自己啓発するノスタルジーの論理

雑記

オリンピックに興味を持つのは難しいのだけど、そんな僕でも開会式くらいは(後追いで)見ることになるわけで、なにせ知識のレベルでもかの国について知っていれば、イギリス社会への皮肉たっぷり、もはや開会式関係ないお祭り騒ぎで、アナウンサーの人たちはこの開会式の原稿をもらったときどんな顔をしたのかなあとか、そんなことばかり考えていたのだった。でも同時に思ったのは、じゃあこれを日本でやるとしたら、どんな演出で、どんなストーリーにするのだろうということ。Mr.ビーンのポジションはビートたけしなのかもしれないけど、彼がいま開会式でコマネチしたところで、笑える世代はもうだいぶ上の方だ。

まあ普通にやるなら、議論を呼びそうな戦前から終戦にかけての話はうまくすっ飛ばして、高度成長期からのバブル崩壊、長期停滞、ふたつの震災と、現在の日本を描き出した上で、このオリンピックを契機に新しい国づくりを目指すぜ!みたいなコンセプトが語られるのだと思う。ついでに自然との調和とかを目標に掲げれば完璧だ。そこでも脱原発とか微妙なテーマにはできるだけ触れずに、自然の中で生まれ、育っていく子どもたち、みたいな、なかなか文句を付けづらい表象とかで固めておくのがベターだろう。政治的でないことが、もっとも明確な日本の政治的スタンスなのだし。

とかいう皮肉はともかくとして、普通に考えれば、総合演出には長野も担当したあの人か、もしかすると新人類世代のあの人が選ばれるのかもしれないけど、そんな自由度は高くなくて、あっちこっちに代理店の某社や某社の手のものが介入してくるのだと思う。ほんで、そういう世界の人たちにいま刺さるテーマと言えば「ソーシャル」で「共感を呼ぶ」ストーリーづくり。みんなが生中継で見てツイッターとかでもばんばんつぶやくような、感動的なものにしましょう!(ついでに高視聴率をたたき出して弊社の手柄にしましょう)って企画書が局の会議室を飛び交うのだろう。

ただ困ったことに、ソーシャルメディアでの共感は、マスではなくてこだわりをもった少数の人たちの間で広がっていくからこそ共感を呼ぶわけで、視聴者の大半が共感する内容でソーシャル展開とかちょっときつい。せいぜいお馴染みのジブリキャラが登場したところでツイート数が最高潮に達しました、とかだろうか。

ここで重要なのは、抽象的なコンセプトは、共感を呼んでもツイッター(そしてテレビの視聴率)のようなリアルタイム指標にはなかなか反映されづらいということだ。まして人々が見たことのないもので共感を獲得するのはとても難しい。だからこそ必要なのは「お馴染みのキャラ」「定番のモチーフ」「ある程度先が読める展開」ということになる。

言い換えると、巨大な共感は常に過去に存在する資源から生み出されるということだ。でも、単に過去を懐かしむだけでは共感は呼ばないし、受け手も限られてしまう。そこにはもうひとつの仕掛けがいるのだ。それは「過去を基準にした自己否定」だ。

もう少し踏み込むなら、「過去の栄光」と「現在の堕落」を対比させ、現在を否定し、過去の栄光を取り戻そう、という展開の中に、ノスタルジックな過去を落とし込むのだ。サンライズ・アゲイン。もう一度私たちは立ち上がれるはずだ、という決意表明は、単なる過去への耽溺ではなく、ポジティブなメッセージとして過去を用いるという点で、共感的だし、ポピュラリティを持つ。

だからこそ必要なのは、とにかく現在を否定することなのだ。自分たちはいまはダメダメなんだ、どうしようもないんだ、栄華の日々は終わってしまったのだ、そのことを認めるんだ、と。そしてそのことを理解したとき、私たちの眼前には、再び栄光の時代への扉が開かれるであろうというわけだ。

勘のいい人には、これが自己啓発セミナーと同じ構成であることが分かったかもしれない。こうしたセミナー(就活なんかでもよくある)はおおむね、(1)抽象的な目標の設定、(2)具体的な成功例の提示、(3)現在の自己の否認、(4)自己肯定へと至る手段の提示、という4つのステップから成っている。「輝ける日本」という抽象的なお題目を、たとえば昭和30年代のような具体的な例に重ね、そうしたものが失われたことを徹底的に自覚させた後で、さあもう一度立ち上がろう、という風に展開すれば、ほぼ同じ構造のストーリーができあがる。

もしかすると、こうしたストーリーはもう震災後にいくつかのメディアや代理店の企画で目にしたかもしれない。今後、選挙へ向けた動きが活発化すると似たような話がぼろぼろ出てくることも考えられる。あるいは、これはすべて僕の勝手な想定の話であって(実際、僕だったら開会式をどう作るか、って想像しながら考えたものだし)、実際にはそもそもオリンピックなんて日本じゃ開催されないのかもしれない。でもどこかで「なんかいまの日本だったらこういう構成のお話が受け入れられるのかもなー」という思いだけは、心の中に消えないで残っているのだった。

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