”今度も魅せますぶちまけクライマックス。ぼくのアビー”『モールス』(ネタバレ)


 ご存知『ぼくのエリ』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20100901/1283317628)のリメイク。


 雪に閉ざされた街で起きた、人間から血を抜く猟奇殺人。その始まりと時を同じくして引っ越して来た父娘。アパートの隣の部屋に母親と住んでいる12歳の少年オーウェンは、同い年ぐらいに見える少女アビーに興味を惹かれる。学校にも行かず、夜に裸足で出歩く彼女に不可思議なものを覚えつつも……。学校で執拗ないじめに遭っているオーウェンは、やがてアビーに励まされて反抗するようになるのだが……。


 オリジナルは昨年のベスト1に選んだ作品なので、今作も期待半分、心配半分というところでありました。


 冒頭、ストーリーでは中盤にあたる病院のシーンから始まるんですね。ここは実にショッキングなところなんですが、中盤でもう一回見せるために、あえてぼかした表現をしている。物語に興味を惹かせる効果は発揮しているし、これからスリラー色の強い物語が始まるよ、とはっきり宣言している。ここは演出としては上手いと思います。
 ……なんだけど、オリジナルの時系列順のオープニング、窓ガラスの向こうから外を見る主人公の、その透明な壁に閉じ込められたような感覚、しんしんと雪が降りしきる中で、またいつ果てるともしれない先の見えない日常が始まるという閉塞感がなくなってしまったのは痛い。


 筋はそっくり同じなんですが、オリジナルにあった設定や演出が、かなりカットされているんですね。
 まず、周辺の住人たちが、主人公オーウェン少年が望遠鏡でのぞき見てる範囲しか登場しない。オリジナルでは、何の仕事をしてるかもよくわからない人たちが同じバーで集まって酒飲んでるシーンがあって、それがそのまま舞台となる街の先行きの見えなさ、そこに住み続けることで待ち受ける未来を象徴してたのですが、バッサリとなし。これはやっぱりアメリカだからなのかなあ。昔も今も、未来溢れる強い国だということにしときたいのか? 台詞では「こんな街……」と言われるんですが、それが何でなのかはいまいち見えて来ない。おかげで舞台、世界がすごく狭く感じられるんですね。そうそう、猫のシーンもなくなっちゃいました。
 代わりにアビーの家に踏み込んでくるのが、エリアス・コーティアス演じる刑事。別に不自然とは言いませんが、しかしこの刑事、単独行動し過ぎじゃない? 田舎はこんなもの?


 オリジナルでゲイ疑惑のあったお父さんは電話でしか登場せず、代わりに母親が宗教かぶれでややアル中という設定。このお母さん、やたらと寝てるシーンが多い。離婚を控えていっぱいいっぱいなのか、忙しい上に酒量も増えてる模様。ただ、食事の前の祈りのシーンは到ってポピュラーなもので、お父さんには毛嫌いされてる様子ですが、そんなひどい宗教かぶれ、原理主義のようには見えない。ここらへんもオリジナルより、家族内の行き詰まりの表現が薄めで、街の描写と合わせて主人公がどこかへ行ってしまいたい、と思うまでの原動力になり得ていない。代わりに電話で両親しょっちゅう喧嘩。台詞でわかりやすくなってますね。


 さらに主人公が、殺人事件のスクラップを作ったり、警察官の質問に答えたりして犯罪そのものに興味を持っているという描写もバッサリとカット。ここは、部屋で彼がまるでスプラッタホラーの殺人鬼のようなマスクをかぶっているシーンで表現されています。このマスクはアビーの側にいるおじさんの顔にちょっと似ていて、今後の暗示になっているし悪くないと思うんですが、個人の関係だけでなく前提として社会的にすごくインモラルな話なんですよ、という意味の表現としてはやはり弱くなっている。


 さて、そのおじさん。原作におけるホーカンというキャラは映画ともまた違ってたのですが、今回のリメイクでは完全に、かつての少年の成れの果て、としての役割で固定されました。昔の写真まで出てきます。「もう疲れたのかも……」とか言い出します。また台詞かよ、わかりやすっ! 


