毎日毎日、私たちは何度も「ウソをつくべきか、本当のことを言うべきか」という選択を迫られています。あまり深く考えずにやっていることも多く、大したことがないと思っている決断が後々甚大な影響を及ぼすことにも、見て見ぬ振りをしがちです。

ほんの小さなウソですら、経済的な損失になったり、人間関係にダメージを与えたり、後の選択に影響を与えたりすることがあります。反対に、正直に話すことが精神的に驚くほど良い結果をもたらすことも多いです。今回は、ウソをつくことと、正直でいることが、人間の脳や生活にどのような影響を与えているのかを紹介していきましょう。■小さなウソでお金を失うこともある

レストランを出ようとしたら、店員さんがやってきて「お料理はいかがでしたか?」と聞きました。あなたは「どれもとてもおいしかったです」と答えました。実際はまあまあの味でしたが、あまり失礼なことを言いたくなかったので、ウソをつきました。このこと自体はそこまで大したことではないように思えましたが、料金を支払う時に普通以上にチップを払うハメになりました...これは社交辞令的なウソが、実際の行動に影響を及ぼす一例です。心理学者のGuy Winchさんは「Psychology Today」で以下のように言っています。

[Argo氏とShiv氏の研究より]レストランで食事をした85%の人が、食事に満足していない時でも社交辞令的なウソをつくということがわかりました(例えば、実際はイマイチでも、すべておいしかったと言うなど)。しかし、本当に興味深い発見は、社交辞令的なウソでお店や料理に対する不満を隠した人の方が、そうしなかった人よりもチップを多く払う傾向にあったということです。なぜ食事に満足していない上に、店員にそのことを隠そうとウソをついた人が、結果的によりたくさんのチップを払うことになるのでしょうか? 研究者は、認知的不協和のせいではないかと言っています。

認知的不協和とは、人間が自身の中に2つ(もしくはそれ以上)の対立する考えを持っている時に不快感を覚える状態だと言われています。ウソをつく時によく見られる状態です。

Argo氏とShiv氏の他の研究では、まず文章になっている言葉の短いリストを大学生に渡しました。そのうちの何人かの被験者は、その言葉の裏に本当の意味はない基本的な言葉のリストでしたが、それ以外の被験者は「正直」に関係のある言葉でした。被験者を不快な気分にさせるために、約12分間あえて何もしない状態で部屋に留まってもらいました。それから何人かの被験者にどのような気分かを尋ねたところ、明らかに不快そうに見える人もいたにも関わらず、ほとんどの人が「良いですよ」とあからさまなウソを答えました。

この最初の実験の後で、研究者は「宝くじで100ドルが当たる」という2番目の実験のために被験者を呼びました。研究者は被験者に「宝くじで当たったお金をいくらか研究のために寄付してもよければ、ぜひお願いします」と頼みました。最初の実験で「正直」について考えつつも、社交辞令的なウソをついた被験者は、宝くじで当たったお金の半分以上を(平均で)寄付しました。それ以外の人は、当選金の3分の1を寄付すると言いました。再び、思ってもいないウソをついたことで、頭の中に矛盾が生じ、認知的不協和を生んだのです。

このような社交辞令的な、たわいのないウソのことを、英語では「白いウソ」と言います。私たちは、白いウソは害がないと思い、見て見ぬ振りをすることが多いです。会話の中でその不協和が浮かび上がることはほとんどありませんが、心の奥深いところに存在し、将来的に微妙な影響を及ぼすことがあります。結果的に、影響がほんのわずかだとか、時にはほとんどないようにさえ思われる行動も、長い目で見ると影響を及ぼしているということに注目する必要があるでしょう。

■ウソは脳に負担をかけ、ストレスを引き起こし、体に害を及ぼす

ウソをつくのにはかなりの労力が要ります。本当のことを言う時は、ただ事実を思い出せばいいだけです。人がウソをつく時、隠したいことについて考え、その反対のことをそれらしく作り、ウソを説得力のあるように演じ、ウソをついたことをその後ずっと覚えておかなければなりません。したがって「ウソをついたこと」からは、一生逃れられないのです。

