「イクメン」どころの騒ぎじゃない時代が来ます

日経新聞を読んでいると、企業が海外シフトを加速する様子が手に取るようにわかります。

それに伴い、10年後に結婚する世代(今の高校生か大学生あたり)からは、結婚や働き方のスタイルも大きく変わるでしょう。


日本の消費市場は急速に縮小するため、今後も企業は仕事、そして雇用をどんどん海外に移します。

前に 「あなたの孫はインドか中国で生まれます」 で書いたように、今よりずっと多くの日本人が、しかも長期間、海外で働くことになるでしょう。


大企業の製造業では主な市場は否応なく海外市場になるし、飲食や小売りチェーンもアジア展開を加速しています。

またその内容も変わります。

今まで海外赴任の行き先は西欧先進国が中心でした。

しかし今後は、中国、インド、ベトナムやインドネシア、その他のアジア諸国が主な赴任地となります。商社など資源系の業務が多いB2B企業では、中東、南米、ウイグルや極東ロシアへの赴任も増えるでしょう。


本社のエリートにたいする「箔付け」と「経験をつけさせること」が海外駐在の目的であった過去は、数年の赴任が主流でした。

でもこれからは5年以上か、もっと長期の赴任も増えるでしょう。海外をあちこち転々としながら、キャリアの大半を海外で積む人もでてきます。

なにしろ日本市場が縮小するのですから、「日本で出世するために海外で経験を積む」なんて無意味です。「収益源である海外で主に働く」ことが求められるようになるのです。


また、コストのかかる駐在を避け「長期出張」の形で海外にスタッフを送り込む企業も増えています。

1ヶ月単位で出張を繰り返し、滞在先はホテルや借り上げアパートですが、飛行機での移動、自宅外で長期の単身滞在を繰り返す働き方は、若い人にとっても負担は小さくありません。


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さて、そういう状況において、彼ら世代の結婚生活や子育てスタイルはどう変化するでしょう?


昔のように「数年だけパリやNYに駐在」であれば、一流企業の社員である彼らの「専業主婦」になりたい女性も多かったでしょう。そういう都市なら子供を育てる環境も整っています。

けれど、赴任先がケープタウンだ、チリの鉱山の近くの町だ、ムンバイだ、ウラジオストクだ、ジャカルタだということになり、しかも 2年じゃなく て5年だ、もしかしたら 10年かも、下手したらあちこち回ってもっと長くかも、と言われても、

彼女らはこういう人の専業主婦になりたいと思うんでしょうか?(いやもちろん思うんでしょうけど。)


もっと大変なのは、自分もキャリアをつみたいと思う既婚女性です。

夫・妻とも東京での勤務なら、不十分とはいえ子育て環境も整う方向に進んでいます。なによりも男性が「イクメン」(育児に熱心なメンズ)を目指す時代です。

また、相手の海外赴任がNY 2年であれば、自分も休職して一緒に赴任し英語を学んでくるとか、学位をとってくるとか、もしくは 2年くらいなら別居生活を楽しむのも悪くないかもしれません。

しかし赴任が 5年となれば、もしくは中東だという話になれば、別居して暮らすのはかなりやっかいな話です。

ましてや南米の鉱山開発に一年に 4回くらい一ヶ月を超える長期出張をする夫と“共働きで子育てをする”なんてのは、たとえ夫がすばらしきイクメン君であっても全く成立しえない生活スタイルじゃないでしょうか。


更にいえば、女性側にも海外赴任を打診される人が増えてくるでしょう。

妻はアフリカに赴任が決まり、夫はアラスカで資源開発だ、と言われるかもしれないのです。そうなれば、このふたりはいったいどういう生活を選ぶのでしょう?

