日本の原子力開発の最高権威として知られる石川迪夫・日本原子力技術協会最高顧問(77歳)が、5月18日、『電気新聞』に寄稿した論文が関係者に衝撃を与えている。
石川氏は、福島第一から垂れ流される放射能汚染水は、驚くべき高濃度に達していると指摘する。
〈頭の痛い高濃度汚染水の話だ。
原研OBが集まっての原発対策検討グループの検討結果では、破損した3基の原子炉が持つ放射能の総量は、コバルト60に換算して約十数億キュリーと推定している。その僅か1%が混入したとして、冷却水が持つ放射能量は1000万キュリーにもなる。これはとんでもない恐ろしい量なのだ〉
石川氏によると、1万~5万キュリー程度のコバルト60でも、厚さ1・5mのコンクリート壁で覆われた室内で保管する。今回漏出した水に含まれるのはその1000倍、1000万キュリーと推定される(37万テラベクレルに相当)。
〈1000万キュリーとなると、それはもう、感覚外だ。10円(10キュリー)を遣り繰りしている貧乏人に、1000万円を都合せよと言うに等しい〉
さらに心配されるのは当初注入された海水に含まれていた塩分の影響で、推定される炉内に残る塩分量は総計100tにも及ぶ。この大量の塩が、配管や設備の腐食を早め、汚染水が漏出する恐れがあるという。
〈この大量の塩が炉心にどう作用し、どのような性状の物体を作っているのか、僕には見当がつかない〉
石川氏は事故後に渡米し、アメリカ・原子力規制委員会のヤツコ委員長と面会、「4号機のプールに水がないというのは、事実誤認だ。使用済み燃料プールの処理は峠を越えた」と主張している。
いわば日本の「原子力村」を代表する人物の一人だ。その石川氏が、汚染水について身震いするような恐怖を訴えているのである。
3号機は放射線ダダ漏れ
アメリカ製のロボット「パックボット」の活躍を突破口に、原子炉建屋内の「真の」状況が徐々に分かり始めてきた。
5月10日には、比較的内部の線量が低い1号機建屋内に作業員が入り、原子炉の水位計を調整。その結果、1号機では水位が想定されていたよりもずっと低く、ほとんどの燃料が溶融(メルトダウン)して容器内部に溶け落ちていることが判明した。
2号機、3号機では水位計のデータ上、燃料の半分程度が水に浸かっているとされているが、こちらの水位計はいまだ事故後のまま未調整で、正確な数値を示しているかきわめて疑わしい。
「水位計というのは、レファレンス(基準水柱)が地震などの影響で不安定になりやすく、あてにならない。1号機が、調整後にようやく水位が測れるようになったのはレファレンスを直したからです。
2号機、3号機も作業員が建屋内に入り、水位計を調整して初めて正確なデータが取れる」(東京電力中堅幹部)
炉内の水位以外に、東京電力がこれまでに公開しているデータは、原子炉内の圧力、温度、格納容器の圧力、温度、圧力抑制室の圧力、温度などがある。これらから読み取れるのは、炉内の恐るべき実態だ。
「1号機は炉内の圧力が6・2気圧と高い。一方格納容器のほうは1・3気圧と、大気圧よりわずかに高い程度です。
1号機は燃料が溶けて圧力容器が損傷し、大量の水漏れを起こしていることが分かっていますが、蒸気はそれほど漏れずに内部に留まっているんです。格納容器のほうも、ある程度封じ込め機能が生きている。
ところが2号機は、原子炉が0・9気圧、格納容器が0・5気圧で、ほぼ外気(1気圧)と同じです。つまり、原子炉が損傷しているだけでなく、格納容器も封じ込め機能を失っている。
言うなれば窓を開けて車を運転しているのと同じ。炉内の放射性物質は、そのまま外気に漏出してしまっていると考えられます」(東京電力担当記者)
元東芝の格納容器設計技術者の後藤政志氏は3号機に注目する。
「この数字(16日)を見る限り、3号機は圧力容器周りの温度が141度、格納容器の温度が196度で、格納容器のほうが高くなっている。これは、圧力容器が損傷し、溶融した燃料が格納容器に落ちている可能性が高いということです。
これは大変なことです。格納容器内の圧力は、ほとんど大気と同等(約1気圧)ですから、溶融した燃料から出ている放射性物質はそのままツーツーで外気に放出されている」
実は冒頭で触れた石川迪夫氏も、事故後のかなり早い段階から「3つの炉心とも、溶融している可能性が高い」と指摘していた。しかし、2号機に至っては圧力抑制室が損傷して圧力のデータさえ取れない状態で、溶融した燃料がどこでどのように溜まっているのか、判然としない。
ある原子炉専門家は、匿名を条件にこう話す。
「おそらく3つの原子炉の燃料は、すべて溶けている。3つの圧力容器はいずれも損傷を受けて、放射能が漏出していると見られます。
溶融した燃料ですが、直径4mくらいのいびつな塊となって、圧力容器下部か、格納容器に落ちている。卵の殻のような状態で、表面20cm程度は硬くなっているが、内部は約2000度の高温でまだ冷めきっていない。事故発生直後、緊急停止した段階で、熱量は運転時の7%、1時間以内に2%、丸1日で1%まで冷えますが、そこからが長い。2ヵ月経ったいまでも0・1%くらいまでしか下がっていないんです。溶融した燃料が内部まで固体の状態になるまで冷え切るには、かなり長い時間がかかると見ています」
それでは、その間に放射性物質は漏出しないのか。この専門家の見立ては以下の通りだ。
「今回の事故は、チェルノブイリ型の大爆発とはまったく様相が違う。むしろスリーマイル島事故と非常に似ています。揮発性の高いヨウ素131などの放射性物質はすでに事故直後に大半が飛散し、いまはほとんど漏出はありません。だから、周辺地域のモニタリング・ポストの数値もかなり下がっている。
しかし、原子炉から半径1~2kmの範囲には、溶融した燃料の内部の、高温でドロドロになっている部分から飛び出した気泡の中身がいまも飛び散っている。原発施設内で高い放射線量が観測されているのはそのためでしょう。とにかく冷却水を循環させて、溶融した燃料を早く固体化することです」