 こう列挙してきて、ああオリジナルってほんとに説明台詞なかったよなあ、と実感。いや、今作が特別多いとは思わないですよ。演出で伝え切れないなら、ある程度は語るべきだろうし。しかしやはりセンスの違い、みたいなものはほんとに露骨なまでに見えて来る。


 台詞でわかりやすくなってるのに加えて、音楽や効果音の使い方も、かなりホラー的に露骨になっています。冒頭、アビー登場。アパートの上の階からのカメラで、遠目に彼女の顔、で足下、あれっ裸足? 効果音バン! アパートに入って来て、ドア越しに廊下から隣の部屋に入るアビーを見る、顔アップ、で足下、やっぱり裸足だ! 効果音バン! 素晴らしい強調ぶり。


 もう一人の主人公アビーのキャラクターの表現も、やはりものすごくわかりやすくなっています。最大のポイントは吸血に及ぶシーンなんですね。ロングショットで撮られるカクカクとした人間離れした奇態なアクションもそうですし、そもそも容姿がガラリと変わります。瞳の色も変わり、凶悪な表情となり、声も怪物的な野太いものに変化します。ああ、これが「本当の姿」なのか、と思わされます。
 普段はおすまし顔のアビーちゃんなんですが、正体は怪物だ! ここはちょっとビジュアルのわかりやすさが裏目に出て、何か本性を隠している生き物が邪なたくらみを抱いてオーウェン少年に接近してるんじゃないか、と受け取られてもおかしくなかったかと思います。もちろん目的はおじさんの後釜探しだ! 他のシーンで状況設定を省いてるところも手伝って微妙な感情描写が吹っ飛んでしまっており、さらにホラー演出頑張り過ぎたせいで単なるモンスター映画になってしまうぎりぎりのところに来ていた。
 ……だが、それを水際で食い止めたのは……我らがクロエ・モレッツたんの熱演だ〜! 先のおじさんの「もう疲れた」発言にせよ、一つ下手を打てば怪物が人間を使い捨ててる、というイメージに印象づけられてしまったと思います。だけど、それを聞いているアビーは、死ぬことも出来ずこれから終わりのない日常を生きなければならない、一人だけ姿の変わらぬまま孤独に。逃げたくなったおじさんの傍らで、アビーはすごく寂しい想いをして、だからこそ強くオーウェンを求めるようになった。その寂寥感と悲哀を、クロエ・モレッツは演技と存在感できちっと表現して、映画に血肉を備えさせた。ありがとうクロエたん!


 オリジナルのオスカー君は、北欧ということでカルシウム豊富な硬水を飲んでるせいか結構骨太で、色白で弱そうだけどガタイではそんなにいじめっ子に負けてない感じがありましたね。要は気合い一つでなんとかできるかも?と思わせる要素があった。ただ、今作のオーウェン君はほんとにやせっぽちで顔も女の子っぽいし、途中のトレーニングのシーンも正直効果あるように見えない。いじめ野郎共のやることも暴力的なので、今にも壊れてしまいそうな危うさがありました。彼の雰囲気も良かったですね。逆にもう少し強くなければ、全てを捨てて旅立つあのラストにつながらないのでは、とも思いましたが。


 演出で良かったなあ、と思ったのが、血の紅さの見せ方でした。オリジナルは少しくすんだ黒っぽい赤で、北欧のあの寒々とした風景では血の色もこう見える、ということでリアルだったのでしょうが、今作では紅い! クロエの肌を濡らし、ライトの照り返しを浴びて真紅に輝いて観客の目を射る。ここはいかにも「吸血鬼もの」ですよ、という見せ方で美しかった。
 お楽しみのクライマックスのプールのシーン、オリジナルでエリたんが冷徹に四人の内の三人だけを必要な部分だけねじ切って切株にしたのに対し、アビーは激怒に任せてその場にいた全員を文字通り解体してぶちまけたように見えました。最後の引きのショット、死体の散らかり具合にご注目。そして、ラストでエリは顔が映りますが、アビーは隠されたまま。冷徹さと荒々しさ、常にクールで蒼い炎を燃やすエリと、おすまし顔に激情を隠した二面性を持つアビー。オリジナルと今作のスタンスの違いがそこにも象徴されていたように思います。


 さて何とか踏みとどまった本作ですが、いや、普通に面白い映画だと思いますよ。あれこれ演出をいじくって単純化しても、元のプロットの圧倒的な魅力はやはり褪せないし、まだまだボーイ・ミーツ・ガールとして普遍的な物語であると思います。しかしまあ、ボカシを入れるまでもなく例のシーンを曖昧にごまかしてるあたりは原作舐めてんのか、と言いたくなりますし、頼むから『ロミジュリ』の本で、これは恋愛ものなんですよ〜という表現をするのだけはやめてほしかった……わかりやすいを通り越してださ過ぎるだろ……。

MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

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MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

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ぼくのエリ 200歳の少女 [DVD]

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キック・アス Blu-ray(特典DVD付2枚組)

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