たとえ、おばあちゃんが作ってくれたケーキがマズかったから、我慢して大好きなフリをしたとしても、それは自分自身への大きなプレッシャーになります。さらに言うなら、毎回ウソをつき続けなければなりません(自覚はなくても、そういうことをしているのです)。

著書『しょっちゅうウソをつかれてしまうあなたへ』もある"ウソを見抜くプロ"Pamela Meyerさんによると、「平均的な人間は、知らない人に会うと最初の1分間に3回ウソをつき、1日に10~200回はウソをついている」のだそうです。人間はこの絶え間なくつき続けているウソを、あまり頻繁につき過ぎないように考えてコントロールしていますが、結果を無視しても構わないような時にはウソをつきやすくなります。

ウソはストレスと不安を引き起こします。ウソをついているか確かめる必要がある時は、ウソ発見器を使います。これは実際にウソを見つける訳ではなく、ウソを言っている時のストレスサインを見るものです。ストレスは、必ずしもウソをついているから表れるものではありませんが、良き手がかりとなることが多いです。作家のDavid Ropeikさんは、さらなる証拠となる事実があると言います。

ノートルダム大学のAnita Kelly氏とLiJuan Wang氏は、18~71歳まで110人のグループを集め、週に1回ここに来てウソ発見器に乗り、前の週に何度ウソをついたかを10週間にわたって報告するように言いました。グループを半分に分け、半数の55人にはウソをつかないで済む方法を、系統立てて説明しました(本当のことを言いたくない時や答えたくない時は、作り話をするのではなく、何も言わなければいいということです)。もう一方のグループには、ウソをつかないで済む方法を教えず、ただ週に1回ここに来て、先週何度ウソをついたかを正直に言うように頼みました。

全員ウソをつく回数は減りました。しかし、ウソをつかずに済む方法を教わったグループは、作り話やでっち上げをすることがかなり減っていました。また、アンケートによると、ウソをつくことが減った人は、精神的にも肉体的にもより健康になっているという報告がありました。人間関係も良くなり、睡眠のトラブルも減り、緊張することも減り、頭痛も減り、喉の痛みも減ったという結果が出ました。

ストレスが人間の心にも体にもいかに害を及ぼしているか、ということがわかるでしょう。ウソをつくことでストレスレベルが上がり、それを一日に何度も何度も行うので、ウソをつく(つまり隠さなければならないことを持つ)ことの影響について、真剣に考える必要があります。害があることは明白という訳ではありませんが、簡単に日常生活や健康に多大なる問題を引き起こします。

■時には正直であることが一番良いとは限らない

人生は模範的なものではありません。ウソをつくことが、ストレスやその他のひどい問題を引き起こすとしても、時にはウソも方便ということもあります。ウソをつくことで身の安全が守られ、正直に言うことで危険に巻き込まれるような時は、正直に言わない方がいいでしょう。例外は常に存在します。自分の意思に関わらず、どんな気分になろうが関係なく、正直に言わないこともあります。

一般的に言って、正直でいることは、ウソをつくよりも、精神的にも肉体的にもかなり健康にいいのです。それでもなお、人間というのは複雑な生き物であることも確かです。私たちは日々、説明できないような複雑な決断をしています。ウソをつく必要があったという理由を探そうとしますが、大体はそんな理由は簡単には見つかりません。

例えば、自分の自尊心を守るために、社交辞令を言っているような時は気をつけましょう。長い目で見れば、ウソをつくことの方が、自分を守ることにも、相手のためにもなりません。常に正直でいることはできないかもしれませんが、できる限り正直でいればいるほど、心身共に健やかで幸せになっていきます

Adam Dachis(原文/訳:的野裕子)

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