は、教室を6グループに分け、生徒を教師役に立てて授業をさせてみた。すると、こんな感想文が出てきた。

「もっと、みんなを巻き込める授業にしたかった」「リーディングの流れを順序よく組み立てておけばよかった」「段取りをしっかりして、練習すべきだった」

それを見て、山本はうなった。自分が目指そうとしている授業を、すでに生徒たちが気付いている。手を抜いた授業は、すべて生徒に見透かされてしまう。

変化を恐れぬ学校

今年、山本はこれまで踏み出せなかった挑戦に乗り出した。英語劇の実績もあって、中学の英語教師として、その名は全国にとどろいている。だが、初めて高校生の担任に就任したのだ。2011年から教えてきた中学生と一緒に、この4月に高1に上がった。そして、2年後には初めて大学受験に挑むことになる。

その大学受験制度は、大きな変革期にさしかかっている。知識重視の問題から、より応用力に重点を置いた課題にシフトしていく。人物や活動の評価も取り入れる流れが強まっている。

受験の重要科目である英語は、「読む」「書く」の試験から、「聞く」「話す」を取り入れた4技能で評価する傾向になっている。それは、都立両国の生徒たちにとって、より実力を発揮しやすくなることを意味する。

「多くの学校が受験制度の変更を恐れているが、都立両国の生徒はどれだけ激変しても対応できるに違いない」

都立両国を担当してきたベネッセコーポレーション首都圏営業課学校担当責任者の中谷隆文は、そう評する。

教科の本質に迫り、「学び続ける生徒」を育成することを目指した結果だといえる。生徒たちが勝手に課題を見つけ出して、話し合いながら解決していく──。それは、英語ばかりか、都立両国の全教科に広がろうとしている。

=敬称略

(編集委員 金田信一郎)

「都立両国、復活の舞台裏(下)」はあす16日に掲載します。

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