というように、10年後に結婚する世代からは、こういう判断を迫られる人達が珍しくなくなると思うわけです。


もちろんこういう選択を迫られるのは、大手の一流メーカ−や商社、外資系企業の他、小売りや飲食店チェーン、グローバル展開を目指す成長企業などに勤める人達だけです。

でもだからといって、それ以外の業界や企業に勤めていれば安心か?というと・・・夫婦して「海外では全く通用しない。日本だけで頑張る」企業に勤めているのも・・・それはまたそれで、別の不安がでてくるような気もします。


★★★


欧米企業にはグローバルローテーションでリーダーを育てる企業がたくさんあります。

どこの国で採用された人でも、マネージャー以上になれば(日本みたいな一方的な辞令や赴任命令ではないですが、)他国のオフィスで経験を積んでみないか、という話になります。


こういう時、中には家族と相談の上、断る人もいます。それ以外に会社に残る道がないとなれば転職する人もいます。もちろん赴任する人もいます。

赴任する場合、欧米人で単身赴任を選ぶ人は少数派でしょう。たいていは配偶者も赴任先に同行し、現地で仕事を探します。妻が夫についていく場合もあるし、反対に「妻の転勤に夫がついていく」ことも少なくありません。

「妻が香港ですごくいい仕事をオファーされたんだ。だから自分も退職してついてく。ボクが現地で仕事を探す間は、子育てを担当するつもりなんだ」みたいな男性も結構いるわけです。順番にキャリアチャンスを譲り合い支え合うスタイルです。


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これ、ちきりんは全く同じことが日本人夫婦にも起るようになると思います。

今までなら妻が妊娠した時に「やったー! で、でも、オレは今の仕事を続けられる?」と考えた男性はほとんどいないでしょう。

一方で働いている女性は、妊娠となればほぼ全員が「仕事、どうしよう?」と考えるし、中には「首にならないかな」と心配になる人さえいるはずです。

考えてみてください。

共働きの妻の妊娠が判明した後、夫に南米への辞令がでて5年は戻ってこれないとなったら、二人はどんな選択肢を検討するでしょう?


妻が会社をやめて専業主婦となり、南米にふたりで赴任して現地で乳飲み子を育てる?それとも妻が日本に残って(仕事をしながら??)一人で子育てをする?

それに加えて「オレが南米への辞令を断るべきではないか?」という、男性側がキャリアを変更する選択肢も、検討することになりますよね?


小さな子供のいる共働き夫婦で、妻に海外赴任の打診があった場合も同じです。

それが妻にとって大きなキャリアチャンスだとしましょう。夫は妻に「赴任を断れ」と言うでしょうか?

それとも「子供は日本に残して行っていいよ、オレが育てるから」とか、さらに、「もしかしてオレが辞めてついていくべきじゃないか?」と考えたりしませんか?

このふたつの選択肢の場合、男性は自分の働き方を変える必要がでてくるわけです。


実際にどういう決断をするかは別として、「出産・育児のために働き方を変える」という判断自体を、これまでほとんどの男性はしてきませんでした。そういう判断を迫られるのは99%が女性側だったのです。

けれど、これからはそれが変わります。一気に半々になったりはしないでしょうが、男性側にも「妻が妊娠したので、辞めます」とか「妻が転勤するのでついていくことにしました。なので転職します」という人が少しずつ増えていくと思うのです。

皆さんが既に中高年であるならば、遠からず部下(男性)があなたにそういって辞表をもってくるでしょう。

もしくは、海外赴任の辞令を出した男性部下が「妻と相談しましたが、もうすぐ子供も生まれるし、私には海外赴任は無理です」と断ってくるケースもでてくるでしょう。

画期的なことですよね。「家庭と仕事の両立」という「女の課題」が本当の意味で「男女の課題」に昇華されるのですから。


★★★


女性にとっての最も大きな負担は、(育児そのものの手間に加え)出産や育児によって自分のキャリアが影響を受けるという点にあります。

これからは男性も「自分の家の出産や育児」と、「自分の働き方、転職や退職の判断」をリンクさせて考える時代がやってくるでしょう。


「イクメンが増えています!」と無邪気に騒ぐマスコミの報道は牧歌的で微笑ましいけれど、今の学生さんあたりからはそれどころじゃない時代になるかもよん、と思ったので書いてみました。




そんじゃーねー。


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