琥珀色の戯言

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すすれ!麺の甲子園 ☆☆☆☆


すすれ!麺の甲子園 (新潮文庫)

すすれ!麺の甲子園 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
北の味噌ラーメンが一番だというものがあれば、西の煮込みうどんを持っていって「どうだ」と言い、東で「いいですわねえ日本のソーメン」などと言う奴がいたら南のチャンポンを持っていって「なんのなんの」と叫びまくる。日本のあらゆる麺を食って走り回り、「どこのどの麺がうまいのか?」を勝手に決定する『麺の甲子園』、ついに開幕!イカソーメンや糸コンニャクも特別参戦。

全国各地のいろんな麺(というか、モヤシとかの「棒状で、すすれるもの」までエントリーされているのですが)を集めて、そのなかで「ナンバーワン」を決めるという雑誌の企画を書籍化したものです。
とにかく各地方のさまざまな「麺」が紹介されていて、読んでいるだけでもなかなか楽しめる本ではあるのですが、その一方で、あまりにも採り上げられている麺がたくさんありすぎて、それぞれの印象が薄くなりがちなのと、勝負の基準が曖昧なのはちょっと気になりました。
いや、本気で優劣をつけるとなると、諸方面からの抵抗が予想され、雑誌の企画としては問題が多いので、茶化しながらやらないとしょうがない、というのもわかるんですけどね。
椎名さんが以前、富山で食べたラーメンが不味かった、という話を書いたら、富山の人たちから猛抗議が来たこともあったみたいですし。

この本、単なる「グルメガイド」というよりは、椎名さんの「いまの飲食業界、とくにラーメン業界への苦言」、そして、「失われつつある、地方の文化への思い入れ」がこめられており、

 ここで、最近の飲食店大バカかんちがい三例というのを書いておきたい。
(1)叫び系。客が入ると全員で、イラシャマセーと叫ぶ。注文受けた品を叫んで暗唱。持ってきた料理を復唱して叫ぶ。ツバが食い物に激しく飛び散る。帰る客にありがとゴゼマシターアーと叫ぶ。とにかく叫ぶ。叫ぶ意味がまったくないけど叫ぶ。
(2)ポイント系。世の中オールマイレージ現象となってなんでもポイントを導入する。例=ギョーザを頼むと2ポイント。30ポイントたまるとギョーザ追加ひとつ。すると新規に2ポイント発生。ウルセーのだ! だったらそのぶん安くしたらどうなんだ。
(3)テレビガンガン系。アメリカのわかっているようでわかっていないラーメン系日本料理店はテレビを三箇所ぐらいに置いていずれもガンガン大きな音にしている。日本の食堂はそういうものなのだと信じ込んでいるらしい。つまり、いま現在そういうことをしている日本の店があまりにも多すぎる、ということである。

こんなことも書いてあります。
ほんと、こういう店って、多いよなあ。
まあ、普段づかいの店は、テレビがついていてもいいし、僕などは雑誌とか読みながら食べるのも好きなのですが、最近の「ポイントカード店」のあまりの多さには辟易します。
お客を囲い込むための手段なのでしょうけど、レジで「ポイントカードはお持ちですか? お作りしましょうか?」というやりとりを毎回するのはけっこう苦痛なんですよね。
こちらとしては、さっさとお金を払って店を出たいのに、そんなことで話しかけられたくないし、「ポイントが一杯になったら、餃子1皿サービス」って、そのためにレジで余計なやりとりをするのはかなりめんどくさい。
何事であっても、相手の申し出を断るというのはなんとなく後味が悪いし、さりとて、使いもしないポイントカードができあがるのを待つのはつらい。
TSUTAYAみたいな「どっちにしても会員カードが必要な店」ならともかく、街中の一人客が多い飲食店でのポイントカード制って、本当に「集客効果」があるのでしょうか?
僕などは、「ポイントカードについてレジで聞かれない店」を、あえて選びたくなるのですが。
「叫び系」も、「ああ、この店って、こういうのが『社員教育』とか『サービス』だと思っているんだろうなあ……」と悲しくなります。


この『麺の甲子園』で優勝したのが、僕も行ったことがある店だったのは、ちょっと驚き、また、嬉しくなりました。

 西鉄特急に乗って久留米にむかった。昨日、博多駅から街に入るときに乗ったタクシーの運転手に博多のラーメン事情を聞いたら、いろいろ話してくれ、結論は「ラーメンは久留米だ!」というものだった。
 まずは明善高校の裏にある「沖食堂」にむかった。定食屋風の食堂だが、ラーメンがうまいと評判という。けっこう大きな店で四十人くらい入れるがお昼前なのにもう満席ちかい。ここも典型的な人気店のようだ。でもマスコミにとりあげられて態度を変えているような店ではないだろう。そういう気配がつたわってくる。
 ラーメン360円。大ラーメン460円。うどん250円。グリンピースのおにぎり1ケ60円。やきめし420円。支那うどん360円。
 我々は大勢だからメニューの全部を注文した。それをわけあって少しずつ食う。みんな泣けるほどにうまい。ラーメンの味とうつわの大きさがほどほど。うす味のやきめしがそれによくあう。
 運動部の生徒がここでラーメンとやきめしの組み合わせを注文するときの熱いトキメキが伝わってくる。高校生だからそんなにしょっちゅう食えるわけではないだろうから小遣いに余裕があるときだけだろう。そのときって本当に嬉しいだろうなあ。
 1955年の創業だからそれ以来何万人もの明善高校の生徒に生き甲斐を与えてきたに違いない。今はまだ昼前の時間なので高校生はいないが近所の勤め人らしい人がいっぱいいる。小さな子供をつれた若いお母さんもいる。そうなんだ。こういう店が日本でいま一番偉いのである。
 たいした基盤も確証もない噂だけで行列をつくり、横柄で偉そうな親父のつくるハッタリだらけの高すぎるシロモノをありがたがって食っているマスコミ繁盛店にうんざりしていたので、地味ながらも庶民の手のなかにあるこのような本物の「うまい店」をみるとつくづく安心する。

「味」だけで評価すれば、東京の有名店にはかなわないと思うんですよ、「沖食堂」は。
でも、こういう地元の人に愛されている「地味ながらも庶民の手のなかにあるこのような本物の『うまい店』」が、あらためて「評価」されているのは、素晴らしいことだと思うのです。
たぶん、椎名さんの気持ちとしては、「沖食堂」の優勝というよりは、「沖食堂のような全国の小さな店」が「優勝」なのでしょう。
東京の「ラーメン道場」みたいな店は、学生や家族連れが入れるような雰囲気じゃないものね。

そうそう、この本のなかでとくに印象に残ったのは、このエピソード。

 本島の沖縄そばはときとして固く感じることが多く、それにスープがかなりぬるいのが多いように思う。このスープのぬるさは暑いところなので気を使っているのかも知れないと思い、島の人にこれまでけっこう聞いてきたのだが、そんなことでもないようだ。時々どんぶりを持ってくるおばあさんの指がスープにどっぷりつかっていることがある。
「おばあの指がみんなつゆにつかっているよ」
 と島の客が言うと、
「ぬるいから心配ないさあ」
 なんて返事がかえってくる。別におばあの指を心配してたわけじゃないんだけど……。

実は、これと全く同じ「伝説」を、地元の有名ラーメン店で聞いたことがあったのです。
この「おばちゃんは熱くないからだいじょうぶよ」って、久留米の某ラーメン店だけじゃなくて、全国で語られている「都市伝説」だったんですね。


正直、最近の椎名さんは、「わざとバカっぽく書こうとして、かえって浮いてしまっているな」と感じることも多いのですが、この本、(文庫なら)麺好きにはオススメです。

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